君を描くたび恋を知る (仮)

 あの後教室に戻ってきた大海くんは、いつもより少し暗い顔をしていた。


授業中も今朝の表情が頭から離れず、いつの間にかその横顔ばかりを追ってしまう。


チャイムが鳴る。気づけばもう昼休みだ。

(……結局、集中できなかったな)

いつものように弁当を広げる。
箸を取ったはずなのに、手が止まった。

自然と、彼のことを探してしまう。

教室の中に、彼の姿はもうなかった。

僕が気にする必要なんてない。いつものようにどこかで友達と弁当を食べているだけだ。


それでも、朝に見たあの表情が頭から離れない。

──少し、外に出よう。

そう決めて、弁当を急いで片づけ、教室を出る。
ここにいるとずっと同じことを考えてしまいそうだった。

何の目的もないが、廊下をぶらぶら歩いてみる。

さっきからどうしても浮かんできてしまう彼の顔は、頭の奥に無理矢理押しやった。

(そういえば、まだ美術部の部室、見てなかったな)

確か一つ上の階だったはずだ。

そう思い、向きを変えて足を進める。

部室への階段に差し掛かると、踊り場から階段にかけてたくさんの絵が展示されていた。

 「すごい……」

慌てて口をつぐむ。思わず声が漏れてしまうほど目を奪われる絵ばかりだった。

(もともと美術部が有名な学校だとは聞いてたけど…)

しばらく足を止めて一つ一つの絵をじっくり見ていたその時、美術室の方からかすかに話し声が聞こえてきた。

 「──そう。分かったわ……無理強いしてごめんなさい。」

 「俺の方こそ、期待に応えることができず……すみません。──失礼します。」

(この声、水沢先生……?それに、今のは……)

そう思った直後、大海くんが美術室から出ていくのが見えた。

反射的に物陰にしゃがみ込む。

盗み聞きをするつもりなんてなかったのに、胸の奥がズキリと痛む。

足音が遠ざかっていく。
幸い、彼は僕のいる方向には来ず、そのまま反対方向に歩いて行った。

 「あら?羽田くん?」

声をかけられて、びくりと肩が跳ねる。

 「どうしたの?こんなところで」

水沢先生だった。
体調を気遣うような視線に、慌てて首を振る。

 「いえ、大丈夫です。ただ……」

少し迷ってから、さっき気になったことを口にする。

 「ここ、美術部の部室ですよね。どうして先生が?」

 「ああ、そうそう。私、美術部の顧問なの」

にこりと笑って、先生は続けた。

 「羽田くん、美術部希望だったわよね?これからよろしくね」

 「あ……はい。よろしくお願いします」

まさか水沢先生が顧問だったなんて。
じゃあ、さっきの会話は──

考え込んでいると、先生が小さくため息をついた。

 「あの子にもね、美術部に入ってほしくて勧誘してたの。でも……」

ちょっと私がしつこかったわね。そう言って先生が困ったように笑う。

あの子というのは多分、大海くんのことだろう。

チャイムが昼休みの終わりを告げた。

 「じゃあ、またね。ここが部室だから、いつでもおいで」

そう言って先生はこの場を去って行く。

呼び止めてさっきの事を聞くこともできた。脳裏に彼の暗い表情が浮かぶ。

彼について気にならなかったわけではない。
むしろ気になることが増えてしまった。

それでも、この先を先生の口から聞いてしまうのはなんとなく、違う気がした。

―*―*―*―*―

放課後、一年生全員が体育館に集められ、入部届が配られた。締切は再来週の月曜日。それまでは自由に部活動見学が可能らしい。

(部活……か、)

昼の出来事が頭に浮かぶ。
先生と彼の会話の意味、暗い顔の理由……。

また無意識に探してしまった彼は、受け取った入部届を手にしたまま、どこか遠い目をしていた。