失われるとわかっていても、君の隣を手放したくない

 椅子の背に体を預け、天井を仰ぐ。
 不規則に並ぶ黒い点や波線を眺めながら、これってなんの模様だっけ、なんて、どうでもいい疑問に思考が逃げていく。

 クラス全員が医学部志望の学年トップ集団、今より未来が大事、レンアイや女子には興味なし(たぶん)のF組相手に、S女子との合同創作ダンス開催を説得する。
 俺に課せられた重すぎるミッション……。
 文化祭の一部として開催することについては、これから交渉するのだからまだ決まってはいないのだけれど、ほぼ確定だろう。
 
 それに加えて……。
 
 舞似の女・水野さんを見つめる。黒板を消す篤人に声をかけているところだった。
 遠目にみてもはっきりとわかる、妙な距離感と落ち着きのない態度。
 女子校育ちで男子に慣れていないタイプではなさそうだし、明らかに篤人のことを意識してる。
 なんだよおまえ、彼氏持ちじゃねぇのかよ。
 篤人は、たとえ彼女が自分を見失うほど好きだった舞によく似ていたとしても、友達の彼女に手を出すことはないと思う。自分の感情に素直なやつだけど、友情を優先するタイプだから。
 ただ、彼女のことを特別扱いしていることは間違いない。
 あれだけ舞に似てるのだから、無意識にそうなってしまうのもわかるけど。だったら——

 すっと立ち、ふたりに近づく。
 開け放たれた窓から、野球部の野太い掛け声と金属バットにボールの当たる鋭い音が聞こえてくる。
 ここは男子校だ、君のいるところではないんだよ。

「水野さん」

 ふたりが振り返る。
 近くでみると、本当に顔のつくりが舞に似ている。
 わずかに緊張した表情の水野さんだけを、真っ直ぐに見つめる。

「桐島のこと、好きになってはいけないよ」

 篤人のことは、あえて「桐島」と言った。おそらく名字で呼んでいるんだろうから。
 さりげなさは意識しつつも、ひとつひとつの言葉に力を込めた。
 これは侵してはならない神聖なルールだというように。