ツルギの剣




「それにもう一つ。

 あいつらもや」


 言って、真希は観客席の一部を指差す。

 そこには深水女子の制服を来た一団が居座っていた。


 観客席は超野球少女が見られるということで、それなりの人で埋まっている。

 その中で、この一団は一際大人数で目立つ集団だった。

 多くの観客が試合再開を見守っているが、彼女達は立ち上がり、今か今かと待ち侘びているように見えた。


「先週見たツラが並んどる。

 あいつら、深水女子の元野球部やで。

 あんだけウチの剣を憎んだ奴らが、今はどうや。
 立ち上がって戦うことを祈っとる。

 そんだけの力が剣の野球にゃあある。

 三十分も経ったのに、あいつらずっと立ちっぱなしや。


 そんぐらい、あいつの白い想いは心を動かす。

 これを見りゃあ分かるやろ。

 ウチらは案外、分の悪い賭けに乗っとるわけやない。

 幸先ええ船に乗って、少しずつ、行き先かて見え始めとるんや」


 言われてから、盾は気付いた。

 思えば、剣が倒れてからの三十分。
 観客のほとんどが帰ろうとしていない。

 目を奪われているのだ。

 程度こそ違えど、ほとんどの人が一塁側ベンチの様子を気にしながら、それでも期待して待っていた。


 これが剣の野球が示す可能性。

 例え犠牲を生むかもしれないとしても。

 確かに、突き詰めた先には何か大きなものがあるかもしれない。


「……そうですわね。

 わたくしでさえ、あの剣が立ち上がることを期待して待っている。

 こんなに人々の心を惹き付ける力は、どんな正義にだってありえない。

 この勝負に、もしも負けるようなことがあれば――わたくしも信じてみようかしら」


 盾は言って、しかしすぐに訂正する。


「無論、負けなどありえませんけれど。

 わたくしが必ず勝ちますわよ?」


「せやな。

 そうでなけりゃあ、勝負が味気のうなってまうわ」



 そうして、二人が会話を終えた時だった。


 不意に大気が震える。

 一塁側ベンチから――青い光が漂う。


「……ようやくか、剣。

 ウチは信じとったで。お前はウチの本当の心を知っとる。

 そんなら必ず立ち上がってくれるって分かっとったで!」


 真希は喜びの余り、笑顔を浮かべる。

 そして、ガッツポーズを取った。


 ふらり、一塁側ベンチに立ち上がる影。

 深水剣であった。

 そのままゆらゆらとベンチを離れ、マウンドまで歩いてくる。


 項垂れていた顔も、すぐに真っ直ぐ持ち上げる。

 凛と強く、覚悟の青い炎を宿す姿に、多くの人が喜んだ。

 深水女子の選手だけではない。

 観客席に座る人々も、多くが立ち上がり、様々な歓声を上げた。


(こんな――ここまで、人の心を動かすのですね)


 盾はその光景を信じられない、という表情で見渡した。

 だが、すぐに受け入れる。

 そして不敵に笑い、剣を迎え撃つ心構えを取り戻す。


 一方で、三塁側ベンチ。

 ステラとアバドンも、観客の様子には驚いた。


「――すごいね、これ」

 ステラは呟く。


「こんな形で人の心を動かすなんて。

 ミーだって、今までに一度もなかった。

 ずっと道化に生きてきたミーでも、ここまでの思いを背負ったことは無かったよ」


「全くである。

 一つ一つが、確かに今日この場で動かされた心なのだ。

 それを考えると……末恐ろしい奴であるな、フカミツルギは」


 アバドンも、ステラに同意した。

 そして見守る。

 自分達の信じた野球道の主、火群盾が剣に勝利する時を待ち望む。


 剣の足が、ようやくマウンドの土を踏む。

 そして真希の方を向き直る。


 二人は互いを見つめ合った。

 あるいは、睨み合っているのかもしれない。

 第三者に、二人の視線の意味を正確に理解することは難しかった。