それから僕たちは、放課後の時間を共有するようになった。
前の、最終下校ぎりぎりの時間とは違って、人の多い時間帯。
人が多いのは苦手だと大海くんに伝えると、「練習」とだけ返されてしまった。
思っていたより、彼は強引らしい。
その時間はノートの絵の話をしたり、中学の頃の美術部の話をしたりしている。
教室ではたまに目が合うだけで、言葉は交わさない。
それに、いつも僕が先に逸らしてしまう。
それでも、放課後に大海くんと話す時間だけは、少しずつ、僕にとって肩の力を抜ける時間に変わっていった。
一緒に過ごすうちに分かった。
大海くんは、ときどき何かを言いかけては、結局その言葉を飲み込んでしまうことがある。
そのときは決まって、思い詰めたような顔をする。
気にならないはずがなかった。
けれど、何かあるなら話してほしいなんて、僕には言えなかった。
―*―*―*―*―
──「ねえ、ちょっと見過ぎじゃない?」
僕は今、大海くんをモデルに絵を描いている。
まぁ、いつも勝手にモデルにしてしまっているけど。
「大海くんが描いてって言ったんじゃん……」
──俺の前で描いてみて。モデルになるから。
そう言われたのは、今日の放課後だった。
今日もいつものように部活動見学に来ている、はずなんだけど、実際はほとんど話しているだけ。
「ねぇ、やっぱこれ恥ずいわ」
絵を描き進めていると、大海くんがそう言った。
(恥ずかしいって……そっちがモデルにしていいっていったのに——)
「……照れてる?」
「だから、恥ずいんだってば」
そこまでとは思わず……。
「じゃあ外の風景でも描きまーす」
僕はわざとらしくそう言って窓の方を向く。
あんなに楽しくなかった放課後が、嘘みたいだ。
僕が誰かと自然に会話している。それだけで、驚いてしまう。
──でも
鞄の隙間から、白紙の入部届が覗いている。
入部届の締め切りは来週の月曜日。
だから、この関係も今日で終わりなのかもしれない。
結局、大海くんが何部に入るのは分からないままだった。
僕のおかげ……で、美術部に興味が出てきたと言っていたけれど、それがどういう意味だったのかは、いまだに分からない。
「ねー。どしたの羽田くん、固まって」
いきなり声をかけられて肩が跳ねる。
「わ、ごめん、驚かせちゃった?」
「いや、全然平気」
大海くんが僕の手元を覗き込む。
「風景画だ」
「うん。だって恥ずかしいって言うから」
「ごめんって……」
そう言って、少し照れたように笑った。
──この放課後が、続けばいいのに
(大海くんは、今日で最後ってこと、意識してるのかな……)
その時だった。
「……やっぱり変わってない」
大海くんが、ぼそりと呟いた。
気づけば、いつのまにか僕のノートが彼の手に渡っていた。
さっきまで僕が描いていた風景画をじっと見つめている。
(え……)
「変わってないって、何が……?」
「え!?いや、えっと……」
一瞬だけ、大海くんが言葉に詰まった。
珍しく、視線が泳いでいる。
「前にさ、似た感じの絵、見たことある気がしただけ」
「……そう、なんだ」
「うん。ノート、勝手に見てごめんね。」
そう言って大海くんは、ノートを僕に返してきた。
「うん。全然大丈夫……」
嘘だと分かっていた。
けれど、問い詰めることはできなかった。
気まずさから逃げたくて、時計を横目で見る。
もうそろそろ帰る時間になっていた。
「大海くん。もう見学時間終わるから、帰ろう」
そっけなく聞こえたかもしれない。
でも今は、どうしても目が合わせられなかった。
初めて楽しいと思えた放課後。
それを僕に作ってくれた彼に何かを誤魔化された気がして、胸の奥がざわついた。
―*―*―*―*―
それから、特に会話もないまま部室を出た。
廊下には、まだ部活動見学の生徒が残っていて、行き交う声がやけに大きく感じる。
大海くんはいつもと違って、僕の少し前を歩いている。
(やっぱり今日で最後、なのかな)
心の奥で、大海くんとの放課後の時間が続いて欲しいと、強く願っている自分がいた。
もう目の前に、いつもの分かれ道が見える。
「大海、くん」
「ん?なに?」
「えっと……」
(聞いて、いいのかな。)
いつも表情が曇る、部活の話。
いつもなら、ここで引き下がっていた。
それでも今は、聞かずにはいられなかった。
「あの!」
前を歩いていた大海くんが足を止め、振り返る。
「大海くんは、部活、決めた?」
大海くんは少し考えるように目を逸らしてから、僕の目を見た。
「うん。決めたよ」
(決め、たんだ……)
「どこにしたの?」
声が震える。
絞り出すような、小さな声しか出せない。
違う部活だったら。そう考えてしまうと感情が溢れ出てきそうだった。
「羽田くんと一緒」
そう大海くんが答えたのを聞いた瞬間、張りつめていた緊張が一気に解けた。
「よかった……」
声が震えた。
気づいたときには、視界が滲んでいた。
どうして泣いているのか、自分でも分からない。
ただ、胸の奥に溜まっていたものが、一気に溢れ出した気がした。
「え!?ちょ羽田くん!?」
「ごめん、安心して……」
少し前にいた大海くんが、僕の隣に来る。
「そんな嬉しかったんだ?」
意地悪そうな顔で、そう聞いてくる。
「……うん」
そう答えて大海くんを見ると、少しだけ耳が赤くなっていた。
ほっとした直後、遅れて恥ずかしさが押し寄せてきて、顔が熱くなる。
「ごっ、ごめん引き留めて、じゃあ僕あっちだから」
そう言って帰ろうとすると、大海くんが僕の腕を掴んだ。
「え!?な……」
ーーまた、いつもの顔だ。
何かを言おうとして飲み込む時の顔。
今日も、同じだ。
そう思った、その瞬間だった。
大海くんが、僕の腕を引いた。
距離が一気に縮まって、気づいたときには、目と鼻の先にいる。
(え、え!?)
息がかかるほどの距離に、頭が真っ白になる。
大海くんは、一瞬だけ迷うように視線を伏せてから、僕の耳元へ顔を寄せる。
そして、小さく呟いた。
「ーーーー。」
その言葉を、聞かなかったことになど、できるはずがなかった。
前の、最終下校ぎりぎりの時間とは違って、人の多い時間帯。
人が多いのは苦手だと大海くんに伝えると、「練習」とだけ返されてしまった。
思っていたより、彼は強引らしい。
その時間はノートの絵の話をしたり、中学の頃の美術部の話をしたりしている。
教室ではたまに目が合うだけで、言葉は交わさない。
それに、いつも僕が先に逸らしてしまう。
それでも、放課後に大海くんと話す時間だけは、少しずつ、僕にとって肩の力を抜ける時間に変わっていった。
一緒に過ごすうちに分かった。
大海くんは、ときどき何かを言いかけては、結局その言葉を飲み込んでしまうことがある。
そのときは決まって、思い詰めたような顔をする。
気にならないはずがなかった。
けれど、何かあるなら話してほしいなんて、僕には言えなかった。
―*―*―*―*―
──「ねえ、ちょっと見過ぎじゃない?」
僕は今、大海くんをモデルに絵を描いている。
まぁ、いつも勝手にモデルにしてしまっているけど。
「大海くんが描いてって言ったんじゃん……」
──俺の前で描いてみて。モデルになるから。
そう言われたのは、今日の放課後だった。
今日もいつものように部活動見学に来ている、はずなんだけど、実際はほとんど話しているだけ。
「ねぇ、やっぱこれ恥ずいわ」
絵を描き進めていると、大海くんがそう言った。
(恥ずかしいって……そっちがモデルにしていいっていったのに——)
「……照れてる?」
「だから、恥ずいんだってば」
そこまでとは思わず……。
「じゃあ外の風景でも描きまーす」
僕はわざとらしくそう言って窓の方を向く。
あんなに楽しくなかった放課後が、嘘みたいだ。
僕が誰かと自然に会話している。それだけで、驚いてしまう。
──でも
鞄の隙間から、白紙の入部届が覗いている。
入部届の締め切りは来週の月曜日。
だから、この関係も今日で終わりなのかもしれない。
結局、大海くんが何部に入るのは分からないままだった。
僕のおかげ……で、美術部に興味が出てきたと言っていたけれど、それがどういう意味だったのかは、いまだに分からない。
「ねー。どしたの羽田くん、固まって」
いきなり声をかけられて肩が跳ねる。
「わ、ごめん、驚かせちゃった?」
「いや、全然平気」
大海くんが僕の手元を覗き込む。
「風景画だ」
「うん。だって恥ずかしいって言うから」
「ごめんって……」
そう言って、少し照れたように笑った。
──この放課後が、続けばいいのに
(大海くんは、今日で最後ってこと、意識してるのかな……)
その時だった。
「……やっぱり変わってない」
大海くんが、ぼそりと呟いた。
気づけば、いつのまにか僕のノートが彼の手に渡っていた。
さっきまで僕が描いていた風景画をじっと見つめている。
(え……)
「変わってないって、何が……?」
「え!?いや、えっと……」
一瞬だけ、大海くんが言葉に詰まった。
珍しく、視線が泳いでいる。
「前にさ、似た感じの絵、見たことある気がしただけ」
「……そう、なんだ」
「うん。ノート、勝手に見てごめんね。」
そう言って大海くんは、ノートを僕に返してきた。
「うん。全然大丈夫……」
嘘だと分かっていた。
けれど、問い詰めることはできなかった。
気まずさから逃げたくて、時計を横目で見る。
もうそろそろ帰る時間になっていた。
「大海くん。もう見学時間終わるから、帰ろう」
そっけなく聞こえたかもしれない。
でも今は、どうしても目が合わせられなかった。
初めて楽しいと思えた放課後。
それを僕に作ってくれた彼に何かを誤魔化された気がして、胸の奥がざわついた。
―*―*―*―*―
それから、特に会話もないまま部室を出た。
廊下には、まだ部活動見学の生徒が残っていて、行き交う声がやけに大きく感じる。
大海くんはいつもと違って、僕の少し前を歩いている。
(やっぱり今日で最後、なのかな)
心の奥で、大海くんとの放課後の時間が続いて欲しいと、強く願っている自分がいた。
もう目の前に、いつもの分かれ道が見える。
「大海、くん」
「ん?なに?」
「えっと……」
(聞いて、いいのかな。)
いつも表情が曇る、部活の話。
いつもなら、ここで引き下がっていた。
それでも今は、聞かずにはいられなかった。
「あの!」
前を歩いていた大海くんが足を止め、振り返る。
「大海くんは、部活、決めた?」
大海くんは少し考えるように目を逸らしてから、僕の目を見た。
「うん。決めたよ」
(決め、たんだ……)
「どこにしたの?」
声が震える。
絞り出すような、小さな声しか出せない。
違う部活だったら。そう考えてしまうと感情が溢れ出てきそうだった。
「羽田くんと一緒」
そう大海くんが答えたのを聞いた瞬間、張りつめていた緊張が一気に解けた。
「よかった……」
声が震えた。
気づいたときには、視界が滲んでいた。
どうして泣いているのか、自分でも分からない。
ただ、胸の奥に溜まっていたものが、一気に溢れ出した気がした。
「え!?ちょ羽田くん!?」
「ごめん、安心して……」
少し前にいた大海くんが、僕の隣に来る。
「そんな嬉しかったんだ?」
意地悪そうな顔で、そう聞いてくる。
「……うん」
そう答えて大海くんを見ると、少しだけ耳が赤くなっていた。
ほっとした直後、遅れて恥ずかしさが押し寄せてきて、顔が熱くなる。
「ごっ、ごめん引き留めて、じゃあ僕あっちだから」
そう言って帰ろうとすると、大海くんが僕の腕を掴んだ。
「え!?な……」
ーーまた、いつもの顔だ。
何かを言おうとして飲み込む時の顔。
今日も、同じだ。
そう思った、その瞬間だった。
大海くんが、僕の腕を引いた。
距離が一気に縮まって、気づいたときには、目と鼻の先にいる。
(え、え!?)
息がかかるほどの距離に、頭が真っ白になる。
大海くんは、一瞬だけ迷うように視線を伏せてから、僕の耳元へ顔を寄せる。
そして、小さく呟いた。
「ーーーー。」
その言葉を、聞かなかったことになど、できるはずがなかった。
