失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 体育館脇に待合のような空間があり、ソファが並んでいた。水野さんたちとは離れたところに背を向けて腰掛ける。
 途中で出てきてしまったので、撮影のことも気にかかる。どちらにしても、S女子が俺を意識していて撮影どころではなかったけれど……。
 誰かが隣に座った。水野さんだ。

「あの子のことは大丈夫。ちょっと取り乱しちゃったんだって。だいぶ落ち着いてたけど、今日は帰らせたよ」
「そう……」
「和田くんに憧れてたみたいで。せっかく話せるチャンスなのに失礼なことしちゃったって落ち込んでたから、全然問題ないよって言ったよ。こわそうな顔は元からだって」
「なんだそれ」

 気を遣って、わざと明るく話してくれるのがわかり、切なくなる。

「……和田くんも今日は帰ったら? 入りづらいでしょ。撮影はわたしがするから」
「え? だってダンスの練習が……」

 今日は東軍軍の殺陣シーンの練習だ。1対1で踊るので、水野さんがいなかったら相手の子が困らないか?
 俺の言いたいことがわかったというように、彼女が頷いて続ける。

「さっき帰った子、西軍なの。わたしは東軍でしょ? だから今ごろ、お互いのペア同士で練習してるはずだよ。人は変わっても振付は同じだから問題ないでしょ。撮影班が足りてないんなら、そっちヘルプする。藤澤くん、編集で忙しそうだったし」
「まぁ……そうだけど……」

 反論の余地がなく、言いよどむ。甘えてしまって大丈夫なのか、それだけが気にかかる。

「大丈夫、大丈夫! わたしロンドンに行ってる間みんなに迷惑かけちゃったし、少しは役に立たないと」
「なおさら練習しなきゃじゃない?」

 痛いところを突かれた、と目を泳がせる。詰めが甘いな、と笑いがこみ上げてきた。

「俺、もう大丈夫だから。また篤人と特別練習だなんて許せないからな!」
 
 水野さんの額を指で軽くはじく。「痛っ」と顔を歪めた水野さんが、ふいにうつむいた。「桐島くんは、いろいろと忙しいから……」
 いろいろと忙しい? 疑問に思いながらも立ち上がる。切り替えるように、思いっきり伸びをした。

「行こうぜ」

 先に歩き出すと、水野さんが隣に並んだ。
「いちおう藤澤くんに相談してみよう」あきらめていない彼女をハイハイとあしらっていたのだけれど……

「じゃあ水野さん、撮影よろしく♪」

 あっさりと撮影担当に決まってしまった。藤澤が言うには、撮り溜めた映像を確認したところ、俺が撮影したものは女子の動きが不自然らしい。ちらちらとカメラ目線になったり、動きが控えめになってしまったり。編集の仕方でなんとかなる程度らしいが。
 今日の撮影は女子だけを映すのと、さっきの騒ぎを考慮して、水野さんが撮ったほうが無難だという。

「和田はシフトの作成して。各クラス練習を追加してて撮影日が増えてるし、F組全員が撮影班に入ったのもあってシフトを作り直したい」

 了解、とパソコンを開く。とりあえず、仕事が与えられてほっとした。
 ふと顔を上げると、さっそく撮影を開始している水野さんが視界に入る。カメラの使い方も撮りたい画の理解も、こんなに短時間でできるとは思わなかった。「水野さん、飲み込みが早いな」藤澤も呟く。

「見た目が綺麗だから話しづらいけど、ちゃんと会話してくれるし、気も効くし。さすが和田にも(なび)かない女♪」

 好きな女じゃないんだから靡かないも何もないだろう。内心そう思いつつ、苦笑いでやり過ごす。
 パソコンの画面に視線を戻した。かたいキーボードを叩く指が、水野さんの額をはじいたことを思い出す。腕に、冷たくて吸いつくような柔らかい指の感触が蘇る。
 あの子には体操服を引っ張られただけで鳥肌が立ったのに、水野さんには触れても触れられても気にならない。
 舞に似てるから気を許してる? 舞に触れたことなんてなかったけど……。

「なんでかな……」

 呟きは、床を滑る体育靴の音にかき消された。