稲穂と麺太の日常

 稲穂が帰宅すると、いつも通りソファーの足元に座った麺太が、スマホを睨み付けて唸っていた。

「最後にゲーセンに行ったのって、いつだっけ?」
 冷蔵庫に向かう道すがら、座ったままの麺太が稲穂に向けてそのように訊ねてくる。
「春休みに行ったはず」
「クレーンゲームやったよね」
 稲穂がわりとクレーンゲームが好きなので、ゲーセンに行くとそればっかりやっている。稲穂がやりたいものだったり、麺太が欲しいものだったり、現地を見て回って、機体に百円玉を投下していく。
 稲穂はお菓子系、麺太はぬいぐるみ系。勝率は悪い。
「エビフライのぬいぐるみ、欲しがってたのにな。わりいな」
「その日の夜は稲穂ちゃんが抱き枕になってくれたからいいんだよ」
「わりと毎晩じゃねえか?」
 ほとんど毎晩だ。学校行事がない時は、いつもそう。
 冷蔵庫に食材を仕舞っていき、扉を閉めると真っ直ぐに稲穂は麺太の元に向かった。夕食作りはもう少し後でいいだろう。
 麺太はスマホから顔を上げ、目の前のローテーブルに置く。それを視界の端に収めながら、稲穂は麺太の隣に腰を降ろし──気付けば、稲穂は麺太に押し倒されていた。
 強引な感じではなかった。そっと両肩を押され、そのまま稲穂が後ろに倒れると、稲穂の顔の横に手を着いて、麺太が覆い被さってくる。
「……んだよ、どうした?」
 稲穂が問い掛けると、麺太はにっこりと笑みを浮かべて、全体重を掛けて稲穂の身体にもたれ掛かってきた。普通に重いが、耐えられないほどではないので、稲穂はされるがままだ。
「お題」
 短い言葉だが、何を言いたいのかは流れ的にもう分かる。
「クレーンゲーム?」
 稲穂の言葉に、麺太はううんと言いながら、稲穂の胸元に頬擦りしてきた。
「シューティングゲーム」
「……子供の時はよくやってたよな」
 稲穂の父と三人で出掛けた時に、ゲーセンがあればよく寄っていた。その時の稲穂は今ほどクレーンゲームが好きだったわけではなく、車みたいな機体があれば乗り込んだし、銃の形をしたコントローラーを見掛ければお金を入れる前から握って、麺太と共にはしゃいでいた。稲穂の父はそんな二人を見て、元気だなと笑いながら、いつもお金を入れてくれていた。
 闇雲に撃ちまくって、いつの間にかゲームオーバー。さすがに無駄遣いはいけないからと、平らな所に何枚か百円玉を置いておいて、それがなくなったら終了。いつも二人はそれで満足して、追加料金は頼まずに、楽しい気持ちのままに帰宅していた思い出がある。
「ネタの為に、やりに行くか?」
 思い出を振り返っている内に、稲穂もやりたくなってきた。稲穂の言葉に、麺太の顔が輝く。
「行きたい。長いことやってないから、あの頃の感覚忘れちゃってるかも」
「それは大変だな」
 だから稲穂が帰ってきた時に唸っていたのかと納得しながら、稲穂は麺太の肩を軽く叩いた。
「それならさっそく行くか。ほら、起き上がれ」
「行きたい、けど、それは待って」
 麺太は顔を上げると、稲穂の顔へと近付けてきて、唇をそっと重ねてきた。
「おい」
「もう一回」
 そう言ってまた重ねてくる。一回では、終わらなかった。二回、三回、四回と続けてから、麺太はにへりと笑った。
「抱き枕の話したら、その」
「……中二の性欲、なあ……」
 ゲーセンへの立ち入りは、時間帯によっては年齢制限あるんだけどな、と思いながらも、稲穂も気分が乗ってきたので、麺太の要望を受け入れた。
 結局、ゲーセンには翌日、学校帰りに待ち合わせて行くことになった。放課後制服デートだねと麺太が喜ぶのを見て、ああそうだなと、にやけそうになるのを抑えながら、稲穂は返事をした。