・
・【伝えるには言葉しかないだろ】
・
雨上がりの六月。
体育館裏は鬱蒼としていて、土の匂いが湿気じみていて、テンションが下がる。
ただ、知らないキノコが生えていそうな雰囲気は決して季節のせいだけではない。
「いちいちそんなところにソイツを呼び出して、暇な連中だな。同じ高校生として恥ずかしいわ」
俺は吐き捨てるように、そう言ってやった。
そう、コイツらは暇な連中だ。
わざわざ一人の女子を体育館裏に呼び出して、イジメをしているんだから。
「何だよ、オマエ、誰だよ」
イジメの主犯格らしきヤツが喋り出す。
自分の拳を握って温めている。
既に臨戦態勢へ入っているといった感じだ。
それに呼応するかのように、周りも腕を回したり、足を動かしたりと準備体操。
その場にいる六人全員に聞こえるように、俺はハッキリ言ってやった。
「俺は半田朗、イジメなんてクソつまんねぇことやっている連中をぶっ倒しにきた」
イジメっ子連中の中の一人がこう言った。
「コイツ……ダロだ! イジメを嗅ぎつけて、止めに入るヤツだよ!」
「止めに入るんじゃない、俺は止めてしまうんだ、完膚なきまでに叩き潰して、な」
俺の低音の声に、少し委縮したイジメっ子連中だったが、イジメの主犯格らしきヤツがデカい声を上げた。
「一対六だ! やっちまおうぜ!」
早速、一番近くにいたヤツが俺に殴りかかってきたので、俺はひらりとかわしつつ、こう言ってやった。
「遅ぇな、オマエのグーパン、まるで何もこもっていない空弾」
「何だようるせぇな! 何言ってやがる! というかすぐに喋れなくしてやる!」
顔めがけてとんできたパンチは、相手の腕の長さを完全に見切って、まるで相手が寸止めしたかのような位置で届かせない。
そしてもう一言、言ってやる。
「全然センス無いグーパン、面白くない集団、ささっとしてほしい中断」
ここでイジメの主犯格らしきヤツが言葉で割って入る。
「何言ってんだよ! オマエ! 気持ち悪いんだよ!」
「何って別にラップだけども。オマエたちの攻撃が暇すぎて、ラップしてんの。というか喋っているヤツに攻撃当てられないヤツのほうが気持ち悪くね?」
俺の挑発に乗った連中は、次々俺に殴りかかってくる。
それを全てかわす。
「またヒョロヒョロのパンチ、多分当たってもするすぐ完治」
たまにくるキックもかわす。
「オマエのキック、何かクサい、まるで湿布、対する俺は簡単にかわす、まるで疾駆」
棒を振り回してきたヤツもいたけども、そんな攻撃は当たらない。
「危険っぽく、振り回す棒、オマエはいつも、悔いが軽そう」
蹴りも全然つまらない。
「当たらないぜ、弱腰の蹴り、その程度じゃ所詮、お遊びのてい」
だんだん疲れてくるイジメっ子連中。
俺は息を一切切らさず、言ってやる。
「もう疲れたって、ハッキリ言って弱者、もっと言えばカスだ、ゴミあくた、ささっと濡らせ枕」
イジメっ子連中は動きも鈍くなっていく。
「喰らったのか、とろい呪い、世の中ピーチクパーチク騒ぐ小鳥多い、あっ、もう騒げないんだっけ? 何も語れないダッセェ」
ついには膝に手のひらを当ててて、立っていることがやっとのイジメっ子連中。
どうやら戦意喪失といったところだ。
しかし俺はこれで終わりじゃない。
最後の仕上げがある。
「おい雑魚ども、俺の話聞けや」
ドスの利いた俺の声に、震え上がるイジメっ子連中。
当たり前だ、自分たちは全く攻撃を当てられず、俺は言葉だけで返して息一つ上がっていなくて、あとは焼くなり煮るなり好きにされると思っているわけだから。
俺は続ける。
「よく心が通えば真の友達だみたいなクソつまらねぇことを言うヤツがいるが、俺はそう思わない。なんなら伝えるには言葉しかないと思っている」
俺の言うことを黙って聞いているイジメっ子連中。
いや正確には息が上がって、ひぃひぃ言いながら聞いているが。
「だから俺は、オマエらイジメっ子にラップを捧げる。聞いたら改心しやがれ、クソがっ」
そして俺はラップをし始めた。
今思っていることをそのまま語る。
コイツらは、話によると”汗かきでいつもビチョビチョで気持ち悪い”を理由に、この一人の女子をイジメているらしい。
だからラップの内容は『人の身体的特徴を笑うな』だ。
《ダロ》
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
悪口は削除、無くしたい鋭い角度 冷たいはアウト、だから振るタクト
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
希望の明日(あす)を、作りたい柔らかい丸を 暖かい春を、だから振るタクト
人はそれぞれ全然、個性が違う それで何かを馬鹿にする、は、余計な始発
自覚しろよ、ちゃんと、事実言葉は凶器 オマエらの言動、生きることから遠い
仕切る大人が用意、ばっかじゃ、無い成長 大成功よりも、まず小さな再生を
体型をどうだ? 特徴をどうだ? ああだ、こうだ、一体何の効果に?
しょっぱい言動は、すぐに止めてしまえ つまらない物語は、続き変え、成果へ
喧嘩でどうこうしたいわけじゃない 人の言葉は何物にも、代えがたい
だから一つ一つ大切にしてくれ まるで、家・舟、それは特注品だ
使い方によっては即急伸だ、要は進化 効果死んだじゃダメ、言葉はいつも問う羅針盤
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
悪口は削除、無くしたい鋭い角度 冷たいはアウト、だから振るタクト
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
希望の明日(あす)を、作りたい柔らかい丸を 暖かい春を、だから振るタクト
そもそも自分だって言われたら嫌だろ、短所 ハッキリ言ってオマエらどんな感情?
山椒のようにピリリと辛い(つらい) 落ち込んで、人との、仕切りも深い
塞ぎ込むだろ、暗い暗い負債飲むだろ 心に喰らう、たくさんの殴打を
大凧のように舞う日はきっと来る気しない そして完璧な人間に嫉妬するし、嫌い
曲がってしまうんだ、人格が 失っていくんだ、幸せの輪郭が
そうやって人を壊して、何が楽しい? アホらしい、そんなことより笑った過去が良い
意味を考えて生きていこう、が、成長だ つまらない抵抗は、正直低能だ
正常な人間ならば、もう分かっただろ? 抑えつける天井なんていらなかった青
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
悪口は削除、無くしたい鋭い角度 冷たいはアウト、だから振るタクト
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
希望の明日(あす)を、作りたい柔らかい丸を 暖かい春を、だから振るタクト
知っている、人はそんな簡単に変わらない。
だけども知っている、人は常に変わる瞬間を欲している。
イジメっ子連中は俯いたまま、その場を無言で去っていった。
それでいいんだ。
その無言が成長だ。
……なんて言えるほど、俺は聖人君主じゃないんだけどもなぁ、まあいいや。
一人の泣いている女子を救えただけで満足だ、地面に尻をついて泣いている一人の女子を……って、もっと泣き始めた。
「うぇぇえええん……、……、……、……、うぇん!」
いや何だその溜めて溜めての、めちゃくちゃ強い”うぇん”は。
本当に泣いているのか、どうか、もはや分からないな……。
「うぇん! うぇん! 本当にうぇん!」
本当にうぇんて。
俺の表情を見て、疑われていることに気付いているんじゃないよ。
というか、
「俺、もう行くから。ほら、そんなとこでずっと泣いていないでさ。夕暮れが近付いてきたし、家に帰るといい」
その場を去ろうとした時、
「待ってぇぇえええええええええ!」
泣いている女子はデカい声で俺を制止した。
俺は立ち止まり、振り向くと、その女子はいつの間にか俺のすぐ後ろまで来ていた。
さっきまで泣いて座り込んでいたはずなのに、気配が一切無かった。
泣いている女子は涙を拭って喋り出した。
「ありがとうございました……」
何だそんなことか、と思いつつ、俺は、
「別に自分がやりたいようにやっているだけだ、気にする必要は無い」
そう言って、その場を去ろうとしているのだが、何だこの女子、俺の肩を掴む腕力が異常に強い。
というか正直いつの間にか肩を掴まれていた。
どんな攻撃だってかわせる、この俺が。
油断していた? いやそんなことは無いはず。俺はいつだって気を張っている。
「貴方、ダロさん……ですよね?」
さっきのイジメっ子の中にも、俺のあだ名を知っているヤツいたな、と思いつつ、頷くと、
「ダロさんって、いつもどこにいますか?」
……俺の居場所? 何でそんなことが気になるんだ?
まあいいや、ここは。
「俺は特定の場所になんかいないぜ、適当に気の向くまま動いている」
と”嘘”をついた。
理由は特に無いけども、しいて言えば、そこを狙い撃ちにされたくないから。
いやまあこの女子はイジメっ子連中じゃないから、復讐みたいなことはしてこないだろうけども。
とにかく知られることが嫌で嘘をついた。
すると、その女子は屈託の無い笑顔で、
「じゃあ今度探しますね! さようなら!」
と言ってその場を女子が先に去っていった。
今度探す……? いやまあ場所なんていくらでもあるし、見つからないだろ、と思っていた。
そう思っていた。
・
・
・
「あっ! ダロさん! ついに見つけました!」
汗をだらだら流しながら俺に近付いてきた、あの汗かきを理由にイジメられていた女子。
いやというか、見つけられた……いや二日だぞ……そんなことあるかぁい。
ここは高校から少し離れた河川敷、橋の下。
しっかり下に降りて覗き込まなければ、俺の姿は見えないはず。
いやまあ今まさにしっかり下に降りてきているけども。
「ダロさん! 言い忘れていましたが、私、真梨子といいます!」
急に自己紹介か、まあいいだろう。
自己紹介されたら自己紹介し返すことがマナーだ。
「俺は半田朗、苗字の後ろと名前の頭をとって、(はん)ダロ(う)だ」
「というわけで弟子にしてください!」
そうそう弟子にしてくださいと言われたら、弟子にしてくださいと返すことがマナーだから……って、えっ?
「いや、弟子って何だよ……」
俺は額からじんわり汗をかきながら、そう聞き返すと、真梨子は笑いながらこう言った。
「ヤだなぁっ! ダロさん! 弟子は弟子ですよ! 師匠と弟子ってヤツですよぉっ!」
いや何だよ急に弟子って。意味分かんないだろ。
でも真梨子は続ける。
「私! お笑いが好きなんです! それでダロさんのラップの前に前座で何かします!」
ラップの前に前座でお笑いということか? 一体何を言っているんだ、コイツは。
まあとにかく事実だけ言って、帰らせるか。
「俺はああやってイジメの現場へ行って、ラップをするんだ。ハッキリ言って危険だから一緒にはいられない」
「大丈夫です! 私は空手の黒帯なので強いんですよ! ダロさんみたいにかわせます!」
確かにあの気配の無い動き、拳法の達人のようだったけども、それなら、それならば、
「イジメっ子連中を倒せば良かっただろ」
「拳法家は素人に暴力を振るっちゃダメなんです! それに暴力で解決したらイジメっ子より酷くなっちゃいますよ!」
「確かにそうだけど……」
でもまあなんとなく、多少なりに合点はいった。
そもそも汗かきというモノは発汗が良い、つまり新陳代謝が良いというわけで、何らかの運動をしていると考えることが妥当だ。
そして動けるからこそ、こうやって目的の人も探せるというわけだ。
真梨子は満面の笑みで、
「私! いくらでも攻撃かわせます!」
と言ったと思ったら、急に肩を落として、
「……でも言葉には弱くて……寄ってたかって言葉で……」
そう言って口を真一文字にしてから俯いた真梨子。
まあ大体のことは分かったけども、一つだけ分からない点があるので聞いてみた。
「何で弟子なんだ? 別に友達とかでもいいじゃないか」
「だって! 私! ダロさんのこと大好きになったんですもん!」
大好き、で、弟子?
拳法やってる人ってみんなそうなの?
いやいや、弟子ってやっぱり意味分かんないし、断ろう。
「いや弟子はとらない。俺は一人で好きなようにやる」
「私は二人で好きなことしたいです! なんなら一緒に漫才したいくらいです!」
あっ、これ平行線でずっと続くヤツの予感。
いやいや、言葉なら俺のほうが得意だろう。
絶対打ち負かしてやる。
「というかやっぱり足手まといだな、一人のほうが小回りが利くし」
「いえいえ! 二人で楽しくやっていきましょう!」
「いや俺は一人のほうが楽しいから」
「私は二人のほうが楽しいですね!」
「というか鍛錬は一人で深く研ぎ澄ますものだ。人がいたら邪魔になる」
「いいえ! 私は二人のほうが楽しくできると思います!」
そう言って胸を叩いた真梨子。
あっ、ダメだ、もう心が折れそう。
全然話通じないヤツだ。
俺は多彩なパターンで理由を述べているのに、真梨子は”二人は楽しい”の一点突破だ。
いやじゃあ何かどこかで揚げ足とるしかないな。
やり方を変えよう。
「じゃあ真梨子、お笑いを見せてくれ」
そう、真理子のお笑いを見て、難癖つけよう。
どんなお笑いを見せてきても『俺の前座にふさわしくないし、つまらない』と言ってしまえばいいだけだ。
それこそ悪口みたいになってしまうが、まあここはしょうがない。
真梨子はグッと拳を握り、やる気満々のような表情を浮かべ、
「じゃあいきます! 一発ギャグします! ホップ! ステップ! ジャンクフードに付いてくる安いタレ!」
何その一発ギャグ。
いやホップ・ステップ・ジャンプをもじるのは分かりやすくていいけども、肝心のボケが弱すぎる。
良かった、これなら悪口にならない。ただの事実だ。
「全然面白くないだろ」
俺は冷静にそう言うと、
「ですよねっ」
と言って舌を出して笑った。
いやいや、
「ですよね、じゃダメだろ。何で一旦真梨子が滑ってからラップしないといけないんだよ、ハンディだろ」
「ここは要練習ということでよろしくお願いします!」
と言って瞬時に俺に近付き、無理やり俺の手を強く握ってきた真梨子。
いや握力強っ。
どうやら空手やっていることは本当っぽいけども、コイツのお笑いがこれって、マジかっ?
「まず俺を師匠にする前に、お笑いの師匠を探せ!」
なんとか真梨子の握力から逃げて、手を離した俺。
一体何なんだコイツ……とか思っていると、真梨子は、
「とにかく今度めっちゃ頑張るので、これからよろしくお願いします!」
「いや今度て! 今後であれ!」
「間違いました! ボンゴでした!」
「いや今後だろ!」
俺が流れで、ボケにツッコむようについ言ってしまうと、
「何か漫才みたいでいいですね! 漫才しましょうか! 漫才!」
と真梨子が言ってきたので、俺は慌てて、
「そういうことじゃない! とにかく弟子はとらないから!」
とハッキリ言うと、真梨子は頭上にハテナマークを浮かべながら、
「何でですか? 二人は楽しいのに……」
と不服そうに言ったので、俺は一回落ち着いてから、こう言った。
「俺のやっていることは危険なことだから、巻き込みたくないんだよ」
「だから大丈夫ですって、私、空手やってますから、いくらでもかわせます。なんならダロさんのことを守ることができます!」
「でももし何か危険なことがあってからじゃ遅いんだよ」
そう言うと、俺のシリアスとは反して、真梨子はやれやれといったような顔になってこう言った。
「絶対大丈夫ですからっ、信じてください……師匠!」
「いや師匠じゃないから。そもそも俺、真梨子に何も教えることできないだろ?」
「教えてくださったじゃないですかっ!」
そう言って俺の背中をバンバン叩いてきた真梨子。
いやもう何かウザいなぁ……まあ聞き返すか。
「……何を?」
「人を好きになるという気持ちを、です!」
そう頬を朱色に染めながら言った真梨子。
何か急に恥ずかしくなって、目を逸らす俺。
そんな俺の顔面をホーミングするかのようについてくる真梨子は、
「ダロさんの何かになりたいんです! ダメですかっ! ダメですかっ!」
と言ってきて、何かもう訳が分からなくなって、
「もういいよっ!」
と叫ぶと、真梨子が口に手を当てながら、
「嬉しい……”いい”んですね……」
と言ったので、あれ、俺、そういう意味で”いい”とは言っていないようなと思ったけども、その真梨子の嬉しそうな顔を見ると、もうこれ以上の言葉は言えなかった。
俺より動けるかもしれないから、まず最初に考えるべき不安は大丈夫だから、まあいいのかなぁ。
いやでも前座のお笑いは要らないなぁ、その都度、お笑いに関しては止めないといけないな。
真梨子は目を潤ませながら、
「ダロさん、大好き……」
とこっちを見てくる。
……本当に弟子、ってことで、いいんだよな……。
その日は意味無い会話をするだけで終わってしまい、ラップの修行や筋トレは一切できなかった。
端的に言って邪魔なんだけども、一体何なんだマジで。
・【伝えるには言葉しかないだろ】
・
雨上がりの六月。
体育館裏は鬱蒼としていて、土の匂いが湿気じみていて、テンションが下がる。
ただ、知らないキノコが生えていそうな雰囲気は決して季節のせいだけではない。
「いちいちそんなところにソイツを呼び出して、暇な連中だな。同じ高校生として恥ずかしいわ」
俺は吐き捨てるように、そう言ってやった。
そう、コイツらは暇な連中だ。
わざわざ一人の女子を体育館裏に呼び出して、イジメをしているんだから。
「何だよ、オマエ、誰だよ」
イジメの主犯格らしきヤツが喋り出す。
自分の拳を握って温めている。
既に臨戦態勢へ入っているといった感じだ。
それに呼応するかのように、周りも腕を回したり、足を動かしたりと準備体操。
その場にいる六人全員に聞こえるように、俺はハッキリ言ってやった。
「俺は半田朗、イジメなんてクソつまんねぇことやっている連中をぶっ倒しにきた」
イジメっ子連中の中の一人がこう言った。
「コイツ……ダロだ! イジメを嗅ぎつけて、止めに入るヤツだよ!」
「止めに入るんじゃない、俺は止めてしまうんだ、完膚なきまでに叩き潰して、な」
俺の低音の声に、少し委縮したイジメっ子連中だったが、イジメの主犯格らしきヤツがデカい声を上げた。
「一対六だ! やっちまおうぜ!」
早速、一番近くにいたヤツが俺に殴りかかってきたので、俺はひらりとかわしつつ、こう言ってやった。
「遅ぇな、オマエのグーパン、まるで何もこもっていない空弾」
「何だようるせぇな! 何言ってやがる! というかすぐに喋れなくしてやる!」
顔めがけてとんできたパンチは、相手の腕の長さを完全に見切って、まるで相手が寸止めしたかのような位置で届かせない。
そしてもう一言、言ってやる。
「全然センス無いグーパン、面白くない集団、ささっとしてほしい中断」
ここでイジメの主犯格らしきヤツが言葉で割って入る。
「何言ってんだよ! オマエ! 気持ち悪いんだよ!」
「何って別にラップだけども。オマエたちの攻撃が暇すぎて、ラップしてんの。というか喋っているヤツに攻撃当てられないヤツのほうが気持ち悪くね?」
俺の挑発に乗った連中は、次々俺に殴りかかってくる。
それを全てかわす。
「またヒョロヒョロのパンチ、多分当たってもするすぐ完治」
たまにくるキックもかわす。
「オマエのキック、何かクサい、まるで湿布、対する俺は簡単にかわす、まるで疾駆」
棒を振り回してきたヤツもいたけども、そんな攻撃は当たらない。
「危険っぽく、振り回す棒、オマエはいつも、悔いが軽そう」
蹴りも全然つまらない。
「当たらないぜ、弱腰の蹴り、その程度じゃ所詮、お遊びのてい」
だんだん疲れてくるイジメっ子連中。
俺は息を一切切らさず、言ってやる。
「もう疲れたって、ハッキリ言って弱者、もっと言えばカスだ、ゴミあくた、ささっと濡らせ枕」
イジメっ子連中は動きも鈍くなっていく。
「喰らったのか、とろい呪い、世の中ピーチクパーチク騒ぐ小鳥多い、あっ、もう騒げないんだっけ? 何も語れないダッセェ」
ついには膝に手のひらを当ててて、立っていることがやっとのイジメっ子連中。
どうやら戦意喪失といったところだ。
しかし俺はこれで終わりじゃない。
最後の仕上げがある。
「おい雑魚ども、俺の話聞けや」
ドスの利いた俺の声に、震え上がるイジメっ子連中。
当たり前だ、自分たちは全く攻撃を当てられず、俺は言葉だけで返して息一つ上がっていなくて、あとは焼くなり煮るなり好きにされると思っているわけだから。
俺は続ける。
「よく心が通えば真の友達だみたいなクソつまらねぇことを言うヤツがいるが、俺はそう思わない。なんなら伝えるには言葉しかないと思っている」
俺の言うことを黙って聞いているイジメっ子連中。
いや正確には息が上がって、ひぃひぃ言いながら聞いているが。
「だから俺は、オマエらイジメっ子にラップを捧げる。聞いたら改心しやがれ、クソがっ」
そして俺はラップをし始めた。
今思っていることをそのまま語る。
コイツらは、話によると”汗かきでいつもビチョビチョで気持ち悪い”を理由に、この一人の女子をイジメているらしい。
だからラップの内容は『人の身体的特徴を笑うな』だ。
《ダロ》
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
悪口は削除、無くしたい鋭い角度 冷たいはアウト、だから振るタクト
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
希望の明日(あす)を、作りたい柔らかい丸を 暖かい春を、だから振るタクト
人はそれぞれ全然、個性が違う それで何かを馬鹿にする、は、余計な始発
自覚しろよ、ちゃんと、事実言葉は凶器 オマエらの言動、生きることから遠い
仕切る大人が用意、ばっかじゃ、無い成長 大成功よりも、まず小さな再生を
体型をどうだ? 特徴をどうだ? ああだ、こうだ、一体何の効果に?
しょっぱい言動は、すぐに止めてしまえ つまらない物語は、続き変え、成果へ
喧嘩でどうこうしたいわけじゃない 人の言葉は何物にも、代えがたい
だから一つ一つ大切にしてくれ まるで、家・舟、それは特注品だ
使い方によっては即急伸だ、要は進化 効果死んだじゃダメ、言葉はいつも問う羅針盤
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
悪口は削除、無くしたい鋭い角度 冷たいはアウト、だから振るタクト
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
希望の明日(あす)を、作りたい柔らかい丸を 暖かい春を、だから振るタクト
そもそも自分だって言われたら嫌だろ、短所 ハッキリ言ってオマエらどんな感情?
山椒のようにピリリと辛い(つらい) 落ち込んで、人との、仕切りも深い
塞ぎ込むだろ、暗い暗い負債飲むだろ 心に喰らう、たくさんの殴打を
大凧のように舞う日はきっと来る気しない そして完璧な人間に嫉妬するし、嫌い
曲がってしまうんだ、人格が 失っていくんだ、幸せの輪郭が
そうやって人を壊して、何が楽しい? アホらしい、そんなことより笑った過去が良い
意味を考えて生きていこう、が、成長だ つまらない抵抗は、正直低能だ
正常な人間ならば、もう分かっただろ? 抑えつける天井なんていらなかった青
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
悪口は削除、無くしたい鋭い角度 冷たいはアウト、だから振るタクト
言葉で導き、意識し、知識に 言葉の意味知り、生き生き、良い指揮
希望の明日(あす)を、作りたい柔らかい丸を 暖かい春を、だから振るタクト
知っている、人はそんな簡単に変わらない。
だけども知っている、人は常に変わる瞬間を欲している。
イジメっ子連中は俯いたまま、その場を無言で去っていった。
それでいいんだ。
その無言が成長だ。
……なんて言えるほど、俺は聖人君主じゃないんだけどもなぁ、まあいいや。
一人の泣いている女子を救えただけで満足だ、地面に尻をついて泣いている一人の女子を……って、もっと泣き始めた。
「うぇぇえええん……、……、……、……、うぇん!」
いや何だその溜めて溜めての、めちゃくちゃ強い”うぇん”は。
本当に泣いているのか、どうか、もはや分からないな……。
「うぇん! うぇん! 本当にうぇん!」
本当にうぇんて。
俺の表情を見て、疑われていることに気付いているんじゃないよ。
というか、
「俺、もう行くから。ほら、そんなとこでずっと泣いていないでさ。夕暮れが近付いてきたし、家に帰るといい」
その場を去ろうとした時、
「待ってぇぇえええええええええ!」
泣いている女子はデカい声で俺を制止した。
俺は立ち止まり、振り向くと、その女子はいつの間にか俺のすぐ後ろまで来ていた。
さっきまで泣いて座り込んでいたはずなのに、気配が一切無かった。
泣いている女子は涙を拭って喋り出した。
「ありがとうございました……」
何だそんなことか、と思いつつ、俺は、
「別に自分がやりたいようにやっているだけだ、気にする必要は無い」
そう言って、その場を去ろうとしているのだが、何だこの女子、俺の肩を掴む腕力が異常に強い。
というか正直いつの間にか肩を掴まれていた。
どんな攻撃だってかわせる、この俺が。
油断していた? いやそんなことは無いはず。俺はいつだって気を張っている。
「貴方、ダロさん……ですよね?」
さっきのイジメっ子の中にも、俺のあだ名を知っているヤツいたな、と思いつつ、頷くと、
「ダロさんって、いつもどこにいますか?」
……俺の居場所? 何でそんなことが気になるんだ?
まあいいや、ここは。
「俺は特定の場所になんかいないぜ、適当に気の向くまま動いている」
と”嘘”をついた。
理由は特に無いけども、しいて言えば、そこを狙い撃ちにされたくないから。
いやまあこの女子はイジメっ子連中じゃないから、復讐みたいなことはしてこないだろうけども。
とにかく知られることが嫌で嘘をついた。
すると、その女子は屈託の無い笑顔で、
「じゃあ今度探しますね! さようなら!」
と言ってその場を女子が先に去っていった。
今度探す……? いやまあ場所なんていくらでもあるし、見つからないだろ、と思っていた。
そう思っていた。
・
・
・
「あっ! ダロさん! ついに見つけました!」
汗をだらだら流しながら俺に近付いてきた、あの汗かきを理由にイジメられていた女子。
いやというか、見つけられた……いや二日だぞ……そんなことあるかぁい。
ここは高校から少し離れた河川敷、橋の下。
しっかり下に降りて覗き込まなければ、俺の姿は見えないはず。
いやまあ今まさにしっかり下に降りてきているけども。
「ダロさん! 言い忘れていましたが、私、真梨子といいます!」
急に自己紹介か、まあいいだろう。
自己紹介されたら自己紹介し返すことがマナーだ。
「俺は半田朗、苗字の後ろと名前の頭をとって、(はん)ダロ(う)だ」
「というわけで弟子にしてください!」
そうそう弟子にしてくださいと言われたら、弟子にしてくださいと返すことがマナーだから……って、えっ?
「いや、弟子って何だよ……」
俺は額からじんわり汗をかきながら、そう聞き返すと、真梨子は笑いながらこう言った。
「ヤだなぁっ! ダロさん! 弟子は弟子ですよ! 師匠と弟子ってヤツですよぉっ!」
いや何だよ急に弟子って。意味分かんないだろ。
でも真梨子は続ける。
「私! お笑いが好きなんです! それでダロさんのラップの前に前座で何かします!」
ラップの前に前座でお笑いということか? 一体何を言っているんだ、コイツは。
まあとにかく事実だけ言って、帰らせるか。
「俺はああやってイジメの現場へ行って、ラップをするんだ。ハッキリ言って危険だから一緒にはいられない」
「大丈夫です! 私は空手の黒帯なので強いんですよ! ダロさんみたいにかわせます!」
確かにあの気配の無い動き、拳法の達人のようだったけども、それなら、それならば、
「イジメっ子連中を倒せば良かっただろ」
「拳法家は素人に暴力を振るっちゃダメなんです! それに暴力で解決したらイジメっ子より酷くなっちゃいますよ!」
「確かにそうだけど……」
でもまあなんとなく、多少なりに合点はいった。
そもそも汗かきというモノは発汗が良い、つまり新陳代謝が良いというわけで、何らかの運動をしていると考えることが妥当だ。
そして動けるからこそ、こうやって目的の人も探せるというわけだ。
真梨子は満面の笑みで、
「私! いくらでも攻撃かわせます!」
と言ったと思ったら、急に肩を落として、
「……でも言葉には弱くて……寄ってたかって言葉で……」
そう言って口を真一文字にしてから俯いた真梨子。
まあ大体のことは分かったけども、一つだけ分からない点があるので聞いてみた。
「何で弟子なんだ? 別に友達とかでもいいじゃないか」
「だって! 私! ダロさんのこと大好きになったんですもん!」
大好き、で、弟子?
拳法やってる人ってみんなそうなの?
いやいや、弟子ってやっぱり意味分かんないし、断ろう。
「いや弟子はとらない。俺は一人で好きなようにやる」
「私は二人で好きなことしたいです! なんなら一緒に漫才したいくらいです!」
あっ、これ平行線でずっと続くヤツの予感。
いやいや、言葉なら俺のほうが得意だろう。
絶対打ち負かしてやる。
「というかやっぱり足手まといだな、一人のほうが小回りが利くし」
「いえいえ! 二人で楽しくやっていきましょう!」
「いや俺は一人のほうが楽しいから」
「私は二人のほうが楽しいですね!」
「というか鍛錬は一人で深く研ぎ澄ますものだ。人がいたら邪魔になる」
「いいえ! 私は二人のほうが楽しくできると思います!」
そう言って胸を叩いた真梨子。
あっ、ダメだ、もう心が折れそう。
全然話通じないヤツだ。
俺は多彩なパターンで理由を述べているのに、真梨子は”二人は楽しい”の一点突破だ。
いやじゃあ何かどこかで揚げ足とるしかないな。
やり方を変えよう。
「じゃあ真梨子、お笑いを見せてくれ」
そう、真理子のお笑いを見て、難癖つけよう。
どんなお笑いを見せてきても『俺の前座にふさわしくないし、つまらない』と言ってしまえばいいだけだ。
それこそ悪口みたいになってしまうが、まあここはしょうがない。
真梨子はグッと拳を握り、やる気満々のような表情を浮かべ、
「じゃあいきます! 一発ギャグします! ホップ! ステップ! ジャンクフードに付いてくる安いタレ!」
何その一発ギャグ。
いやホップ・ステップ・ジャンプをもじるのは分かりやすくていいけども、肝心のボケが弱すぎる。
良かった、これなら悪口にならない。ただの事実だ。
「全然面白くないだろ」
俺は冷静にそう言うと、
「ですよねっ」
と言って舌を出して笑った。
いやいや、
「ですよね、じゃダメだろ。何で一旦真梨子が滑ってからラップしないといけないんだよ、ハンディだろ」
「ここは要練習ということでよろしくお願いします!」
と言って瞬時に俺に近付き、無理やり俺の手を強く握ってきた真梨子。
いや握力強っ。
どうやら空手やっていることは本当っぽいけども、コイツのお笑いがこれって、マジかっ?
「まず俺を師匠にする前に、お笑いの師匠を探せ!」
なんとか真梨子の握力から逃げて、手を離した俺。
一体何なんだコイツ……とか思っていると、真梨子は、
「とにかく今度めっちゃ頑張るので、これからよろしくお願いします!」
「いや今度て! 今後であれ!」
「間違いました! ボンゴでした!」
「いや今後だろ!」
俺が流れで、ボケにツッコむようについ言ってしまうと、
「何か漫才みたいでいいですね! 漫才しましょうか! 漫才!」
と真梨子が言ってきたので、俺は慌てて、
「そういうことじゃない! とにかく弟子はとらないから!」
とハッキリ言うと、真梨子は頭上にハテナマークを浮かべながら、
「何でですか? 二人は楽しいのに……」
と不服そうに言ったので、俺は一回落ち着いてから、こう言った。
「俺のやっていることは危険なことだから、巻き込みたくないんだよ」
「だから大丈夫ですって、私、空手やってますから、いくらでもかわせます。なんならダロさんのことを守ることができます!」
「でももし何か危険なことがあってからじゃ遅いんだよ」
そう言うと、俺のシリアスとは反して、真梨子はやれやれといったような顔になってこう言った。
「絶対大丈夫ですからっ、信じてください……師匠!」
「いや師匠じゃないから。そもそも俺、真梨子に何も教えることできないだろ?」
「教えてくださったじゃないですかっ!」
そう言って俺の背中をバンバン叩いてきた真梨子。
いやもう何かウザいなぁ……まあ聞き返すか。
「……何を?」
「人を好きになるという気持ちを、です!」
そう頬を朱色に染めながら言った真梨子。
何か急に恥ずかしくなって、目を逸らす俺。
そんな俺の顔面をホーミングするかのようについてくる真梨子は、
「ダロさんの何かになりたいんです! ダメですかっ! ダメですかっ!」
と言ってきて、何かもう訳が分からなくなって、
「もういいよっ!」
と叫ぶと、真梨子が口に手を当てながら、
「嬉しい……”いい”んですね……」
と言ったので、あれ、俺、そういう意味で”いい”とは言っていないようなと思ったけども、その真梨子の嬉しそうな顔を見ると、もうこれ以上の言葉は言えなかった。
俺より動けるかもしれないから、まず最初に考えるべき不安は大丈夫だから、まあいいのかなぁ。
いやでも前座のお笑いは要らないなぁ、その都度、お笑いに関しては止めないといけないな。
真梨子は目を潤ませながら、
「ダロさん、大好き……」
とこっちを見てくる。
……本当に弟子、ってことで、いいんだよな……。
その日は意味無い会話をするだけで終わってしまい、ラップの修行や筋トレは一切できなかった。
端的に言って邪魔なんだけども、一体何なんだマジで。



