ツルギの剣




「――なんやアイツ、ウチの剣にいきなりキスしおって!」


 考えがまとまりもしないうちから、また剣を驚かす出来事。

 物陰に、真希が隠れていた。

 そして声を上げながら飛び出してきた。


「全く、勘弁してほしいわ。

 剣はウチの女やっちゅうこと分かってへんのやろなあ」


 呆然と、真希の言うことを聞く剣。

 うん、そうだね。
 と答える。


「でも真希、その『ウチの女』って言い方、誤解されちゃうよ」


「ん? 何が誤解なんや。

 剣はウチのもんや。
 愛し合っとるやないか」


「だから、それって正捕手と投手の関係の例えでしょ?」


「何言っとんねん。

 ウチは最初っからホンマの意味で言うとるで?」


 真希は言って、意味深な笑みを浮かべて剣の後ろに回る。

 そのまま剣を抱きしめて、制服の上から乳房に手を這わせる。


「ま、真希っ?」


「剣にその気がなかろうがおんなじや。

 お前はもうウチのもんやからな。
 ヨソの女に寄越したるつもりは無いで」


 言って、真希は左手をゆっくりを動かし、剣の首を、顎を撫でる。

 そのまま指が唇に掛かり、剣が喋ろうとするのを咎める。


「まあ、唇だけの浮気はまだ許したるわ。

 その代わり、こっちはウチだけのもんやからな?」


 真希の右手が下がっていく。

 するする、と制服を擦りながら、スカート越しに臀部を柔らかく撫でる。


 堪能したかと思うと、今度は剣の内腿に手を入れる。

 秘部に届きそうな領域を弄られて、剣は不思議な感覚だった。

 恥ずかしくて身が沸騰しそうになる。
 膝が砕けそうだった。

 しかし真希の指がむず痒く、心地良いので、払い除ける気にはならなかった。


 少しずつ、真希の手がせり上がる。

 スカートもたくし上げ、誰にも素直に見せはしない場所に迫る。


 剣はこそばゆい気持ちが膨れ上がり、自分の感覚を理性で支配できなかった。

 恐怖と、それ以上の期待感が溢れる。

 そして真希の指が腿の付け根に届くか、というところで――手が離れる。

 熱が一気に引いてしまい、名残惜しさを感じる剣。


「期待したんやないか、剣」


 真希が耳元で囁く。

 そして一瞬だけ、軽く耳たぶを食む。

 痺れが背筋を一気に突き抜け、期待に胸が踊る剣。

 確かにそうだ。
 真希の言うとおり、剣はどうにかされてしまうことを期待していた。


「せやけど、ご褒美はまたそのうちや。

 今日はもうおしまい、な?」


 言って、真希は剣から離れる。

 体温を名残惜しく思う剣。

 また抱きしめて、好きにして欲しい。
 そんなことを思った。


「続きがしたいんやったら、今度は自分から誘ってくれや」


 まるで見透かしたような言葉。

 それを言い残し、真希も立ち去る。

 ――が、途中で足を止め、剣の方を振り返って言う。


「そうや、剣。

 盾の奴がまたそのうちお前と戦うっちゅうとったやろ。

 そん時は、ウチはまたお前の球を取ったる。

 いつまでもそうや。

 お前が投げる限り、ウチは必ず球を取る。

 せやから、お前は安心して戦えよ」


 今度こそ、最後の言葉だった。

 真希は振り返らずに歩き去る。

 グラウンドには、剣ただ一人だけが取り残される。



 空を見上げる。

 二ヶ月前の戦いを思い返す。


 元野球部による暴力、そして盾との決闘を乗り越え、己の野球を取り戻した。

 死者の祈り、弓が剣に願ったものを知った。


 剣は考える。
 右腕の内から溢れる力の理由を。

 戦いの中で宿った数々の祈りのこと。

 人と超野球少女。
 相容れぬ二つの存在が共に夢見る未来。

 白き戦いの先に、全ての人の心に届く喜びのことを。


 人々が何を見たのか、剣は思いを馳せる。

 未だ自分では理解できない、託された望みを考える。

 答えは出ない。


 しかし。
 自らに託された人々の祈りを、やがて剣は真に理解するだろう。


 明日よ来い。

 剣は月に向けて想う。

 この腕の中に秘められた無数の祈りを抱いて。


 必ず戦いの明日は来る。

 だから今は、戦いの傷を癒やすのだ。


 例え一時の、仮初の安息であろうとも。

 全てはいずれ来る戦い、人々の祈り、そして――自らの心に流れる、勝利の安らぎの為に。