失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 放課後は、毎日例外なく塾の自習室に直行する。
 自販機で持ち込み用の飲み物を買おうとしていると、

「和田くん?」

 背後から聞いたことのない声の男に呼ばれた。
 男女問わずジロジロ見られることには慣れているけれど、話しかけられることは滅多にない。社交的な性格でもないから、知らないやつと話すのも苦手だ。
 そうっと振り向くと、やはり会ったことのない男の顔があった。
 白いシャツに緑とえんじ色のチェック柄スラックスという、なんとも目立つ制服を着た男子高校生。日に焼けた肌に、濃い眉と垂れ気味の目。なにかスポーツをやっているんだろう、体つきもしっかりとしている。
 どなたでしたっけ、と怪訝な表情で首を傾げた。
 笑顔が返ってくる。

「やっぱり、わかんないよな! A校の入試以来だから。俺、狩野。覚えてる?」

 入試……かりの……あ!
 
「狩野くん!?」

 思い出した。記憶のなかにある、まだ小学生だったころの幼さの残った顔が重なっていく。入試の日、消しゴムを忘れた篤人に予備のものを貸してくれた心優しき少年。緊張のしすぎで体調を崩しトイレにこもる俺を、集合時間ギリギリまで待ってくれてもいた。

「背、高いなぁ! あのころは俺より小さかったのに……。それにしても噂に聞くイケメンが、まさか『あの』和田くんだったなんて」

 なんと返せばいいかわからないことは、苦笑いでごまかすことにしている。
 ふいに、水野さんと狩野くんがつき合っていると聞いた話を思い出した。

「そういえば、狩野くんはS女子の水野さんって子とつき合ってるんだって?」
「え?」

 驚かれたことに驚いてしまう。
 篤人からは、たしかにそう聞いたけど……。

「ちがう、ちがう。つき合ってたのは本当だけど、中学のときだよ。もう別れてる」

——もう別れてる?
 じゃあ、水野さんは誰ともつき合ってないってことか? 
 篤人は友達の彼女には手を出さない。
 でも、そうでないのなら。

 打ち合わせの日、篤人が水野さんを気に入っているのは見てとれた。じゃなきゃ、合同創作ダンス開催の方向に議論を導くような援護もしないだろう。
 水野さんのほうも、篤人のことが気になっていることは疑いもない。
 水野さんがフリーだとわかったら、ふたりがつき合うのも時間の問題か……?

 狩野くんと別れ、ふらふらと歩いていく。
 普段は周りのことなど気にならないけれど、吸い寄せられるようにして見つけてしまった。
 舞を見るように水野さんを見つめる、篤人を。