少女は、名前を深水剣と言う。
深水が姓で剣が名。
高知県室戸岬沖に建設された海上研究都市『深水島』に住まう高校一年生。
深水財閥と同じ姓を持ちこそすれども、剣の家系に権力は無い。
姓を捨てるほど遠くもないが、一族の末端である。
と、剣は父から聞かされている。
父は名を藤四郎という。
深水財閥近縁企業の研究者であり、男手一つで剣を育ててきた。
「どうしたんだ、剣。元気ないぞ」
藤四郎の言葉に、首を横へ振る剣。
「ううん、眠いだけだよ」
否。
剣は、確かに気落ちしていた。
昨日の放課後、野球部グラウンドでのこと。
意地を張って野球をしてしまったことはまだ構わない。
だが、大切な友人である日佳留に隠し事がばれてしまった。
中学一年の冬に深水島へ移り住んでからの親友。
気まずくなるのは避けたいが、今更自分からどうにか出来ることも無い。
今日会って、日佳留がどんな反応をするか。
考えるだけで朝食もぎとりと重くなる。
ちなみに焼き魚だ。
「何か困ったことがあったら、何でも俺に言うんだぞ。いいな、剣?」
「うん。分かってるよお父さん」
「おはよ!」
日佳留は至って普通だった。
いつもの調子での挨拶。
剣は安心して、片手を上げておはよう、と返す。
「ねえ剣」
「なあに?」
「昨日はごめんね」
心配など、必要なかった。
剣は途端に自分が馬鹿だと思った。
そして、日佳留のことを大切にしようとも。
「ううん。私も、ごめんね」
互いに謝りあう二人。
日佳留は、無理に剣を野球の方へ引っ張って行ったこと。
剣は隠し事のこと。
これでチャラ。二人は並んで歩く。学校に向かう。
教室に着くと、見慣れた人物。
「やあ、剣サン。おはよう!」
そこに居るのは、日本人離れした顔立ちの少女。
「おはようございます、ナイルさん」
剣は呆れたような口調で言う。
この少女、名を船原ナイルと言う。
日本人とメキシコ人のハーフで、高校二年生。
剣のことが好きで、毎朝口説きに来る。
日佳留はこれを快く思っておらず、いつも二人は対立する。
「今日も剣サンは可愛いね。
君は百合のように気高い花だ。
何度僕が声をかけたってそっぽを向いたまま。
気があるふりすらそぶりに見せてくれない」
「はぁ。
まあ、だって気がないですから」
「そんな君の心を僕の色で染めてあげたいな。
どうやれば、君は僕の言葉に頷いてくれる?」
ナイルの様子をみかねて、日佳留がついに声を上げる。
「もう、ナイル先輩!
何度来たって無駄ですよ。 剣は渡しませんからね!」
「まあまあ、そう言わないで。
君がなんと言っても、全てを決めるのは剣サンだからね。
僕と一緒になりたい時は、どんな妨害だって無駄に終わるよ。君も同じさ」
「あーもうっ!
アタシの剣がナイル先輩なんか選ぶわけないもの!
ほら、剣は後ろに隠れて!」
「うん」
言われたとおり、日佳留の後ろに控える剣。
「くたばれ!」
日佳留はナイルに向けて蹴りを入れる。
陸上部で鍛え上げた足からの一撃。
平凡な女子ならば耐えられないだろうが、相手のナイルも運動部。
体操部でレギュラーを務める実力者。
避けもせず、受け止めて日佳留にウインクを返す。
「僕はくたばらないさ。
剣サンの愛を手に入れるまではそうそう死ねないからね」
言って、ナイルは日佳留の足を引っ張り、投げ飛ばす。
日佳留も陸上では一年生でレギュラーを張る天才。
空中で体勢を立て直し、綺麗に着地。
一連の動きを見ていたクラスの野次馬から拍手喝采。
「――なんや、楽しそうやな!」
不意に、聞きなれない方言が教室に飛び込んでくる。
声の方へ、全員が視線を向けた。
そこには見慣れぬ生徒。
いや――剣と日佳留は知っていた。
昨日の放課後、野球部で見た超野球少女だ。
「あぁ~! アンタ、昨日の超野球少女!」
「おっ、なんや分からんけど知っとってもらえたみたいやな」
日佳留の反応に驚く真希。
昨日剣と一緒に居た少女が日佳留だと気づいていないのだろう。
「で、何しとるんや?」
「剣サンを二人で奪い合っているんだ」
ナイルが言って、日佳留を指す。
真希が剣に確認の視線を送ると。
剣も頷いて、ナイルの言うことが真実であると伝える。
「なんや、ホンマにおもろいことやっとるやないか」
言って、真希は剣に近寄り、肩に手を置く。
ぽん、と優しく触るように。
「せっかくや。その勝負、ウチも混ぜてもらおうか!」
