アバドンがキャッチャーとして守備に着く。
ステラが二塁後方に立つ。
そして――盾からは、今までとは比にならないほどの赤く、強烈な闘気が溢れていた。
「見ていなさい、剣。
これがわたくしの覚悟。
覚悟した者だけで貫く絶対勝利の野球。
焔の道を突き進む姿ですわッ!」
言って、盾は足を上げた。
腿を引き上げ、これでもかと前へ弾ける身体。
弓なりに沿った胸。
ダブルスピンから生まれる力は腕へ、そしてボールへと伝わる。
白球に闘気が乗り――そして、焔が立ち上がる。
灼熱の闘気が、ついに燃えた。
盾の腕も髪も、ユニフォームもちりちりと焦がす。
焔を纏った剛球は、常軌を逸する速度。
百八十キロにも到達するだろう。
打者を打ち取る鮮烈な意思を持って飛翔。
軌跡には火の粉が飛び散った。
剣はこの魔球を知っていた。
かつて、中学の頃に見たことのある魔球。
あの頃とは比較にもならないほどの高い威力と完成度だが、同じ魔球なのは間違いない。
これは、魔球『煉獄』。
恐らく盾が持ちうる、最強の魔球。
剣も全力の闘気をバットに乗せ、スイングする。
ジャストミート。
だが――煉獄の炎は消えない。
剣の闘気を吹き飛ばし、それどころか――スイングをはじき返した。
打球にすらならず、キャッチャーミットに吸い込まれていく。
「グゥッ!」
アバドンの苦痛に呻く声。
右腕にキャッチャーミット。
そして、衰滅波動を全力でミットに溜め込み、白球を受け止めていた。
それでも球威を殺しきれない。
魔球の威力に押され、引き摺られて。
アバドンの立ち位置は一メートル近く後退していた。
「――ストライク、ですわね」
盾は結果を見届け、静かに宣言する。
そしてようやく、炎が弾けて消える。
ぼっ、と音を立て、盾の腕を包む炎は消えた。
見ると、左腕の部分のユニフォームは焼け落ち、腕が完全に露出している。
炎の熱で、腕も赤く照っている。
誰の目にも、その魔球の恐ろしさが分かった。
これが――盾の、全力の力。
技の魔球が炎城だとすれば、この魔球は力の魔球。
生命さえ燃やして生み出す情念の魔球だ。
「もう、貴女たち深水女子はヒット一本打つことすらままならない。
わたくしの魔球『煉獄』の前に、そしてステラがわたくしの後ろを守る限り。
一塁を踏むことは絶対に不可能ですわ」
言って、盾は己の後ろを腕で示す。
ステラもまた、闘気を立ち上げていた。
純白の波動。
そして、その右目に浮かぶ『星』の文字。
能力を開放している証拠だった。
未だに正体の分からない能力。
それが深水女子にとって不気味であった。
剣の全力スイングさえ弾き返す魔球、煉獄。
そして未知の能力でもって待ち構えるステラ。
状況は、人数差、得点差を考えても苦しいと言えた。
剣は、やっぱり、と考えた。
(やっぱり――私も投げなきゃいけないのかな。
クリオジェニックショットを)
覚悟が決まらない。
無事に真希は白球を受け止められるのだろうか。
あの日の感触が蘇る。
弓の、恋人の心臓に突き刺さる白球の感触。
骨を砕き、内蔵を衝撃で引き裂く感触。
己の闘気を通じてはっきりと記憶していた。
まるで人形が崩れるみたいに倒れる姿。
あれを、また見ることになるかもしれない。
だが――そうでもしなければ、勝てないのだ。
相手は三人。
盾の打席はより多く回る。
クリオジェニックショット以外で斬燿を打ち破る可能性は存在しない。
「剣ッ! 行きますわよ!」
考え事をする剣の耳を突く怒声。
盾の投球が始まる。
再び煉獄。
ここで煉獄を破らねば、悪魔の選択をしなければならなくなる。
剣は追い込まれていた。
故に、ここで絶対に打たなければ、と覚悟した。
闘気を開放する。
出しうる限界の闘気を超えてバットに宿す。
圧力に、剣の腕に擦過傷。
生命を捨ててでも打つという覚悟が宿った証。
煉獄が正面に迫る。
剣は逃げず、正面から煉獄を押し返す。
青と赤の闘気がぶつかり、弾ける。
炎が舞う。
数秒、力は拮抗したまま動かない。
剣はそれを見て――更に、自分の限界を超えた力を注ぎ込む。
腕の擦過傷から血が噴き出る。
それでも、なんとしても押し返さなければ。
「――翔べエェッ!」
剣は、ついに煉獄を押し返す。
打球は高めに浮き上がる。
ライト方向、守備さえ居ればライト前ヒットか正面へのフライ、と言った当たり。
だが、今は守備にステラしか居ない。
抜ければ確実に二塁打。
三塁打や、走塁本塁打でさえ視野に入る。
「させないよッ!」
だが――剣の希望は砕け散る。
ステラの白い闘気が濃く、強く立ち上がる。
次の瞬間――ステラは人間の動きとは思えないほどの速さで走る。
そしてギリギリ打球に追いつき、捕球。
打球はノーバウンド。
つまり、フライアウト。
剣は愕然としながら、塁間を走る足を止める。
既に一塁を蹴っていたが、その走りも無意味に終わった。
これでスリーアウト。
攻守交代。
「わたくしの勝ちですわね」
盾は、立ち尽くす剣に言い放つ。
そして背を向け、三塁側ベンチへと戻っていく。
剣は悔しさを噛み締め、一塁側ベンチへと戻った。
