失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 期末試験が終わった。F組は選抜クラスなので、中間期末のテストで上位にいなければ、来年もF組でいられない。自己採点の結果は、まずまずといったところかな……。
 ふいに、軽いめまいがした。
 試験勉強の疲れと、篤人と水野さんの関係に対する不安。自分から言い出したこととはいえ、彼女のことが好きだと、本心ではないことが広まっていることの痛み。異常なほどの夏の暑さに対抗する冷房の強さにも体がついていかない。
 今日は自習室には寄らず、帰って寝ていたほうがいいか……。
 そう思いながら廊下を歩いていると、うしろから藤澤に呼び止められた。

「これ、見ておいて。カメラは打ち合わせのときに渡すから」

 A4の紙の束を渡される。パラパラとめくり、夏休みの撮影スケジュールのところで手が止まる。ほぼ毎日、撮影の予定が組まれていた。
 F組担当分は全て俺がやるとなると、休める日はほぼなさそうだ。塾の夏期講習もある。自習もしたい。まいった……。

「おいおいおい、予想通りの固まりようだなぁ。F組のところは僕がフォローする」
「いや、悪いよ。こんな予定表作ってくれて、撮影までもなんて」
「ぜんっぜん! リアルな青春が撮れるんだぜ! 女子との合同創作ダンス、発表までの舞台裏を撮影できるなんて……興奮しかないっ!」

 藤澤の目は、ここにはないものを見つめている。
 苦笑いしながらも、本心から撮影を手伝いたいと言ってくれたことが伝わる。
 温かいものが胸に広がっていく。だけど……。

「……ありがとう。ただ、俺もF組クラス代表として撮影には行くから」
「りょうかいっ! ではさっそく本日行ってみよう!」
「は? 今日?」
「S女子で打ち合わせがあるだろ♪ 撮影、撮影♪」

 今日からあるのかよ!! しかもS女子まで行くのか!!
 心の中で毒づき、深い溜息をつく。前言撤回したい……。


 初めて入ったS女子は、赤レンガ調の校舎を囲むように花や草木が植えられ、グラウンドには青々とした人工芝が敷かれていた。整えられた石畳の上を、セーラー服を着た女子たちが駆けていく。
 どこもかしこも味気ない灰色に囲まれたA校と大違いで、さすがお嬢様学校だなと感心する。
 それにしても……。

 ……わっ、和田くんホンモノ!
 ……キレイ~尊すぎる〜
 ……夏服姿が爽やか! まぶしー!

「女子校って苦手……」

 もはや心の声が漏れ出てしまっていた。
 ポロシャツのボタンをひとつ外しただけで軽い悲鳴が聞こえてくる。
 勘弁してくれ……俺はパンダじゃないっつーの!


 会議室に篤人の姿はなかった。クラス代表のみの打ち合わせだからだろう。
 今日は、夏休みに向けて練習計画を決めるらしい。日程については、事前に藤澤が全てのクラスに聞き回り、調整して予定表に落とし込んでいたので、それらを展開する。
 A校の体育館は改修中のため、夏休みの練習はS女子の体育館で行われる。取り合いになることも予想され、日程だけは早めに調整したいという要望があったのだとか。
 藤澤といい、他のクラスのやつらといい、この行事にかける想いがすごすぎる。
 
「和田、はいカメラ。映研部のものだから丁寧に扱ってな」

 藤澤からビデオカメラを渡される。

「今から撮るの?」
「当たり前だろ! えっと、F組の担当は……」
「俺、C組撮りたい。いい?」

 篤人と水野さんのクラスだ。このクラスの担当になれば、ふたりのことを堂々と観察できる。
 藤澤に了承され、ついでにC組はB組と合同で関ヶ原の戦いを踊ることになったと聞く。
 教室を見まわすと、彼らは窓際の席で打ち合わせをしていた。カメラ片手に、そろりと近づく。
 モニター越しに4人を見ていると、気がつかれてしまい、一気に顔を向けられた。
「和田、なに撮ってんだよっ」と阿部に驚かれる。

「舞台裏撮影だよ。ここは俺が担当になったから、よろしく」

 水野さん、俺はちゃんと見てますよ。
 にっこり微笑むと、派手な女(B組クラス代表らしい)に「愛されてるねー」とふざけられ、そいつの名前を覚える気が失せた。
 気がつかれてしまっては良い画が撮れそうにない。とりあえず撮った映像でも確認することにした。
 真剣に議論する水野さんが映っている。舞はいつもつんとしていて口数も少なかったから、彼女がこうして話してる場面を見ると、顔は似ていても別人なんだなと感じる。当たり前なんだけど。
 それにしても、前回の打ち合わせで篤人と何があったんだろう……?
 怯えた彼女の顔が浮かぶ。一度、話をしてみるか。
 放っておけばいいのに、そうもできないのはきっと、いまいち悪役になりきれてないんだろうなぁ……。

 顔を上げると、水野さんと目が合った。すぐに視線を逸らされる。やっぱりどこかおかしいと思い、近づく。

「終わったら一緒に帰るか」
「なんで」
「話があるからに決まってんだろ」

 いちいち突っかかってくるところは舞とそっくりだと睨みつけたとき、視界がぐらりと揺れた。背筋に冷たいものが走る。
 ここで倒れるわけにはいかないと、(うず)くこめかみを押さえた。