グラウンドに整列し、礼。
先攻は、元野球部チームから。
「剣ちゃん、頼むで。例の球、投げてくれや」
「でも、あの球は連投するのは厳しいから。
一回に一球、多くても二球が限度かな」
「そうか……それなら仕方ないな。
一発目からアレ受けて見たかったんやけど。
とりあえず、ここはバシっと抑えてさっさと終わらそか!」
剣と真希がマウンド上で会話する。
真希がキャッチャーボックスへ入り、プレイボール。
独特なモーションから入る、剣流のアンダースロー。
放たれる球速は百四十を超える速球。
打者はかすりもせずに空振り。
真希は続いて、内角低めの球を要求する。
剣も頷く。
振りかぶり、第二球。
白球は見事に真希のミットへと吸い込まれていく。
――だが、次の瞬間だった。
真希の頭蓋を強烈な衝撃が襲う。
激痛、視界の暗転。
それでも白球をこぼすまいと、真希は必死に白球を抱え込んだ。
前のめりに倒れこみながらも、ボールは落とさない。
原因はバット。
打者のスイングが不自然な軌道を泳ぎ、真希の頭部をインパクトした。
防具を付けている為、致死の外傷こそ無かったものの、それでも負傷、退場までありうる。
「真希さん!」
信じられない事態に、剣が叫び、駆け寄る。
ラブ将軍、ナイル、日佳留は、唖然としたまま動けなかった。
剣は真希の状態を確認する。
呼吸があり、うめき声を上げている。
一応無事だったとはいえ、苦しそうだ。
何故こんな酷いことを。
理由を求めるように、打者を睨む。
「被害者ぶるなよ」
打者は言う。
「お前らは人間じゃない。人間の敵だ。
生まれつきの才能があるんだか知らないけど、それで私らの三年間を無駄にしていいわけがあるか。
当然の報いだろ。
その罪を、この手で償わせてやる! 覚悟しとけ!」
「そんな、だからってバットで殴っていいわけないじゃないですか!」
剣の反論が出た瞬間。
元野球部員側ベンチから罵声が無数に飛び交う。
てめえらが人間なわけねえだろ。
殺されないだけありがたく思え。
黙れ化物。
理不尽な非難を轟々と浴びて、剣は怒りに打ち震える。
「……気にすんなや、剣ちゃん。大丈夫や」
不意に、真希が声を上げる。
ゆっくりと、苦しそうに起き上がりながら。
剣の目を見て笑いかけた。
「でも、バットで殴られたんですよ! 試合どころじゃないです!」
「ええから」
真希は剣を手で制止し、打者と正面から対峙する。
両者睨み合う。
先に口を開いたのは真希から。
「覚悟すんのはお前らやで」
言ってから、胸ぐらを掴む。
打者を威圧しながら真希は続ける。
「何が三年間や。ふざけたことぬかすなよ。
こちとら一球一打に人生懸けとんねん。
三年だか何だか知らんが、ちまい数字出してイキんなよボケナス!」
怒鳴りつけながら、真希は打者を突き離す。
強く力を込めたわけでもなく、軽く押し返す程度のこと。
だが、打者はたじろいでいる。
真希の鬼気迫る勢いに押されていた。
「お前らがそういう野球やるっちゅうんやったらかまんわ。
好きなだけやりゃあええ。
ウチを殺すつもりで来いや!
正面正直に、野球で叩き返したるわ!」
最後に言って、真希は剣へ向き直る。
「すまんな剣ちゃん。ほら、ボール」
剣へ直接、白球が手渡される。
剣は心配で顔を悲しく顰め、真希を見返し、提言。
「真希さん、危険です。この試合はもうやめましょう」
だが、真希は首を横に振る。
「ホンマにすまんな。
でも、ウチはやめへんで」
「どうしてですか!
バットで殴られるだけじゃない、他にどんなやり方で傷つけられるか分からないんですよ!
危険すぎます!」
「そんなん分かっとるわ。
でもな、もう背中向けられへんねん。
あいつらしょうもない奴らやけど、しょうもないなりに全部掛けて突っ込んできとるんや。
叩き潰してやらにゃ酷な話やで。
それが勝負の世界っちゅうもんやろ。
剣ちゃん、あんたも超野球少女なら分かるやろ。
どんだけ昔の話かしらんが、あんたも野球で真剣勝負をしとったはずや。
勝負ってそういうもんやろ。
あいつらがあそこまでして、外道に落ちてまで勝とうとする理由が分かるんちゃうか?」
「それは……」
剣は自分の心に聞く。
確かにそうだ。
剣は超野球少女。
野球経験もある。
勝利にこだわる人間の気持ちも十分すぎるほど理解できる。
無論、外道に落ちることを剣は良しとしない。
だが、落ちることで勝利しようという、意地のようなものは誰にも共通なものだろうと考えていた。
時に勝ちを得るため、人は邪道正道を選ばない。
一歩選び違えただけで、誰もが邪道を走ることになるのだ。
「でも、だからって許せない!
あんな野球、私は認めない!」
「そうや。だから叩き潰したろうや。ウチらの力でな」
言うと不意に、真希は剣を抱きしめる。
そして、剣の背中を擦る。
「あんたの背負う、水の字に誓え。
ウチも右肩の風の字に誓う。
野球に生きるんや。
野球に生きて野球で死ぬ。
それだけのことに魂懸けようや」
剣は、心臓が脈打つのを感じた。
野球に生きる。
魅力的な言葉であった。
だが、剣にも野球をやるわけにはいかない理由がある。
本心は、野球をやりたい。
しかし無理だ。
剣は自分が野球をやるわけにはいかない、と考えていた。
だがそれも、真希の言葉を聞いて変わる。
自分は野球から逃げられない。
現に邪道を見過ごすことが出来ず、ダイヤモンドの上に立っている。
「……分かった。投げるよ。
私、野球をやる」
認める。
剣は白球を強く握る。
言葉を聞いて安心したのか、真希は剣から離れ、キャッチャーボックスへと戻っていく。
