そして現在。
剣は、病院食堂に来ていた。
見舞いに来た人が利用する為の小さな食堂。
席も少ない。
そこに剣と――真希の二人。
向かい合って、一つのテーブルに座る。
真希はちょうど、検査の終わったところで見舞いに来た。
「お見舞い、ありがとうね、真希」
「いや、ええんや。
将軍の分の見舞いもあるしな。
まとめて二人分済ませに来ただけや」
「ラブ将軍も、ここに入院してるの?」
「そうらしいで。
後で顔見せてくるつもりや」
二人の間に気まずい空気が流れる。
互いに、盾が告げた言葉のことを考えていた。
剣は人殺しである。
その事実が、平常な関係の維持を難しくする。
「……なあ、剣。
お前が人殺しや、っちゅう話やけどな」
おもむろに口を開いたのは真希の方だった。
剣は黙って、続きを受け止める覚悟を決める。
真希にどんな辛辣な言葉を浴びせられようとも、心の折れることが無いように。
「ナイルと将軍も知っとるで。
お前が倒れた後も一悶着あってな。
その時に盾のやつが言いふらしたんや。
剣は人殺し、汚れた腕で野球をやる邪悪な女や、ってな」
「そっか。それで、二人は?」
「将軍はよう分からん。
いつも顰めっ面やからな。
何考えとるかさっぱり分からへん。
ナイルはショック受け取ったで。
日佳留とおんなじや。
お前のことを信用しとうても出来へん、言うとったわ」
剣は大体の状況を理解した。
つまり、自分に味方は居ない、ということだ。
人殺しには当然の報い、とも考えたが、直近の問題として来週の決闘がある。
チームはただでさえたったの五人。
全員が超野球少女とは言え、試合展開をしていくのも難しい状況。
これに加え、人間関係まで崩壊するとなれば最悪の状況だ。
恐らく、全く満足の行く試合にならないだろう。
独りきり、虚しく敗北するまで踊り続けることになるかもしれない。
咬み合わない守備や打撃の中、たった一人でマウンドに立ち、怪我も治っていない腕で、聖凰野球部二軍の打線を抑えきる。
無謀は明白。
「……どないするんや、剣」
「え?」
真希の問いかけは、剣の予想外だった。
「将軍はどうか分からんが、ナイルと日佳留は最悪使いモンにならん。
あいつらが守備の要として動いてくれへんっちゅうことになったら、ディープショット連投だけじゃあ抑えれへんと思うで。
腐っても、っちゅうか、相手は聖凰の超野球少女や。
甲子園常連、優勝経験も多数のあの聖凰がそこら辺のしょうもない奴入部させるわけあらへんからな。
恐らくウチらよりよっぽど格上や。
そんな奴らが打線に三人もおるんや。
九回ずっと抑えきるんは到底ムリな話やないか?」
堂々と考えを語る真希。
それが剣には不思議だった。
何故、戦うつもりでいるのだろうか。
人殺しの私の味方をするの?
私の手は、汚れているのに。
それでもまだ、私の球を受けてくれるの?
心の中に無数の問いかけが渦巻く。
「――真希は、人殺しの味方になってもいいの?」
思わず、剣は突き放すような言い方をしてしまう。
怖かった。
真希の言葉が、この上ない救いになる。
それは間違いないことだ。
しかし、今救われて良いのだろうか。
心の何処かに救いがあるということは、同時に甘えや弱さも生まれる。
ここで真希に甘えるようでは、盾との決闘に全力を捧げることが出来ないのではないか。
不安がどっと吹き上げ、剣を混乱させる。
だが、真希は冷静だった。
覚悟を決めていた。
いいや、今この場で決めた。
剣の迷う姿、苦悩する表情を見て理解したのだ。
「味方も何もあるか。
ウチはお前の女房役。
お前の女や。
いくらでも好きにせえ」
言って、真希は微笑んだ。
心の底からの言葉だった。
例え剣の腕が血塗られていようとも、魂の魔球を何度も受けたから分かる。
剣の球は本物だ。
情熱に燃え、勝利に飢えていた。
邪悪を切り裂く刃であった。
邪道の野球に落ちた人の心を貫く槍でもあった。
「それによお、剣。
お前のあんな球受けて、何処のどんな捕手が人殺しや、なんて言えるんや。
そら、お前がホンマに人殺したっちゅうんやったらびっくりするけどな。
お前の投げた白球には、混じりっけなくお前の血だけが通っとるって、ウチは誰よりもよう知っとるで。
今さらどうやって責めろっちゅうんや。
ウチは分かる。
お前の球は正義正道の真っ白な球や。
お前はこの世のどんなもんより美しいんやで」
そして、真希は剣の手を取る。
そして剣の瞳を見つめ、言った。
「ウチはお前を愛しとる。
お前の野球を、精神をな。
お前が人を殺したんやったら、ウチも人殺しや。
お前が白球投げ続けよる限り、ウチはお前のもんや。
お前が背負っとるもんを一緒に背負う半身や。
せやから、迷うな。
悩むな。
全霊懸けた球をウチに放り込んでくれ。
ウチにお前の全てを感じさせてくれ、剣」
思いの全てを語る真希。
脚色無く、本心からの言葉。
己の人生を剣に捧げることさえ厭わない、という覚悟があった。
それほどの情熱が、唯一無二の共鳴が、剣との間にあった。
