君を描くたび恋を知る (仮)

 高校生活二日目の朝。まだ人の少ない時間に教室に入りたくて、予定より早く家を出た。誰も来ていないことを祈りながら教室を開ける。

 「よかった、まだ誰も来てない」

安堵の息を漏らしながら僕の特等席に着く。
出席順に並んだとき、大抵一番後ろに来ることのできるこの名前には感謝しかない。

後は目立たないように時間が過ぎるのを待てば良いだけだ。

僕はいつも通りノートを開き、鉛筆を手に取った。

ガラガラガラ

いきなりドアが開いた。反射的にノートを閉じて、視線を落とす。

 「おはようございます。って、あれ?誰もいな……」

俯いているから状況は掴めないけど、多分僕の存在に気がついたのだろう。

(大丈夫。僕に話しかけてくるわけない)

そう、思っていたのに。

どんどん近づいてくる足音に心臓が痛いほど騒ぎ出す。少し顔を上げてみると、そこには大海くんの姿があった。

 「おはよう!えっと……」

何を言われるのかと身構えたけど、多分、僕の名前も覚えていないのだろう。挨拶だけで終わってくれればいい。

 「羽田くん、だよね?美術部だっけ」

 「なんで、名前知ってる……んですか?」

話すつもりなんてなかったのに思わず質問してしまう。
名前を覚えられていたなんて、思ってもいなかった。

 「なんでって……自己紹介、してたでしょ。てか、なんで敬語?同級生なのに」

そう言って大海くんは眩しくて、思わず目を逸らしたくなるような笑顔で笑った。

これまでにないほど心臓がうるさい。不安と、緊張と………。

 「あのさ、」

次こそ何か言われるのではないか、そう思って顔を上げると、つい目が合ってしまった。

 「よかった、やっと目が合った。」

大海くんは言葉を続ける。

 「昨日、なんか視線感じた気がして。俺、何かした……?」

焦ったように、すぐに言い足す。 

 「ごめん、俺が自意識過剰だっただけかも!!」

(視線……?)

しばらく考えてハッとする。もしかしたらあの癖のせいかもしれない。本当のことを言って早く誤解をとかなければ。

 「えっと、その」

(話したこともない人に勝手に自分の絵を描かれていたなんて、相当気分が悪いことなんじゃ……?)

僕の言葉を待ってくれているのになかなか言葉が出ず、沈黙が気まずい。

無意識に、さっき閉じたノートに視線が落ちた。
同時に彼の視線もノートに移る。

 「そのノート、もしかして昨日も何か描いてたやつ?」

(見られてたんだ……)

存在を認識されていたことに驚きつつ、こくりと頷く。うるさい心臓をなだめるため、そっと深呼吸をした。

 「えっと、」

 「ん?」

目が合って、反射的に逸らしてしまう。

 「絵を、描いてました。昨日感じた視線も多分そのせいです。その、ごめんなさい……。」

 「絵?ってことは俺の?」

またこくりと頷く。

 「そっか!よかった。俺何かして嫌われてるのかと思った!」

(良かった……許してくれるみたい)

緊張の糸が解け周りを見てみると、教室にはもうクラスの大半が来ていた。

 「じゃあ、俺行くわ!勘違いしてごめんな」

そう言って大海くんは後ろを向く。

 「あ!!」

いきなり、去っていったはずの声が聞こえ、びくりと肩が跳ねる。

 「また良かったら、どんな絵描いてたのか教えてよ!あと、敬語禁止ね!」

そう言って、振り返りざまに笑顔を残し、クラスの輪に戻っていった。

(また?またがあるの……?)

不思議と、周りに言いふらされるかもという不安は湧かず、代わりにあの笑顔が脳裏に焼きついて離れない。

気づけばノートを開き、あの笑顔を描こうとしている自分がいる。

ノートに描かれた輪郭の線は、かすかに震えていた。