「なにしてんの」
背後から声をかける。ふたりがこちらを見上げた。
「和田ちゃん!」
「篤人。めずらしいな、自習室で勉強? で、えっと誰だっけ」
水野さんのほうには刺すような鋭い視線を向ける。
憮然として「S女子の水野です」と返されたので、鼻で笑ってやった。
上目遣いに睨みつけられる。上から冷たい視線で見下ろす。
ふと、横から抑えた笑い声が流れてきた。篤人が笑いをこらえているところだった。
「ごめんごめん。なんか、懐かしくて……」
懐かしい?
「……マジで言ってんの……?」
懐かしいって、なんだよそれ。
この女は水野さんだよ、舞じゃない。
なのに篤人は、目を細めて懐かしい記憶でも辿るみたいに水野さんを見つめている。
舌打ちをし、水野さんの腕を掴んだ。
「ちょっと来て」
「え!?」
有無を言わさず連れていく。塾内はそれなりに混雑していたけれど、俺たちを避けるようにして道が開かれていった。
篤人は追いかけてこない。きっと、ポカンとした表情で立ち尽くしているんだろう。
階段を上り、外につながるドアを開き非常階段に出たところで手を離す。
水野さんが痛そうに腕を撫でた。
「A校での打ち合わせのときといい、どうしてわたしに突っかかってくるの?」
「……べつに」
「なにそれ。わたし、何かしました?」
答えず、細かな部分まで観察する。
突っかかってくるときの表情は舞そのものだ。
「……水野さんは、篤人のことが好き?」
真っ直ぐに問うと、戸惑うように視線が泳ぐ。苦し紛れに「和田くんには関係ないでしょ」そう言われた。
「否定しないってことは図星か」
「だから、言う必要がないって——」
「質問に答えろよ!」
強い口調で返すと、体がビクっと跳ねたものの気にしない。
正直、彼女の口から言わせることにそこまで意味があるとは思わない。八つ当たりにちかいと自覚しつつも、止められなかった。
強い風が吹いた。しばらくの沈黙があった。
乱れた髪を直しながら表情を歪ませ、俺と話すつもりはないと、この場を去ろうとしている背中に声をぶつけた。
「篤人は、あんたの手には負えないよ」
すぐさま振り返り、軽蔑するような視線を投げかけてきた。
「和田くんは、桐島くんのなんなの? 好きなの?」
そんなこと聞いてくるな——そう言おうとした口を閉じる。
篤人に対する気持ちだけは、嘘をつきたくない。
少なくとも、舞に似ているコイツにだけは。
「……好きだよ」
篤人の、晴れ渡るような笑顔が好きだ。舌足らずな甘い声が好きだ。愛嬌のある性格が好きだ。仲間外れやイジメを許せない正義感が好きだ。ずっとひとりの人を愛し続ける、その一途さが好きだ。
篤人のどこが好きかなんて、どれだけでも並べられる。けれど、彼には告げられない。告げたくない。告げた途端に、すべてが失われるから——
「……ごめん」
「なにに対して?」
張りつめた糸のような緊張感が、ふたりの間に流れている。
「和田くんに対して。……つらいよね」
「そんなこと、わかるのかよ」
「すこしは……」
そう呟き、過去の辛い記憶を辿るように、唇を噛んでうつむいた。
知り合いに俺のような人がいたのかもしれない。いまどき同性が好きという人がいても珍しくないし、男子校や女子校に通っているのならばなおさら。
「素敵な人だったら、好きになるよ。近くにいるのが、桐島くんだったら……」
確信した。水野さんも篤人のことが好きなんだろう。
やめてくれよ。
自分を見失うほど心を奪われ、今もなお忘れられない、そんな女によく似ている彼女。篤人が気にならないわけがない。
舞に重ねて好きになるかもしれない。それが恋じゃなくても、つき合ってしまったらおしまいだ。
見たくない。見たくない。見たくない。
俺のきらいな『舞』と、ぼろぼろになっていく篤人を——
ふらつくほどの強い風が吹いたが、気にせずに歩く。
「どいて」
身をすくめた彼女に言い放つ。
かすかに震える声を隠すことができなかった。
背後から声をかける。ふたりがこちらを見上げた。
「和田ちゃん!」
「篤人。めずらしいな、自習室で勉強? で、えっと誰だっけ」
水野さんのほうには刺すような鋭い視線を向ける。
憮然として「S女子の水野です」と返されたので、鼻で笑ってやった。
上目遣いに睨みつけられる。上から冷たい視線で見下ろす。
ふと、横から抑えた笑い声が流れてきた。篤人が笑いをこらえているところだった。
「ごめんごめん。なんか、懐かしくて……」
懐かしい?
「……マジで言ってんの……?」
懐かしいって、なんだよそれ。
この女は水野さんだよ、舞じゃない。
なのに篤人は、目を細めて懐かしい記憶でも辿るみたいに水野さんを見つめている。
舌打ちをし、水野さんの腕を掴んだ。
「ちょっと来て」
「え!?」
有無を言わさず連れていく。塾内はそれなりに混雑していたけれど、俺たちを避けるようにして道が開かれていった。
篤人は追いかけてこない。きっと、ポカンとした表情で立ち尽くしているんだろう。
階段を上り、外につながるドアを開き非常階段に出たところで手を離す。
水野さんが痛そうに腕を撫でた。
「A校での打ち合わせのときといい、どうしてわたしに突っかかってくるの?」
「……べつに」
「なにそれ。わたし、何かしました?」
答えず、細かな部分まで観察する。
突っかかってくるときの表情は舞そのものだ。
「……水野さんは、篤人のことが好き?」
真っ直ぐに問うと、戸惑うように視線が泳ぐ。苦し紛れに「和田くんには関係ないでしょ」そう言われた。
「否定しないってことは図星か」
「だから、言う必要がないって——」
「質問に答えろよ!」
強い口調で返すと、体がビクっと跳ねたものの気にしない。
正直、彼女の口から言わせることにそこまで意味があるとは思わない。八つ当たりにちかいと自覚しつつも、止められなかった。
強い風が吹いた。しばらくの沈黙があった。
乱れた髪を直しながら表情を歪ませ、俺と話すつもりはないと、この場を去ろうとしている背中に声をぶつけた。
「篤人は、あんたの手には負えないよ」
すぐさま振り返り、軽蔑するような視線を投げかけてきた。
「和田くんは、桐島くんのなんなの? 好きなの?」
そんなこと聞いてくるな——そう言おうとした口を閉じる。
篤人に対する気持ちだけは、嘘をつきたくない。
少なくとも、舞に似ているコイツにだけは。
「……好きだよ」
篤人の、晴れ渡るような笑顔が好きだ。舌足らずな甘い声が好きだ。愛嬌のある性格が好きだ。仲間外れやイジメを許せない正義感が好きだ。ずっとひとりの人を愛し続ける、その一途さが好きだ。
篤人のどこが好きかなんて、どれだけでも並べられる。けれど、彼には告げられない。告げたくない。告げた途端に、すべてが失われるから——
「……ごめん」
「なにに対して?」
張りつめた糸のような緊張感が、ふたりの間に流れている。
「和田くんに対して。……つらいよね」
「そんなこと、わかるのかよ」
「すこしは……」
そう呟き、過去の辛い記憶を辿るように、唇を噛んでうつむいた。
知り合いに俺のような人がいたのかもしれない。いまどき同性が好きという人がいても珍しくないし、男子校や女子校に通っているのならばなおさら。
「素敵な人だったら、好きになるよ。近くにいるのが、桐島くんだったら……」
確信した。水野さんも篤人のことが好きなんだろう。
やめてくれよ。
自分を見失うほど心を奪われ、今もなお忘れられない、そんな女によく似ている彼女。篤人が気にならないわけがない。
舞に重ねて好きになるかもしれない。それが恋じゃなくても、つき合ってしまったらおしまいだ。
見たくない。見たくない。見たくない。
俺のきらいな『舞』と、ぼろぼろになっていく篤人を——
ふらつくほどの強い風が吹いたが、気にせずに歩く。
「どいて」
身をすくめた彼女に言い放つ。
かすかに震える声を隠すことができなかった。
