ツルギの剣




「そんなら……ずっと痛かったっちゅうことは。

 ずっと剣は、その腕が駄目になるのを感じながら投げとったってわけかい」


「うん。
 だから、ごめんね。

 私、嘘を吐いてたから。

 いつかは駄目になると思ってたけど……思ったより早かった。

 せめて、盾との勝負は最後までやりたかった」


 剣の言葉は悲痛に響く。

 勝負相手の盾でさえ、悲しみに涙を浮かべた。


 真希もまた、泣いていた。

 終わってしまった戦いのことを。

 そして、己の愚かさを。

 剣の隠した体調不良に、最後まで気付けない間抜けな自分を憎んだ。


 誰も、声を上げなかった。

 剣の様子がおかしいことに気づいた観客も次第に静まりかえる。

 不自然な静寂が球場全体を包む。



「――投げろォッ! 深水剣ッ!」



 不意に、グラウンドに叫び声が響き渡る。

 誰だ、と多くの人が声の主を探す。

 真希は、自分の後ろを振り返った。そこに声の主が居た。


 深水女子野球部、元部長。

 その人が、バックネットの向こう側に立っていた。


 おかしい。
 真希は疑問に思う。

 元部長、及び暴行を行なった部員は事件の実行犯として捕まっているはずだ。

 そう、ちょうど今日。

 女子少年院へ入るはずだった。


 まさか、逃げ出して来たのか。

 問う間も無く、元部長の叫びが続く。


「お前はなぁ、私らの青春全部を奪ったんだろうがッ!

 ふざけるなよ。
 こんなくだらない幕切れなんか許せるか!

 お前には責任があるだろうが。

 あの日奪った、沢山の青春の積み重ねが。
 それに今までも、これからも。

 奪ってきたんだろうが!

 こんなところで倒れて許されると思うな。
 死んでも投げろ!

 腕がちぎれたって投げ続けろォ!

 でなきゃ、お前に負けた奴らが惨めだろうが!」


 そこまで言ったところに、数人の大人が乱入する。

 元部長を力づくで連れ去ろうとする。


 こんなところに居たのか。

 逃げ出してこんなことをして、ただで済むと思うなよ。

 大人たちの怒鳴り声。

 院へ運ばれる最中にでも逃げ出してきたのだろう。


 元部長は抵抗した。

 引き剥がされないよう、必死にバックネットを掴む。

 そしてまだ、剣に向けて怒声を浴びせる。


「お前ら超野球少女なんか、人間じゃねえんだよ!

 人間の常識で諦めんな!

 腕が千切れそうに痛いだ!?

 構うなよ、腱が切れたって言うなら気合で繋げろ!
 無理にでも投げろ!

 それで勝てよ!

 勝たなきゃお前らなんか、ゴミだろうが!

 人の生き方を平気で踏みにじる悪魔になって終わりだろうが!

 勝てェッ!
 深水剣ィッ!」


 言い終わったのだろう。

 元部長は、ネットから手を離す。

 数人の大人に引き摺られ、姿を消した。


 球場には、異様な雰囲気だけが取り残された。

 攻撃的で、お世辞にも激励とは言い難い暴言の数々。


 だが――剣は。

 自分の足元に転がるボールを拾って、言った。


「そうだね。
 私は、まだ投げなきゃいけない」


 その言葉に、真希は思わず首を横に振りながら反論した。

「なんでや!

 もうええ、これ以上投げるなんて不可能や!

 それでも投げたりしたら、どんな怪我になるかも分からんで!?」


「でも、あの人が言ったとおりだよ。

 これぐらいで倒れちゃ駄目だ。

 今倒れたら、私の野球に懸かっている全てのものが、ただ負けただけで終わっちゃうよ」


「あんな奴の言うこと聞かんでええッ!

 もうええんや、怪我は治せ。

 野球止めろなんて、もう盾かて言わへんやろ!
 なあ!?」


「そうですわ!

 剣、もうわたくしは……恨んでなどいません。

 もう野球をやるな、なんて言いませんわ!

 ですから、どうか今はもう投げないでちょうだいッ!」


 しかし、剣は首を横に振る。


「駄目だよ。

 もう、私は投げ始めてしまったから。

 さあ二人とも準備して。
 次で最後かもしれないんだから」


 言って。
 剣は痛みに震える腕を動かして構え、投球に備えた。


「……そう。
 確かに、そうですわね」


 盾は言って、バットを構える。

「剣、貴女の野球はそうでしたわね。

 全てを背負い込んで、それでも狂ったように勝利を求める。

 だからこその、白い美しさがある。

 今戦いをやめてしまえば、僅かでも汚く濁る。

 純白の勝利を追い続けるには、こうするしかないのでしょうね」


 言って、赤い闘気を高める。

 既に枯渇しそうな力を、身体中の生命力さえ振り絞って集める。


 真希も諦めた。

 盾の姿勢と、そして言葉に感化された。

 そうだ。
 盾の言うとおり。

 剣の野球はそういうものなのだ。