翌日。
病院に剣の姿は無かった。
父、藤四郎が見舞いの為、病院に訪れた時にはすでに居なかった。
おそらく夜のうちに抜けだしたのだろう、ということになり、剣の捜索が始まった。
だが、病院は無論、自宅や学校の近辺にも居なかった。
ここにきてようやく、どうやら見舞いに来た真希が怪しい、となった。
真希の住まう深水女子の学生寮には、剣は無論、真希の姿まで無かった。
二人が一緒に姿を消した、ということになる。
その後、決闘前日まで。
深水島のどこを捜索しても二人は見つからなかった。
島の外へ渡航した記録も無い。
完全に姿を消したのだ。
当日になっても二人は現れなかった。
試合開始の午後一時。
空高く太陽が昇り、グラウンドに照り付ける。
場所は深水島市民運動公園。
観客席まで用意されている市民球場。
一塁側には深水女子野球部。
三塁側には聖凰高校野球部二軍。
両チームとも、既に試合を行う為の準備は整っていた。
あとは、剣と真希が来るのを待つのみ。
「……遅いな」
三塁側ベンチ。
聖凰側でアバドンが口を開く。
「まさかあのフカミツルギと言う奴、逃げたのではあるまいな」
「そんなはずありませんわ」
アバドンの言葉を否定したのは盾。
「剣は卑怯者ではありませんもの。
逃げるはずありません」
盾の言葉に、アバドンと、そしてステラが首を傾げる。
「ねぇジュン~、どうしてツルギに肩入れするの?
ジュンのお姉さんを殺した奴なんでしょ?」
「ええ、あいつは人殺しです」
無論、といった様子で頷く盾。
さらに続ける。
「ですが、同時に剣はわたくしの幼なじみでもあります。
勝負から逃げるような卑怯者でもないということは、わたくしが誰よりもよく知っていますわ」
盾の語りを受けて、アバドンとステラは理解した。
きっと盾には、他の誰も及ばないような深い考えの中に生きているのだろう。
剣との関係も、ただ姉を殺した絶対悪に終始するものではない。
複雑な感情があるのだ。
二人は何も言わないことにした。
確実なのは、自分達は盾の味方であること。
盾の目指す野球に共感し、仕える覚悟でもってここに立っていること。
余計なことは考えない、言わない。
一方で、一塁側ベンチ。
日佳留、ナイル、そしてラブ将軍の三人が、真希と剣の到着を待っていた。
「……来るのかな、剣」
日佳留は不安げな声で言う。
「来るさ、きっと。
剣サンは逃げないよ。
この間の、あの姿を見たんだ。
僕にだって分かる」
ナイルは真剣な面持ちで言う。
日佳留がこれを不思議に思い、訊く。
「ねえ、ナイル先輩は大丈夫なんですか?
その……剣が、人殺しだって聞いて」
言われて、ナイルは困ったような表情を浮かべた。
そして肩を竦めて答える。
「僕が剣サンを美しいと思う気持ちは変わらないけどね。
だとしても、本当に剣サンが人殺しなら。
僕は剣サンを責めるつもりでいるよ。
日佳留サンはどうだい?」
「私は……」
日佳留は言葉に詰まる。
何か言いづらそうにしながら、どうにか言葉を続ける。
「……やっぱり、無理だと思う。
本当に剣が人を殺したんだったら。
許せないし、怖い。
気持ち悪い。
でもアタシは剣のことが好きだから、どうしていいかわからないよ。
本当に剣が人殺しなら、アタシは頑張って受け入れて上げた方がいいの?
アタシだけでも許してあげたほうがいいの?」
「そんなものに答えは無い」
不意に、ラブ将軍が発言する。
「剣君が誰をどうやって殺していようとも。
答えは無いのだ。
生命は重すぎる。
一生かけても償えるか分からん。
どのやり方が一番良くて、どこが駄目なのか。
誰にも判断することは出来ない。
剣君も、君も。
あるべき結果の為に必要と思う行動を選び続けるしかないのだよ。
君自身の心以外、何であろうと君の決断に是非を下すことは出来ない」
「アタシ自身の、心」
日佳留は考える。
自分の心は、何を望んでいるのだろう。
剣を拒絶してしまいたいのだろうか。
受け入れてあげたいのだろうか。
判断は、出来ない。
どちらもあるように思えた。
であれば、どちらがどれだけ重要か決める必要があった。
ただ、その決断は重すぎる。
生命を奪う行為を許すかどうか。
生半可な選択ではない。
どちらを選んでも、自分自身の信念に深く突き刺さることになるだろう。
そうして――日佳留が悩む内に、足音が聞こえてくる。
一塁側ベンチへ続く通路。
たたぁんと反響し間延びする駆け足の音。
数は二人分。
来たか。そう思った三人は、一斉に通路の方へと向き直る。
「――待たせてごめんね!」
そこには深水剣。
そして阿倍野真希。
何故か水でぐしょぐしょに濡れており、服も髪も重たそうに垂れている。
