失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 今日はA校で体育祭が開かれた。改修の終わった体育館も使い、1日中ひたすら運動する。
 クラスでチームを組み、中等部も含めて順位を決める。連日のダンス練習に疲れ果てている高2は、中等部生徒にさえ、ぼろぼろにされてしまった。
 俺たちF組はどの種目もやる気がなく、また活躍できる要素もなく、普段の運動不足を解消くらいの気持ちで楽しむ日にしている。

「編集のことなんだけど」

 綱引きの応援をしていたところで、酒井に声をかけられた。別人のようにやる気になった酒井は映画鑑賞が趣味ということもあり(初めて知った)、ときに藤澤と衝突しつつも仕事をすすめてくれていた。クラスを仕切り、スケジュールも管理する。もともとリーダー気質なのだ。

「ここのシーン、ずっと動画でよくない? 静止画で展開していくよりも映えるかなって」
「おいおい、パソコン持ち込んでんのかよ!?」

 まさか、体育祭の最中に作業をするなんて……。
 とりあえず、と画面をのぞきこむと、バク転を決める篤人の動画が流れていた。運動神経抜群の篤人は、ほんとうに何でもできてしまう。

「このあと、桐島の真似して菅野がバク転しようとしたのをみんなが止めるじゃん? 藤澤の案は、桐島がバク転……から菅野を止める……まで動画で、最後に桐島、菅野、みんなの写真を並べていくって感じなんだけど」

 篤人の写真に目が吸い寄せられる。思いっきり笑っている。小学生のころから変わらない、俺の大好きな笑顔。

「……例えばだけど、止められた菅野が騒ぎだして、みんなが笑うってとこまでは動画で、最後に篤人の写真で止まるってのは?」
「それ、桐島が目立ちすぎじゃね?」
「篤人がバク転決めた動画って一瞬で終わるし、菅野が騒いでるときの動画に篤人入ってないじゃん? 悪目立ちはしなさそうなんだけど……。篤人、すげーいい顔してるから、楽しげな練習の雰囲気が伝わるかなって」

 うーん、と写真を凝視していた酒井の背後から、他のクラスメイトが顔をのぞかせた。

「あーこの場面ねー。見ててマジ受けた」
「おまえはどう思う? ここの編集の仕方」
「僕だったらねぇ……」

 話していると「なに見てんの」「俺にも見せろ」とクラスメイトが寄ってきて、気がついたら人だかりができてしまっていた。

「こらっ! 体育祭で作業してるなんて知られたら、ペナルティくらうかもしれないだろ! 散って散って!」

 文句を垂れながら離れていく。
 ほっとしつつ、合同創作ダンスなんて興味のなかった連中がやる気になってくれていることが嬉しくもあった。





 今日はさすがに打ち合わせはないと思っていたが、篤人たちはS女子に行くという。体育祭の最中に検討したことを藤澤に共有し、ひとり遅れてS女子へと向かった。指定の教室が近づいてくると、開け放たれた窓から彼らの声が聞こえてきた。カメラを構えながら近づく。

「体育の後とか使わない? ボディシートみたいなやつ」
「使うやつもいるけど、俺は使わないなー。動いて汗かいて汗臭いのってだめなの?」
「女子は使うの? 体育のあと」
「使うよー汗臭いのいやじゃん。おかげで体育の後はフレッシュな香りよ♪」
「へぇ……。俺も女子校に入りてぇ。体育のあとの教室まじで臭いもんな」

 なんの話だよ、とつっこみつつ、滲み出る楽しそうな雰囲気をそのまま撮る。

「練習ではいつも西軍が勝つよね。本番でいきなり東軍勝利になったらどうしよう……」
 
 不安気に響くのは、水野さんの声だった。
 たしかに西軍は強かった。
 小早川役となる篤人が東軍として後半に追加参戦するぶん、最初は西軍のほうが騎馬数が多い。また、西軍は声かけや人員配置が完璧なのだ。よって、篤人の1騎が追加参戦しても、西軍の生き残り騎馬が多すぎて太刀打ちできずに終わる。
 ちなみに、騎馬戦では『男子は女子の兜を取ってはいけない』というルールになっている。引き分けはなく例えば残り騎馬数が男1女1で同数の場合、女子騎馬が生き残った軍が勝利となる。
 水野さんは、騎馬戦の結果でエンディングが変わるため、いつまでも完成系を演じている実感がなく不安だという。結局、勝敗後の練習を強化していくことで終わった。
 そのとき、やっと俺に気づいたのか、みんなが振り返った。

「和田か! びびったわ」
「こっちも大詰めだからなー」

 びっくりした、と水野さんが近づいてきた。
 窓越しに動画を見せると、「こんなところから!?」と驚く。

「創作ダンス打ち合わせと関係ないじゃない」
「でもなんか楽しそうだろ? 代表たちがワイワイやってる雰囲気を映像に取り込みたくて」
「確かに楽しそう……」
「だろ? ちなみに俺は汗かかないから何も使わない」
「え!? 汗かかないって、どういこと? てか聞いてないし」

 カシャ、というシャッター音がして、会話を止めた。
 スマホで写真を撮っていたのは篤人だった。
 撮られた写真を、橋本さんが覗き込む。「うわっ、めっちゃいい写真。すっごい楽しそう」という言葉に、みんなが寄っていく。
 微笑む俺と、楽しそうに笑う水野さんの写真。
 どんな気持ちで、この写真を撮った?
「いい写真だね」という水野さんの言葉に、篤人がわずかに口角を上げて頷いていた。



 明後日の練習の流れが決まり、解散となった。
 教室を施錠している水野さんに篤人が声をかけている。
 ぎこちない。篤人もそうだが、水野さんの反応のほうが顕著だ。
 話が終わると、篤人は俺たちをも追い越して、さっさと先を歩いていく。水野さんは鍵を返しにいくためなのか、逆方向に歩いていこうとする。
 なんなく気にかかり彼女の後を追おうとしたものの、橋本さんの誤解をおそれ、できなかった。