稲穂が帰宅すると、いつも通りソファーの足元に座った麺太が、スマホを睨み付けて唸っていた。
今日はどうしたんだと思いながら、買ってきた食材を作業台の上に置く。今日の購入品にはすぐに冷蔵庫に入れないといけないものはないから、そのまま麺太の元に向かった。
「ただいま」
「おかえり。……稲穂ちゃん」
「何だよ」
麺太の隣に腰を降ろすと、麺太はスマホをローテーブルに置いて、稲穂に抱き着いてくる。稲穂が抱き締め返すと、麺太は嬉しそうに声を上げた。
「ここが一番落ち着くね」
「……そうかよ」
腕の中に麺太を迎えると、何となく、しっくりくる。麺太の体温はちょうどいい。布団の中でこうすると、あっという間に眠りに就く。修学旅行などで一人で寝る機会があるとどうにも眠れず、稲穂からしても、この瞬間が一番落ち着くのだ。……夏はさすがに暑いけれど。
「稲穂ちゃんもそう思ってくれてる?」
ふいに麺太からそのように訊ねられ、心を読まれたかと顔に出さずに驚きながら、ごまかしの言葉を口にした。
「俺は、別に」
「そう? 僕とこうしてハグしてる時さ、稲穂ちゃんの声って優しくなるんだよ?」
「……」
「稲穂ちゃん?」
「……気のせいだろう。俺は別に、そんな」
「鼻は伸びてない?」
麺太が顔を上げ、優しい手付きで稲穂の鼻を触ってくる。体温の高い麺太は、指先にまでその温もりが宿っていた。
「低い鼻のままだろうが」
「僕と一緒。……嘘をつくとね、鼻が伸びちゃうんだよ」
「ピノキオだったか?」
「次のお題」
また、話の展開に困っているらしい。
「鼻を伸ばしたら、鼻を押し込む方法も考えないと」
「正直なことを言えばいいんじゃないか」
「そんな感じだったっけ? ……ちゅーで押し込むって、駄目かな?」
「……ちゅ、ちゅーって」
実践しようとしたのか、稲穂の肩に手を置いて、動き出そうとする麺太。彼の肩を押さえて、稲穂は抵抗する。
「伸びてねえから」
「押し込みたいだけ」
「伸びてねえのに」
「やりたいの」
「……やめろっての」
「もう!」
頬を膨らませ、離れていく麺太の身体。温もりは徐々になくなっていき、少しだけ、麺太を呼び戻したくなった。認めるだけになるからやらないが。
そんな気持ちをごまかすように、鼻にちゅ、ちゅーは恥ずかしいだろうと言って、稲穂は腰を上げる。今日は雲ひとつない快晴。通学前に干した洗濯物を取り込まないと。
「稲穂ちゃん、台所はそっちじゃないよ」
反対方向に足を向ける稲穂に疑問を抱いたのか、そのように麺太が声を掛けてくる。視線を向ければ、既に麺太の手にはスマホが握られていた。執筆に戻るのだろう。
「ベランダ、洗濯物」
「後で僕がやるよ」
「いや、ついでだから俺がやる」
風に当たりたい気分だった。涼しい風を浴びて冷静になりたかった。
「いつもは僕にやれーって言うのに。……稲穂ちゃん」
稲穂の名前を呼ぶその声には、隠しきれないからかいが混じっていた。
「鼻が伸びてきたら言ってね。いつでもちゅーするから」
「伸びねえっての」
「伸びなくてもするけどね、ちゅー」
後でね。朗らかに告げられる声に、なんだか腹が立ってきて、するかと強めに言って、今度こそベランダに向かった。
ちなみに、ちゅーは普通に、寝る前に麺太の方からしてきた。口に。
今日はどうしたんだと思いながら、買ってきた食材を作業台の上に置く。今日の購入品にはすぐに冷蔵庫に入れないといけないものはないから、そのまま麺太の元に向かった。
「ただいま」
「おかえり。……稲穂ちゃん」
「何だよ」
麺太の隣に腰を降ろすと、麺太はスマホをローテーブルに置いて、稲穂に抱き着いてくる。稲穂が抱き締め返すと、麺太は嬉しそうに声を上げた。
「ここが一番落ち着くね」
「……そうかよ」
腕の中に麺太を迎えると、何となく、しっくりくる。麺太の体温はちょうどいい。布団の中でこうすると、あっという間に眠りに就く。修学旅行などで一人で寝る機会があるとどうにも眠れず、稲穂からしても、この瞬間が一番落ち着くのだ。……夏はさすがに暑いけれど。
「稲穂ちゃんもそう思ってくれてる?」
ふいに麺太からそのように訊ねられ、心を読まれたかと顔に出さずに驚きながら、ごまかしの言葉を口にした。
「俺は、別に」
「そう? 僕とこうしてハグしてる時さ、稲穂ちゃんの声って優しくなるんだよ?」
「……」
「稲穂ちゃん?」
「……気のせいだろう。俺は別に、そんな」
「鼻は伸びてない?」
麺太が顔を上げ、優しい手付きで稲穂の鼻を触ってくる。体温の高い麺太は、指先にまでその温もりが宿っていた。
「低い鼻のままだろうが」
「僕と一緒。……嘘をつくとね、鼻が伸びちゃうんだよ」
「ピノキオだったか?」
「次のお題」
また、話の展開に困っているらしい。
「鼻を伸ばしたら、鼻を押し込む方法も考えないと」
「正直なことを言えばいいんじゃないか」
「そんな感じだったっけ? ……ちゅーで押し込むって、駄目かな?」
「……ちゅ、ちゅーって」
実践しようとしたのか、稲穂の肩に手を置いて、動き出そうとする麺太。彼の肩を押さえて、稲穂は抵抗する。
「伸びてねえから」
「押し込みたいだけ」
「伸びてねえのに」
「やりたいの」
「……やめろっての」
「もう!」
頬を膨らませ、離れていく麺太の身体。温もりは徐々になくなっていき、少しだけ、麺太を呼び戻したくなった。認めるだけになるからやらないが。
そんな気持ちをごまかすように、鼻にちゅ、ちゅーは恥ずかしいだろうと言って、稲穂は腰を上げる。今日は雲ひとつない快晴。通学前に干した洗濯物を取り込まないと。
「稲穂ちゃん、台所はそっちじゃないよ」
反対方向に足を向ける稲穂に疑問を抱いたのか、そのように麺太が声を掛けてくる。視線を向ければ、既に麺太の手にはスマホが握られていた。執筆に戻るのだろう。
「ベランダ、洗濯物」
「後で僕がやるよ」
「いや、ついでだから俺がやる」
風に当たりたい気分だった。涼しい風を浴びて冷静になりたかった。
「いつもは僕にやれーって言うのに。……稲穂ちゃん」
稲穂の名前を呼ぶその声には、隠しきれないからかいが混じっていた。
「鼻が伸びてきたら言ってね。いつでもちゅーするから」
「伸びねえっての」
「伸びなくてもするけどね、ちゅー」
後でね。朗らかに告げられる声に、なんだか腹が立ってきて、するかと強めに言って、今度こそベランダに向かった。
ちなみに、ちゅーは普通に、寝る前に麺太の方からしてきた。口に。



