コンビニで何組かに別れ、各自解散。
「ごめん、みんな。
私、忘れ物しちゃった」
不意に剣は言うと、駆け足で学校へと戻っていく。
「なあに、付き合うよ剣!」
「ううん、大したことないから大丈夫!」
日佳留の呼びかけを断り、そのまま剣は離れていった。
「……なんだろ、忘れ物って」
疑問に思うも、日佳留は結局追いかけない。
他に剣の様子を気にする者も居ない。
と、思いきや。
「わたくしも、忘れ物をしましたわ」
言って、盾が剣の後を追う。
歩いて学校に引き返す。
それっきり、全員がそれぞれ帰路につく。
結局剣の後を追ったのは盾だけだった。
剣は野球部のグラウンドに来ていた。
こっそりと野球ボールを持ち出し、ネットの方に向かって軽く投げる。
しゅうっ、と回転するボールが擦れる音。
「……うん、やっぱり投げなきゃ収まりつかないなぁ」
言って、ボールを拾いに行く剣。
今日の練習では結局、投球練習が出来なかった。
しばらくは様子を見るため、簡単な基礎体力トレーニングのみが続くらしい。
ラブ将軍はそう言っていた。
身体を労ってのこと故、剣も直接逆らったりはしない。
だが、いくらなんでも全く投げないでいては調子が狂う。
「キャッチボールなら、付き合いますわよ」
剣がちょうどボールを拾ったところに声。
振り返ると、そこには盾の姿。
グラブを二つ持っていて、一つは右手用。
もう一つが左手用だった。
「じゃあ、お願いしよっかな」
左手用のグラブを、盾は剣に投げて寄越す。
軽い調子でボールを投げ交わす二人。
定期的に、しゅっという風切音と、ぱあんと響く捕球音。
静かな夜のグラウンドに、一際心地よく響く。
通じ合う二人は、月明かりだけでも十分にボールが見えた。
どこに投げてくるかが分かる。
不安げ無くキャッチボールが続く。
「――今日、楽しかったね」
剣は、不意に口を開く。
「なんだか、夢みたいだった。
仲間がグラウンドに沢山いて、ずっと話が絶えないで。
今まで、こんなこと無かったよ。
野球をやっていても、私にはこんな居場所は無かった。
沢山の仲間が迎えてくれる場所は、初めてだと思う」
「そうですわね。
わたくしも、深水女子に来てそう思いましたわ。
普通、超野球少女は少数派。
他人の悪い視線の中で生きねばならない。
チームメイトでさえ、正直に受け入れてくれることは無い。
仲間と呼べるのは、同じチームの、同じ超野球少女だけだった。
ですが――このグラウンドには、沢山の超野球少女が居る。
裏方の部員さんも、超野球少女にとても肯定的です。
こんなに居心地の良い場所は他に無いと思いますわ」
盾は、微笑みながら言った。
剣も今日の野球部での出来事を思い返し、笑みを零す。
思えば全員が変な人ばかり。
賑やかで、話題の絶えない放課後だった。
「ですが、いずれこの時間も終わります」
不意に、真剣な声で呟く盾。
ぱん、とボールをキャッチして、そのまま投げ返さずに語る。
「わたくしたちは、いずれまた戦いの中に身を置く。
八人という単位で勝利を目指す。
その最中、誰も今日のような腑抜けた幸せを感じることは許されないのです」
「……そうだね。
私達は、超野球少女だから」
「ええ。
戦いは永遠に続きますわ。
一時、休息の日々を過ごすことがあっても、それはことの本質ではない。
結局は勝負し、勝利することでしか真の幸福を得られない。
わたくしたちはそういう生き物なのです。
人であることを生まれながらに捨てた、おぞましく勝利を喰らう化け物。
人の形をした異物。
どれだけの幸せな時間で誤魔化そうとも、その本質だけは変えることが出来ない」
そこまで語ると、盾はようやく剣にボールを投げて返す。
そして言い放つ。
「剣。
貴女は投げなさい。
その覚悟が無くとも。
貴女の肩に掛かるのは無数の未来。
敗北した者への責任です。
正義正道の野球以外で倒れることは、断じて許されません」
剣は盾の言葉を噛み締める。
今や剣の腕には盾の思い、盾の野球道も眠っている。
勝利することで剣が奪ってしまったもの。
それを、盾は改めて託そうというのだ。
鼓舞激励の言葉でもって、明確に。
「……盾は、これからどうするの?
盾の野球道はどうなるの?」
剣は問う。
これに、堂々たる態度で答える盾。
「無論、続きます。
いいえ、続けてみせますわ。
敗北者は再び立ち上がるのみ。
いずれ再び戦うことにもなるでしょう。
その時に勝利することで、敗北者は奪われたものを取り返すことが出来る。
否定された己の道。
信念。
閉じた未来を再び抉じ開けましょうとも」
言い終わると、盾は剣に迫り寄る。
そして――不意を突くようにキスをした。
深いキス。
舌をねじ込み、剣の口を一瞬で味わい尽くしてやろう、と。
十秒足らずの出来事だった。
あまりのことに反応できないでいる剣。
唇を離し、盾は剣に背を向け、立ち去る。
「これが、お姉様のよく知った味ですのね。
それでは、御機嫌よう」
優雅に歩いていく盾。
わけが分からず、剣は唖然としながら盾を見送った。
