失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 自習室を出てカフェテリアへと向かう。窓に面したカウンターのいちばん端に座る、濃紺のセーラー服。

「おつかれ」
「おつかれさま」

 いつからか、自習の合間に休憩がてら水野さんと話をすることが習慣になっていた。特に話をせず、ふたり並んだまま外を眺めているときもあるし、勉強をみてあげることもある。

「はい、お土産」

 小さな袋を渡される。開けると個包装のカステラが3つ入っていた。

「修学旅行で長崎に行ってきたの。箱で買っても良かったんだけど、多すぎるかなぁとか、甘いもの苦手だったらどうしようって思って。結果、個包装で3つ」
「長崎! いいなぁ。わざわざありがとう。いま食べていい?」

 そう言うと嬉しそうに笑う。
 袋からふたつ取り出し、ひとつ渡した。

「いいの?」
「3つもあるし。一緒に食おうぜ」

 濃厚に甘いカステラは、勉強で疲れた頭にちょうど良かった。

「うまい! たまに食べるといいよな、カステラ」
「だねぇ。おいしい」

 笑っていた水野さんが俺の背後を見て、ふいに顔を強張らせた。振り向くと、どこかの制服を着た女子数人が走っていく。
 俺は他人にジロジロ見られたり、いろいろ言われたりすることに慣れているけれど、彼女はちがう。見た目について否定的な意見を浴びせられることもあるらしく、傷ついてしまうこともあった。
 せっかくいい気分だったのに。軽く舌打ちすると、水野さんが肩をすくめる。

「……ごめんね。慣れなくて」
「水野さんが謝ることじゃない。そんなやつのことは放っておいて、堂々としていればいい」

 水野さんが苦笑いで返す。そうはいっても、ということだろう。
 篤人が舞への気持ちを自覚したいま、彼女が好きだと嘘をつくメリットもない。好きでなくなったと噂を流し、離れてあげればいいのだ。そうすれば、彼女がいろいろと言われてしまうこともない。
 けれど、それはできなかった。彼女といることが心地よくて、俺のほうが離れられない。
 合同創作ダンスのあと、控え室で泣きながら抱きしめ合ったときの感覚が体に残っている。頼りないほど細くて柔らかいのに、この腕の中にいれば大丈夫だという安心感があった。
 篤人に間接的にでも振られてしまったのもあり、同時に水野さんまでも失うことは耐えられない。
 もともとの内向的な性格と、小さいころから入退院を繰り返したせいで友達が少ない。一方で、いつも他人からの無遠慮な視線に晒される。そのため人との距離のとり方が下手で、この人はと自分が思った人を独占したがるのかもしれない。

「和田くん、顔めっちゃこわいよ」
「ええ?」

窓に映った顔を見ると、眉間に皺が寄っていた。水野さんがくすくす笑っている。

「カステラも食べかけだし、難問でも解いてたの?」
「うるせーな」

 食べかけのカステラを口に放り込む。濃厚な甘さが広がり、溶けていった。