失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 撮影のためS女子へと向かう途中、水野さんを見つけた。つまさき立ちで、道路脇に咲く向日葵に手を伸ばしている。あと少しだけれど、触れられそうにない。

「これ、触りたかったの?」

 うしろから軽く手を伸ばし、近づける。細い指が黄色い花びらに触れた。

「あともう少しで届きそうだったんだけど」

 悔しそうにふくらむ顔が、子どもみたいで笑ってしまう。
 好きな花は向日葵だと話すと、嘘でしょ、という反応をされた。

「なんだよ、その反応……俺には似合わないって思っただろ」

 不服だと言うと、笑ってごまかされた。

「あ、でも涼しい場所から窓越しに夏空を眺めてそうなイメージはあるかも?」
「どんなイメージだよ」思わず笑ってしまう。

「夏のさ、眩しい太陽とか厚い雲とか、騒がしい蝉の声とか……生きてるって感じがいいんだよ」

 葉の隙間からこぼれおちた光が、頬の上で踊る。眩しさに目を細めるほど、力強い太陽が好きだ。

「……わたしにとって『夏』は桐島くんのイメージかなぁ」

 遠くを眺めながら、優しく目を細める。想像の中の篤人をなぞるように。
 篤人を思い浮かべるときの水野さんの顔は、どこか寂しげで、見ていてときどき苦しくなる。目を背けてしまう。

 篤人は、俺にとっての何なのか?
 季節でいったら、どこなのか……。
 
「……俺にとって、篤人は『春』かな」
「春? 初夏ではなくて?」
「はじまりの季節には、いつも隣にいてほしい」

 新しい環境は苦手だ。気にしないようにはしているものの、無遠慮な視線にさらされて、そのたび体と心が萎縮する。
 そんなとき、篤人の変わらない笑顔を見るとほっとした。

「……和田くんって、桐島くんのこと話すときホントいい顔する——」

 意味深に言葉が途切れた。体が固まり、血の気の引いていく水野さんの背中を覗く。
「あ、蝉」
「!!!」

 言葉にならない叫びと蝉の鳴き声がシンクロして響き渡った。



 着替えを済ませて体育館に向かうと、入り口に数人の女子が集まっていた。
 中に入らないのか疑問に思いつつ通り過ぎようとしたところで「あの……」と声をかけられる。
 立ち止まり、なに、と目で問うと、きゃあきゃあ騒がれた。
 またこれかと内心、溜息をつく。クラスメイトほどじゃなくても仲間なのだから無下にもできない。
 とりあえず、何も言ってこないならば行ってしまっても構わないか。
 軽く頭を下げて体育館に入ろうとしたら、体操服の裾を引っ張られた。

「あの! 連絡先とか交換できますか!」

 裾を通して感じる他人の温度に鳥肌が立つ。パーソナルスペースを侵され、思わず顔をしかめてしまった。
 すぐに離してくれたものの、掴まれた部分から嫌悪感がじわじわと滴っていく。
 数人の女子は気まずい雰囲気のまま立ち尽くしている。

「始まるから中に入ってー」

 聞き慣れた声に、はっと顔を上げた。
 水野さんに救われたとばかりに女子たちが駆け足で中に入っていく。その姿をぼうっと眺めていると、顔を覗き込まれた。

「大丈夫?」
「いや、まぁ……たぶん。俺よりもあの子たちのほうが……」

 滲み出てしまった嫌悪感は伝わっているだろう。相手に悪気がなくても、よく知らない人に触れられることは苦手だ。特に女子からのものは、どう対処すればよいかわからない。
 うつむいていると、とんっと背中を軽く叩かれた。

「わたしが見ておくから。あんまり気にしないで」

 胸の辺りに居座っていたものが、すっと軽くなる。口元だけ笑って頷くと、応えるように彼女も笑ってから体育館の中に入っていった。
 目で追っていると、ふと、こちらを見つめている女子に気がついた。すぐに視線を逸らされたが、さっきここにいた女子だろう。
 再びささくれ立つ心を収めるように、溜息をついた。