両校の校長先生が壇上にあがり、次第に会場が静かになる。
頬が濡れているのに気づき、慌てて拭うものの、感情の昂ぶりは収まらず、すこしひとりになりたかった。控室へと戻ろうと、きびすを返す。
気持ちを察してくれたのか、水野さんは追ってこなかった。
そのまま歩いて行こうとしたとき、背後で、
「俺の靴、靴は……あれ、水野! 和田ちゃんも」
篤人の声がした。向かおうとする先、廊下の壁側に1足の体育靴が置かれていた。篤人のものらしい。演技のあとすぐに動画上映の準備に入ったので、体育靴を履く時間がなかったのだろう。
俺を追い越し、靴を取りに行く。
「桐島くん、おつかれさま。動画すっごく感動した」
「まじで? 良かったー。ほんとはもっと懲りたかったんだけど時間なくなっちゃって……」
あの動画は篤人が編集をしたのか。そういえば、ダンス練習で見かけない日が続いていたのは、俺たちの動画編集のために——
「和田ちゃんは?」
体育靴をトントンと整えながら顔を覗かれた。
「……良かったよ、すごく。撮られてるなんて気がつかなかった」
抑えきれない感情を悟られたくなくて、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。
「和田ちゃんは周りのこと気にしないからな。めちゃくちゃ撮りやすかったって言われた! あと……」
笑っていた篤人が、ふいに真剣な表情になった。
「和田ちゃん、F組まとめるの苦労してただろ。合同創作ダンス開催が正式に決まってもF組は動かなかったって聞いた。最初は全部、F組ぶんは和田ちゃんが動いてたよな」
さぁっと、爽やかな風が渡り、俺の心をさらっていく。気づいてくれていた、気にしてくれていた。あんな動画を見せられたあとに、これは反則だ。
胸がくるしくなり、目を伏せてしまう。
「俺、知ってたけど、他の組のことに首つっこむわけにもいけないし、黙って見てるだけしかできなくて……。和田ちゃんが一人で動いてるの見て、『あの和田がここまで一生懸命やってるから、俺もやる』ってみんなが協力していったって聞いて、すごくほっとした。集まった写真や動画見て、F組すげー頑張ってくれてるじゃんってわかって、まじで嬉しかった。ほんと和田ちゃん、おつかれさ——」
そんな風に、言わないで。
そんな風に、俺の心に触れてこないで。
そんな風にされたら、止まらなくなってしまう。
あの春の雨に包まれた日から、ずっと隠し続けていた想いを解き放ちたくなってしまう——
腕を伸ばし、篤人を抱きしめる。
小学生のころの自分、中学生のころの自分、今の自分、全てで篤人を抱きしめる。
「……篤人、ありがとう」
はっきり言いたいのに、聞こえてきたのはか細く響く自分の声だった。
「……うん」
腕が背中にまわる。大好きな篤人が、俺の腕の中にいる。力を込めて、その体を抱きしめる。
「篤人、俺——」
言ってしまいたい、全て。伝わらないようにと隠し続けた俺の想い。抱えられないほどに大きく、隠し続けるには辛すぎる。
俺は、篤人のことが——
肩越しに、篤人が何かに反応して微笑んだ気配を感じた。
水野さん。そうだ、この場には水野さんがいる。
急に思考が現実へと戻る。今ここで伝えてしまったら、苦しくても我慢して守ってきたものが壊れてしまう。最高の形で終わった合同創作ダンスの思い出が、俺の告白で塗り替わってしまう。
——だめだ。俺は、言わない。
振り返ったときの思い出は、いつも篤人と同じがいい。
力を抜き、篤人を体から離す。
「和田ちゃん? 大丈夫?」
無邪気な問いかけには答えられなかった。横を抜け、控室へと続く廊下を歩いていく。
背後から、水野さんの声がした気がした。
頬が濡れているのに気づき、慌てて拭うものの、感情の昂ぶりは収まらず、すこしひとりになりたかった。控室へと戻ろうと、きびすを返す。
気持ちを察してくれたのか、水野さんは追ってこなかった。
そのまま歩いて行こうとしたとき、背後で、
「俺の靴、靴は……あれ、水野! 和田ちゃんも」
篤人の声がした。向かおうとする先、廊下の壁側に1足の体育靴が置かれていた。篤人のものらしい。演技のあとすぐに動画上映の準備に入ったので、体育靴を履く時間がなかったのだろう。
俺を追い越し、靴を取りに行く。
「桐島くん、おつかれさま。動画すっごく感動した」
「まじで? 良かったー。ほんとはもっと懲りたかったんだけど時間なくなっちゃって……」
あの動画は篤人が編集をしたのか。そういえば、ダンス練習で見かけない日が続いていたのは、俺たちの動画編集のために——
「和田ちゃんは?」
体育靴をトントンと整えながら顔を覗かれた。
「……良かったよ、すごく。撮られてるなんて気がつかなかった」
抑えきれない感情を悟られたくなくて、ぶっきらぼうな言い方になってしまった。
「和田ちゃんは周りのこと気にしないからな。めちゃくちゃ撮りやすかったって言われた! あと……」
笑っていた篤人が、ふいに真剣な表情になった。
「和田ちゃん、F組まとめるの苦労してただろ。合同創作ダンス開催が正式に決まってもF組は動かなかったって聞いた。最初は全部、F組ぶんは和田ちゃんが動いてたよな」
さぁっと、爽やかな風が渡り、俺の心をさらっていく。気づいてくれていた、気にしてくれていた。あんな動画を見せられたあとに、これは反則だ。
胸がくるしくなり、目を伏せてしまう。
「俺、知ってたけど、他の組のことに首つっこむわけにもいけないし、黙って見てるだけしかできなくて……。和田ちゃんが一人で動いてるの見て、『あの和田がここまで一生懸命やってるから、俺もやる』ってみんなが協力していったって聞いて、すごくほっとした。集まった写真や動画見て、F組すげー頑張ってくれてるじゃんってわかって、まじで嬉しかった。ほんと和田ちゃん、おつかれさ——」
そんな風に、言わないで。
そんな風に、俺の心に触れてこないで。
そんな風にされたら、止まらなくなってしまう。
あの春の雨に包まれた日から、ずっと隠し続けていた想いを解き放ちたくなってしまう——
腕を伸ばし、篤人を抱きしめる。
小学生のころの自分、中学生のころの自分、今の自分、全てで篤人を抱きしめる。
「……篤人、ありがとう」
はっきり言いたいのに、聞こえてきたのはか細く響く自分の声だった。
「……うん」
腕が背中にまわる。大好きな篤人が、俺の腕の中にいる。力を込めて、その体を抱きしめる。
「篤人、俺——」
言ってしまいたい、全て。伝わらないようにと隠し続けた俺の想い。抱えられないほどに大きく、隠し続けるには辛すぎる。
俺は、篤人のことが——
肩越しに、篤人が何かに反応して微笑んだ気配を感じた。
水野さん。そうだ、この場には水野さんがいる。
急に思考が現実へと戻る。今ここで伝えてしまったら、苦しくても我慢して守ってきたものが壊れてしまう。最高の形で終わった合同創作ダンスの思い出が、俺の告白で塗り替わってしまう。
——だめだ。俺は、言わない。
振り返ったときの思い出は、いつも篤人と同じがいい。
力を抜き、篤人を体から離す。
「和田ちゃん? 大丈夫?」
無邪気な問いかけには答えられなかった。横を抜け、控室へと続く廊下を歩いていく。
背後から、水野さんの声がした気がした。
