失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 休み時間、藤澤の作った予定表を見ながら、撮影の日にちを確認していた。夏期講習のある日は藤澤に頼むしかない。
 右手でマーカーをくるくると回しながら日程の確認をしていると、隣を歩く酒井の足が当たりマーカーが落ちた。「わりぃ」と拾ってくれた酒井の目が撮影予定表に留まる。

「だいぶ充実してんな」

 びっしりと埋まった日程表に目を走らせながら、口の端で笑う。

「G組クラス代表の藤澤が手伝ってくれるから大丈夫。あいつ映研部じゃん? むしろやらせてくれって頼まれてるし」

 藤澤はそこまで言っていなかったが、まぁ方向性は間違ってないだろう。
「ふぅん」と、つまらなそうに呟き、去っていこうとした背中に声をかける。

「酒井。全部引き受けたこと、俺は後悔してないから」

 酒井は立ち止まったが、振り向かなかった。何を思っているのかは、背中越しには図れなかった。
 俺と同じように、みんな来年もF組でいたいはずだ。医学部志望だけどF組に入れないやつらもたくさんいる。落ちないためには勉強しなければならない。一分一秒でも惜しい。青春している時間はない。
 軽い気持ちでクラス代表を引き受け、開催反対と交渉できなかったのは俺のせいだ。みんなを巻き込むわけにはいかない。


 今日の撮影はないので塾に行こうと昇降口に向かって歩いている途中、篤人と阿部に会った。
 鞄の代わりにパソコンを抱えている。

「よう。打ち合わせ?」
「そ、急遽、S女子と打ち合わせ」
「ここで?」と問うと、頷きながら急足で去っていこうとする。
「ちょっと、篤人!」

 なに、と振り向かれたものの、今ここで問えることではないと気づく。
『舞と水野さんは別人だよ。重ねて想うのは間違いだ』言おうとした言葉を飲み込む。

「……ごめん、なんでもないや。打ち合わせ、頑張って」

 応えるようにニコッと笑い走っていく。
 なんだか胸騒ぎがして、廊下を戻り職員室の扉を開けた。合同創作ダンス統括顧問に、打ち合わせを撮影したいからと適当な理由を言って、教室と終了予定時刻を聞いた。



 予定の時刻まで図書室で自習をし、打ち合わせが終わりそうなころ、教室の扉を開いた。

「終わった?」

 みんなが一斉に俺を見る。

「終わったよん。おむかえですか?」
「もう帰っていい?」

 B組クラス代表の派手な女の冷やかしをスルーして、水野さんに目で合図をする。
 約束なんてしていないと腑に落ちない顔をされながらも、帰る支度をしてくれた。

 誰もいない静かな廊下を水野さんと歩く。彼女の履くスリッパのパタパタという音と、上履きのキュッキュッという音が、重なったり交互に響いたりしている。
 やがて、キュッキュッという音だけになった。
 立ち止まり、振り向く。
 わずかに息を呑んだ。

 水野さんが泣いていた。小さな子どものように、ぽろぽろと涙を流していた。

「……大丈夫?」

 透明な雫が赤みを帯びた頬を伝い、すべり落ちていた。表情はなく体も動かず、ただ涙だけがひとりでに溢れ出してきている。
 彼女が濡れた頬を拭ったとき、歩いてきた方向から誰かが走ってくる音が聞こえてきた。
「……とりあえず」
 背中に手を添えて歩くよう促す。そのまま無言で昇降口へと歩いた。