稲穂が帰宅すると、いつも通りソファーの足元に座った麺太が、スマホを睨み付けて唸っていた。
ローテーブルの上には何冊も本が置かれ、どの本にも「マフィア」の文字が。
何故にマフィア?
稲穂は内心首を傾げながら、エコバッグの中身を冷蔵庫に仕舞っていく。今日は何を作ろうか、なんてぼんやり考えていると、背後から声を掛けられた。
「ほーるどあっぷ」
いつもより声を低くした麺太だ。
「何やってんだ?」
「ほーるどあっぷ」
「おい、麺太」
「ほーるどあっぷ」
これはおそらく、ほーるどあっぷしないと話が進みそうにない。冷蔵庫の扉を閉めて、言われた通りに稲穂は手を上げた。そうすると、小走りに麺太は稲穂の元に来て、銃の形にした手を、銃口を模した人差し指を、稲穂の頬に突きつけた。
「今日の夜ご飯は、イタリアっぽい感じのパスタを要求する」
「……」
なんか平和的な要求だ、と思いながら、稲穂は訊ねてみた。
「要求を飲まなければ?」
「ほっぺに穴を開けます」
平和的じゃないな。いや、殺すと言ってないだけ平和的なのか? 平和の基準よ。
「イタリアっぽいパスタっつったら……カルボナーラとか?」
「食べたい。あ、いや、それでいい」
「ピザとかもあんだろ、イタリア」
「……あー」
少し迷っている様子の麺太。じゃあピザ作ってと言われても稲穂には無理だけれども。スーパーにまた買いに行かないといけない。それならまだ、カルボナーラなら作れそうだ。幸いにもパスタの麺は日頃からストックしている。
台所事情を麺太が知っているとは思えないが、結局、カルボナーラお願いしま……頼む、と言ってきた。その口調は何なのか。
「それ、お前なりのマフィア?」
「マフィア」
「……攻めがマフィアの人間で、受けはレストランの従業員か何かか?」
「あ、惜しい。マフィアの人がたまたま立ち寄った宿屋で乱闘があって、受けの子はその宿屋の看板息子なんだよ。で、どさくさに紛れて受けの子が部屋に連れ込まれそうになるんだけど、そこを攻めが助けて、それがきっかけで二人は交流するようになるの。攻めは自分がマフィアであることは言えなくて、受けの子も攻めが何かを隠しているのは察していて、それで、どうしていきましょうね、みたいな感じでさ」
わりと面白そうだった。投稿されるのが楽しみだと言ったら、麺太は嬉しそうに笑って、突きつけた手を引っ込めるのと入れ替わりに、稲穂の頬にキスを落とした。隙あらばそういうことをしてくる。
「……お題がマフィアなのか?」
照れ隠しにぶっきらぼうに訊けば、すぐさま、違うよと否定された。
「お題はイタリア」
イタリアと言えばマフィアでしょう? と言われて、イタリアンマフィア、なんて言葉を稲穂は思い浮かべる。
「お昼休みにこのお題を確認して、絶対マフィアだって思って、放課後になってすぐに図書室に行ってマフィア関係の本をたくさん借りてきたの」
学校の図書室にそんなにたくさんマフィア関連の本が置いてあるのか、と思うが、取り敢えずそれは一旦おいといて。
「……そして、イタリアを感じる為に、パスタ」
「カルボナーラ」
「スマホでイタリアの映像や画像を見る、とかは駄目なのか?」
「……」
丸い目を瞬かせ、口を閉じた麺太。何か余計なことを言っただろうかと、稲穂は静かに焦ってきた。
「……カルボナーラ」
首を横に振りながら、ようやく麺太が口にしたのは、カルボナーラだった。
「カルボナーラ、カルボナーラだよ、稲穂ちゃん」
「……カルボナーラ」
「カルボナーラ。カルボナーラは正義」
「それは知らん。……取り敢えず、作るわ」
稲穂ちゃん大好き! の声に、そら嬉しいわと抑揚のない声で返事をして、稲穂は冷蔵庫から材料を取り出していく。──その心の中では、わりと素直に、大好きの言葉を嬉しがっていたりした。
ローテーブルの上には何冊も本が置かれ、どの本にも「マフィア」の文字が。
何故にマフィア?
稲穂は内心首を傾げながら、エコバッグの中身を冷蔵庫に仕舞っていく。今日は何を作ろうか、なんてぼんやり考えていると、背後から声を掛けられた。
「ほーるどあっぷ」
いつもより声を低くした麺太だ。
「何やってんだ?」
「ほーるどあっぷ」
「おい、麺太」
「ほーるどあっぷ」
これはおそらく、ほーるどあっぷしないと話が進みそうにない。冷蔵庫の扉を閉めて、言われた通りに稲穂は手を上げた。そうすると、小走りに麺太は稲穂の元に来て、銃の形にした手を、銃口を模した人差し指を、稲穂の頬に突きつけた。
「今日の夜ご飯は、イタリアっぽい感じのパスタを要求する」
「……」
なんか平和的な要求だ、と思いながら、稲穂は訊ねてみた。
「要求を飲まなければ?」
「ほっぺに穴を開けます」
平和的じゃないな。いや、殺すと言ってないだけ平和的なのか? 平和の基準よ。
「イタリアっぽいパスタっつったら……カルボナーラとか?」
「食べたい。あ、いや、それでいい」
「ピザとかもあんだろ、イタリア」
「……あー」
少し迷っている様子の麺太。じゃあピザ作ってと言われても稲穂には無理だけれども。スーパーにまた買いに行かないといけない。それならまだ、カルボナーラなら作れそうだ。幸いにもパスタの麺は日頃からストックしている。
台所事情を麺太が知っているとは思えないが、結局、カルボナーラお願いしま……頼む、と言ってきた。その口調は何なのか。
「それ、お前なりのマフィア?」
「マフィア」
「……攻めがマフィアの人間で、受けはレストランの従業員か何かか?」
「あ、惜しい。マフィアの人がたまたま立ち寄った宿屋で乱闘があって、受けの子はその宿屋の看板息子なんだよ。で、どさくさに紛れて受けの子が部屋に連れ込まれそうになるんだけど、そこを攻めが助けて、それがきっかけで二人は交流するようになるの。攻めは自分がマフィアであることは言えなくて、受けの子も攻めが何かを隠しているのは察していて、それで、どうしていきましょうね、みたいな感じでさ」
わりと面白そうだった。投稿されるのが楽しみだと言ったら、麺太は嬉しそうに笑って、突きつけた手を引っ込めるのと入れ替わりに、稲穂の頬にキスを落とした。隙あらばそういうことをしてくる。
「……お題がマフィアなのか?」
照れ隠しにぶっきらぼうに訊けば、すぐさま、違うよと否定された。
「お題はイタリア」
イタリアと言えばマフィアでしょう? と言われて、イタリアンマフィア、なんて言葉を稲穂は思い浮かべる。
「お昼休みにこのお題を確認して、絶対マフィアだって思って、放課後になってすぐに図書室に行ってマフィア関係の本をたくさん借りてきたの」
学校の図書室にそんなにたくさんマフィア関連の本が置いてあるのか、と思うが、取り敢えずそれは一旦おいといて。
「……そして、イタリアを感じる為に、パスタ」
「カルボナーラ」
「スマホでイタリアの映像や画像を見る、とかは駄目なのか?」
「……」
丸い目を瞬かせ、口を閉じた麺太。何か余計なことを言っただろうかと、稲穂は静かに焦ってきた。
「……カルボナーラ」
首を横に振りながら、ようやく麺太が口にしたのは、カルボナーラだった。
「カルボナーラ、カルボナーラだよ、稲穂ちゃん」
「……カルボナーラ」
「カルボナーラ。カルボナーラは正義」
「それは知らん。……取り敢えず、作るわ」
稲穂ちゃん大好き! の声に、そら嬉しいわと抑揚のない声で返事をして、稲穂は冷蔵庫から材料を取り出していく。──その心の中では、わりと素直に、大好きの言葉を嬉しがっていたりした。



