ダンス練習が始まった。みんなの前にクラス代表とダンス指導役が立つ。
自己紹介をしているところを撮る。
「S女子ダンス指導役の三浦朱莉です! みんなダンス動画は見てくれた?」
頷く者、首を傾げる者、難しかったよと感想まで言う者、みんなそれぞれなようだ。
「難しいところがあったみたいだから、少し変えます! 覚えてきてくれた人はごめんね!」
ちょっと、と藤澤に呼ばれて隅の方に移動する。B組C組のダンス内容について説明される。
踊るのは"現代版関ヶ原の戦い"。全体構成としては東西軍のダンスの応酬のあと、騎馬戦で実際に戦うという。なので、必ずしも東軍が勝つわけではない、歴史の結果をなぞらない、というところで現代版なのだという。
B組が西軍でC組が東軍。西軍の大将はあの派手な女(橋本というらしい)、東軍の大将は阿部、最終的に東軍に加勢した小早川は篤人だという。あみだくじで決めたらしいが、ハマり役で笑ってしまった。
「なかなか面白そうだな」
「だろ? 騎馬戦とか絶対に盛り上がるし、本番の動画も撮ってさ、舞台裏含めて再編集して、文化祭で上映したいなって」
合同創作ダンスは体育祭と文化祭の間に開催される。俺らにとってはこれが文化祭のクラス発表とみなされるため、全体としての文化祭は有志での企画のみとなる。
文化祭でも仕事があるとなると、即座にやろうぜと応えられない。曖昧に流していたところで、B組C組が体育館に広がった。
脚立とカメラを持ち撮影へと急ぐ藤澤。真剣な表情と態度を前に、自分のやる気のなさを恥じる。
同時に、今も勉強に励むF組のみんなのことを想った。焦る気持ちも抑えられない。
考えるのはやめよう、とりあえず今すべきことは……。
カメラを構えようとすると、横からカシャっというシャッター音が聞こえた。
「!?」
見ると、ゴツい1眼レフのカメラが俺に向けられていた。
A校の体操服を着ているけれど、誰だ?
遠慮なく俺をカシャカシャ撮ったあと、体育館に広がるみんなを撮り始めた。
G組のやつかな?
気に留めず、カメラを構えた。
練習終了間際になって、急に空が灰色へと変わり始めた。渦巻く重い湿気の塊を感じる。降り出すのも時間の問題だろう。
みんなが着替えて外に出る頃には、大雨が打ちつけていた。タイルの上で激しく跳ねる。遠くの空が光り、しばらくして唸るような雷が鳴る。
帰れないな、と判断して昇降口にたまる。何人かは外せない用事があるのか、もはや役に立たないだろうに傘を差しながら走っていった。
「降ってきちゃったね〜」
篤人が呑気に呟きながら隣に並ぶ。
そして何を思ったのか、ひょいっと外に出て、降りしきる雨に濡れにいってしまった。
「濡れた〜」
「当たり前だろ! 小学生か!」
持っていたタオルで頭やら顔をガシガシと拭いた。「痛いよ、もっと優しく!」なんて声は無視だ。
濡れた頬にタオルが触れたところで、ふいにあの日の水野さんの顔がよぎった。
色づいた柔らかそうな頬に、乾いた涙の筋。
水野さんを泣かせた篤人。それを篤人は知らない。
俺の想いも知らない。
ずるいよ、おまえ——
ふいに、篤人が上目遣いに見つめてくる。
「……思い出すな。初めて会った日も雨が降ってたよね。もっと優しい霞みたいな雨だったけど……」
心のなかの柔らかい部分を掴まれた。
あの日のことを、篤人も覚えているなんて反則だ。きゅっと苦しくなる。
「あのころと比べると、和田ちゃんデカくなったよな〜」
たしかにあの頃は、篤人のほうが頭ひとつぶん高かった。今、篤人の頭のてっぺんは、俺の鼻あたりにある。
こんなにも時が経ったのに、俺の気持ちはあの頃のまま、いつまでも春の雨に濡れている。
伝えるつもりなどない、だからこそ終わりがない。
止みそうにない雨を、篤人の隣で眺めていた。
自己紹介をしているところを撮る。
「S女子ダンス指導役の三浦朱莉です! みんなダンス動画は見てくれた?」
頷く者、首を傾げる者、難しかったよと感想まで言う者、みんなそれぞれなようだ。
「難しいところがあったみたいだから、少し変えます! 覚えてきてくれた人はごめんね!」
ちょっと、と藤澤に呼ばれて隅の方に移動する。B組C組のダンス内容について説明される。
踊るのは"現代版関ヶ原の戦い"。全体構成としては東西軍のダンスの応酬のあと、騎馬戦で実際に戦うという。なので、必ずしも東軍が勝つわけではない、歴史の結果をなぞらない、というところで現代版なのだという。
B組が西軍でC組が東軍。西軍の大将はあの派手な女(橋本というらしい)、東軍の大将は阿部、最終的に東軍に加勢した小早川は篤人だという。あみだくじで決めたらしいが、ハマり役で笑ってしまった。
「なかなか面白そうだな」
「だろ? 騎馬戦とか絶対に盛り上がるし、本番の動画も撮ってさ、舞台裏含めて再編集して、文化祭で上映したいなって」
合同創作ダンスは体育祭と文化祭の間に開催される。俺らにとってはこれが文化祭のクラス発表とみなされるため、全体としての文化祭は有志での企画のみとなる。
文化祭でも仕事があるとなると、即座にやろうぜと応えられない。曖昧に流していたところで、B組C組が体育館に広がった。
脚立とカメラを持ち撮影へと急ぐ藤澤。真剣な表情と態度を前に、自分のやる気のなさを恥じる。
同時に、今も勉強に励むF組のみんなのことを想った。焦る気持ちも抑えられない。
考えるのはやめよう、とりあえず今すべきことは……。
カメラを構えようとすると、横からカシャっというシャッター音が聞こえた。
「!?」
見ると、ゴツい1眼レフのカメラが俺に向けられていた。
A校の体操服を着ているけれど、誰だ?
遠慮なく俺をカシャカシャ撮ったあと、体育館に広がるみんなを撮り始めた。
G組のやつかな?
気に留めず、カメラを構えた。
練習終了間際になって、急に空が灰色へと変わり始めた。渦巻く重い湿気の塊を感じる。降り出すのも時間の問題だろう。
みんなが着替えて外に出る頃には、大雨が打ちつけていた。タイルの上で激しく跳ねる。遠くの空が光り、しばらくして唸るような雷が鳴る。
帰れないな、と判断して昇降口にたまる。何人かは外せない用事があるのか、もはや役に立たないだろうに傘を差しながら走っていった。
「降ってきちゃったね〜」
篤人が呑気に呟きながら隣に並ぶ。
そして何を思ったのか、ひょいっと外に出て、降りしきる雨に濡れにいってしまった。
「濡れた〜」
「当たり前だろ! 小学生か!」
持っていたタオルで頭やら顔をガシガシと拭いた。「痛いよ、もっと優しく!」なんて声は無視だ。
濡れた頬にタオルが触れたところで、ふいにあの日の水野さんの顔がよぎった。
色づいた柔らかそうな頬に、乾いた涙の筋。
水野さんを泣かせた篤人。それを篤人は知らない。
俺の想いも知らない。
ずるいよ、おまえ——
ふいに、篤人が上目遣いに見つめてくる。
「……思い出すな。初めて会った日も雨が降ってたよね。もっと優しい霞みたいな雨だったけど……」
心のなかの柔らかい部分を掴まれた。
あの日のことを、篤人も覚えているなんて反則だ。きゅっと苦しくなる。
「あのころと比べると、和田ちゃんデカくなったよな〜」
たしかにあの頃は、篤人のほうが頭ひとつぶん高かった。今、篤人の頭のてっぺんは、俺の鼻あたりにある。
こんなにも時が経ったのに、俺の気持ちはあの頃のまま、いつまでも春の雨に濡れている。
伝えるつもりなどない、だからこそ終わりがない。
止みそうにない雨を、篤人の隣で眺めていた。
