失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

「聞きたいことがあるんだけど」

 カステラの甘い余韻に浸っていたところで、あらたまった雰囲気で訊く水野さんに身構える。
 動揺を悟られないよう、なんでもないふりをしてペットボトルに手を伸ばす。冷たい水が口の中の甘さを押しやった。

「大丈夫? ダンス発表の日から、すこし経ったけど」

 蓋をゆっくりと閉めて置く。冷たい指先をさすりながら、水野さんの心配をどうやってかわそうか考える。

「……べつに」

 訊かないでほしいと思われたのか、水野さんはそう、と呟いただけで、それきり何も訊いてこなくなった。せっかく気にしてやったのに、と嫌な気持ちにしてしまっただろうか。べつに元気なら、もう一緒にいなくてもいいと思ってしまっただろうか。
 焦りが沸いてきて、額にうっすらと汗が滲む。

「……水野さんだったら、どう?」
「え?」
「想いを伝えないって決めたら、これからどうする……?」

 言ってしまってから、こんな質問すべきではないと後悔した。水野さんなら、そもそも想いを伝えない、という選択肢はないだろう。前提条件が当てはまらないのに、どうするのか聞いても困らせるだけ。

「うまく想像できないけど……気持ちが落ち着くまで置いておくかもしれない。もしわたしがそうなったときは……苦しい。誰かに一緒にいてもらいたいって思う。そうじゃない?」

 目が合うと、ほどけたようにふっと笑う。

「控室で和田くんが言ったように、桐島くんに想いを伝えないって決めたことについては、わたしがどうこう言うことじゃない。ただ、苦しいときは一緒にいるよ。友達だからっていうか……仲間? 桐島くんのこと好き同士、仲間じゃない?」

 彼女の言葉が痛いほどに沁みてくる。この感覚を知っている。
 そうだ。春、やわらかい雨のなか篤人が笑いかけてくれたあの日。泣きたいほど胸に迫る感覚が蘇る。

「つらいときは話聞くし、明るい話もしようよ! 桐島くんのここがいい、ここがステキだとか」
「……なんか俺ら、推し活してるみたいじゃね?」
「え!? 推し活……そっか、なんか似てるね」

 決して手が届かないという意味では、やってることは推し活と変わらないのかもしれない。
 乾いた笑いが漏れた。