ツルギの剣




 攻守交代。

 聖凰は本来なら五番打者から開始だが、三人しか居ない為に一番に戻る。


 三人全員が出塁したら、その時点で打者不足による攻守交代、というルールで続けることとなった。

 敬遠を続ければ深水女子の勝利が確定するのだが、無論、誰もそんなことを望みはしない。


 正面から勝負しなければならない。

 深水女子はそれをよく理解している。

 一週間前の戦いで自ら味わったのだから。


 聖凰の一番打者、ステラが打席に立つ。

 既に白い闘気を身に纏い、右の瞳に星の字が浮かぶ。


(必ずヒットを放つ。

 ミーの魂を救ってくれた、ジュンの為に!)


 ステラはかつて、自分が盾の仲間になった時のことを思い返す。

 ヨーロッパで唯一の超野球少女であったステラは孤独であった。


 同じ力を持つ仲間も無く、それでも自分の野球能力に期待する人々の声に答え、野球を続けていた。

 誰一人として己の本質を見てくれない。

 それでも、望まれるのであれば。

 誰かの心に感動を呼ぶことが出来るなら。


 お調子者でお馬鹿なのに、野球は上手い。

 そんな偶像の存在を演じて生きる、と覚悟した人生であった。


 物心ついた頃には、既に己の願いに生きることすら許されない人生を歩んでいた。

 本当は花を愛で、夜空に輝く星に胸をときめかせる。

 そんな穏やかな人生を歩みたいとさえ願っていた。


 しかし、例え結果次第では容易に失望されるものであっても、自分の野球に胸を熱くする人の心は本物だと知っていた。

 だから裏切れなかった。

 願いの叶わぬ悲しみを知っているから。
 人々の期待に答えようと思っていた。


 そんな時、盾が表れたのだった。

 火群盾は、自分の目指す野球の為、運命を共にする超野球少女を探していた。

 そしてステラを見つけ、日本に連れてきた。


 盾の語った野球道は、ステラの野球道に似通っていた。

 ずっと一人きりだと思っていたステラは、心に涙が流れた。

 一人きりではない。
 同じ戦いの中に生きる人が居る。

 それだけで、ステラの心を蝕む孤独感は吹き飛ぶようだった。


 盾が今の野球を目指していたからこそ。
 ステラを勧誘してくれたからこそ、ステラの心は救われたのだ。

 そして今――心から、野球を楽しむことができている。


「さあ、好きな魔球で来ていいよ~。

 ミーは必ず出塁するからね」


 お調子者らしい言い方で宣言するステラ。


 その発言が嘘偽りでないことを、深水女子の全員が理解していた。

 守備の時に見せたあの足の速さ。
 日佳留の縮地にも並ぶだろう。

 本来なら凡打であっても、ステラなら悠々内野安打にしてしまう。


 だが――それでも。

 ボールを触られるだけでもヒットになると分かっていても。

 剣はクリオジェニックショットを放つ覚悟が出来なかった。


 剣の投球。
 魔球、ピュアディープ。

 芯をずらす横の変化をつけながら、膝元ギリギリに投げ込む。


「無駄だよッ!」


 ステラは言って、スイングを魔球に合わせてくる。

 流し方向への平凡なゴロだ。

 セカンドに立つ日佳留が縮地で前進。


 剣よりも更に手前で捕球するが、既にステラは一塁に迫っていた。

 急いで一塁を踏みに戻る日佳留。

 だが、縮地でももう間に合わない。

 ステラは一塁を駆け抜けた。
 セーフ、内野安打。


 続いて、二番のアバドン。

 打席に立ち、黒紫の波動を開放。

 そして、バットに纏わせる。


「さあ、吾輩の衰滅波動の真髄、見せてやろう」


 剣はアバドンのことを警戒しながらも、魔球を投げた。

 限界突破のディープショット。


 アバドンはこれをスイングで捉えられず。

 タイミングも合わず、かなり早いタイミングでの空振り。

 衰滅波動の雲が軌道に生まれ、その中を魔球が貫いた。


「なんや、口だけかいな」

 真希がアバドンを煽る。

 だが、アバドンはこれを鼻で笑った。


「今のはわざと空振りしたのだ」

「はぁ? なんでや」

「無論、一つは時間稼ぎである」


「――そうそう。

 ミーがホームに帰ってくるまでのね~♪」


 不意に、真希の耳に聞こえてはならないはずの声が届く。

 驚いた頃には、もう遅い。


 すっと、まるで最初からそこに居たみたいに。

 ステラの姿がそこにあった。