失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 閉館時間まで自習をし、塾を出たところで、ポケットに入れていたスマホが震えた。
 明日の撮影のことで藤澤から連絡か? 歩きながら素早く確認する。

——この虹を見たとき、真っ先に桐島くんのことが頭に浮かびました。日本に、帰ります。

 ロンドンにいる水野さんからのメッセージ。
 虹の写真も送られてきている。赤から紫へと変わる色のグラデーションが綺麗だ。ロンドンは雨が多いから、虹が架かることもあるのかと納得する。
 それにしても……
 夏の夜空を見上げる。時差を考えると、ロンドンは昼ごろだろう。遠く離れた土地、見慣れないものに囲まれて刺激も多いはずなのに、篤人のことを想ってしまうのか。
 水野さんは、篤人に伝えるつもり? 好きだという気持ちを……。
 まとわりつくような湿気と、ぬるい空気が鬱陶しい。溜息まじりに息を吐き、スマホをポケットにねじ込んだ。



 
 藤澤の熱心な指導もあり、カメラの使い方や撮り方にも慣れてきた。
 基本、彼は全ての撮影に付き添ってくれたが、今日の撮影は俺ひとり。A校の教室で行われる、D組E組の撮影を任された。
 このクラスは各国の伝統舞をメドレー形式で踊るらしい。効率を意識して、S女子とA校が混ざらないようにグループを分け、合同練習を極力減らすのだという。今日の打ち合わせは全体の構成についての話し合いのため、両校揃って行われるようだ。
 
 打ち合わせは10時開始だったので、早めに行って自習することにした。
 図書室に入ろうとすると、入れ違いに出てきた生徒とぶつかりそうになる。
 顔を見ると酒井だった。

「和田か。珍しいな」
「おはよ。早いね」

 そういえば、酒井は図書室で自習するやつだった。人はいないし(ほとんどみんな塾に行く)、本のにおいは落ち着く、とか言ってたっけ。
 特に会話はせず別れた。

 気がついたら10時を過ぎていて、慌てて荷物をまとめた。
 遅刻は厳禁なのに、何やってんだ。
 酒井が「もう行くの?」と声をかけてきた。急いでいたので生返事しか返せない。

「和田!」

 大声で呼び止められる。明らかに話をしたそうだけれど時間がない。もう10分も過ぎている。

「まじでごめん! 急いでるから!」

 それだけ言い放って走り出した。



 教室を覗くと、ホワイトボード前にクラス代表が座り、全体の流れや陣形を説明していた。
 廊下でカメラの準備をし、そうっと入ろうとして、外から撮る画も面白いかも、と思い立つ。
 撮影が入っているとわかると、どうしてもみんな意識してしまう。議論の最中で、クラス代表たちは説明に夢中になっているし、ここからのほうが良いものが撮れそうだ。
 真剣な表情にズームする。

 引き込まれていく。
 いつの間にか、夢中になっている自分に気づく。
 前例のない行事だから手探りですすめているけれど、限られた時間のなかでどこまでできるか、作業の段取りを考えるのも楽しかった。
 F組のみんなと仕事ができたら、そのキレる頭でどんな映像を撮り編集するのだろう。縁も興味もなかった青春をクラス単位で味わいたかったと、そんなことを考え始めていた。