失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 正門を見下ろせる窓を開ける。濡れた植物のような匂いがぶつかってきた。
 じっと眺めていると、通りの向こうからS女子の生徒たちが歩いて来た。ためらいながら入ってくる。

 打ち合わせの場所は、C組クラス代表になった阿部から聞いて知っていた。ちなみに篤人はダンス指導役になったという。
 他のクラスにもF組のやる気のなさは伝わっているようだった。だがしかし、ボイコットという強硬策にでることまでは知らないだろう。本当にこれでいいのかという葛藤が、勝手に足を打ち合わせの教室へと向かわせる。
 とはいっても、酒井の代わりに参加する気はない。俺たちの選んだクラス代表は酒井だ、すべて彼に一任されている。
 彼のとった行動に何も言えない。

 教室の前を通り過ぎようとしたとき、タイミング良く開いた扉から篤人が飛び出してきた。

「和田ちゃん! 酒井見なかった? 今日、合同創作ダンスの件でS女子と打ち合わせなんだけど」

 なぜ篤人が? ダンス指導役は打ち合わせに参加しないはず。
 なにか仕事を任されたのかと想像しつつ「酒井? さっき帰ったよ」と、嘘はつかずにさらりと言う。

「えー! あいつ打ち合わせサボったな。しかたないなぁ……ありがとう」

 篤人が教室へと戻るとき、ちらりと中の様子が見えた。軽い気持ちで覗き込む。
 ひとりの生徒に目が吸い寄せられる。C組と書かれた札の前に座る、S女子の生徒。
 周りを拒むような、つんとした印象の美人。

——(まい)。舞がいる

 ものすごい勢いで、記憶とともに憎しみがよみがえる。
 篤人の元カノ、舞。篤人が光なら舞は影で、常に一緒で切り離せない存在。篤人を未だに縛り付ける黒い影。
 舞は地元の中学に進学したあと、どこかへ引っ越したと聞いた。S女子にいるはずはないのに……別人か? とりあえず、話を聞かないと。

「篤人、ちょっとこっち」

 引きずるようにして教室の外へ連れ出す。

「なんだよ和田ちゃん。打ち合わせ始まっちゃう——」
「なんで舞がいる?」
「舞? あれは水野だよ」
「水野? 知り合いなのか?」
「うん。塾の英語クラスで一緒なんだ」

 やはり別人か、とほっとしつつも、すでに接点があったと知り、胸の奥で黒いものが渦巻く。

「……大丈夫か?」

 すがるように聞く。
 舞似の女と出会ったことで、気持ちが舞に戻ってないか?
 舞似の彼女のことを特別視してないか?

「大丈夫もなにも……水野には彼氏がいる。俺らもよく知ってる人だよ、狩野(かりの)くんだ。狩野くんの彼女に興味はないよ」
「かりのくん……?」

「和田! 桐島!」

 背後から阿部が呼ぶ声がして我にかえる。

「和田、おまえ酒井の代わりにF組のクラス代表やってくれない?」
「俺が?」
「お願い、和田ちゃんやってよ! 酒井には俺が頼んだって言うから!」

 どうするか……。先生は、開催に反対ならば他のクラスとS女子と交渉しろ、と言っていた。酒井はボイコットすることで反対の意思を伝えたつもりだけど、いない者の意見は聞かないとして議論がすすんでは困る。
 あの女と篤人に、これ以上の繋がりを持たせたくない。ここで潰しておくか……。

「わかった。俺が行くよ」
「サンキュ! 助かる!」

 篤人がニコッと笑う。
 この笑顔のために、水野とかいう女を篤人の前から消してやる。