今にも眠ってしまいそうだった。
剣は意識が遠のくのを感じた。
真希は、次第に寄りかかる体重が増えるのを感じて、小さく言う。
寝てええで、と。
言葉に安心した剣は、そのまま眠りに落ちていく。
――だが。その時だった。
「大変だよ、二人とも!」
部室の扉を勢い良く開き、日佳留が突入してくる。
突然のことに驚き、剣も目を覚ます。
「ど、どうしたのっ?」
つい隠すように、剣は真希と繋いだ手を離した。
日佳留の側からは、ちょうど真希の姿で隠れて見えない位置。
「なんか、変な人たちが来たんだよ!
それで『深水剣を連れて来なさい!』って言ってて」
「誰や、剣は今ボロボロなんや、帰らせりゃええやんけ!」
「それができたらやってますよーだっ!
なんか、剣に会うまでは絶対に帰らないんだって。
剣、知ってる?
夜なのに日傘差してて、ふりふりの服着た、金髪縦ロールで『ですわ』口調の女の人」
「濃ゆいなそいつ! そんな変なのがおるんかい!」
「だから変って言ってるじゃん!」
日佳留と真希の言い合いも他所に、剣は深刻な表情をしていた。
そして一言零す。
「……ジュンだ」
立ち上がる剣。
この拍子にふらついたところを、日佳留が肩を貸して支える。
「ごめん、日佳留。
その人、私の知り合いだよ」
「本当?」
「うん。
でも、どうしてジュンがここに――」
言いかけた剣の言葉は途切れる。
部室にゆっくり、優雅に歩いて進入する人物の姿を見た瞬間だった。
その人物は日傘を差し、フリルをあしらったドレスに身を包んだ少女。
「――お久しぶりですわね、剣」
「ジュン……」
二人は顔を見合わせる。
剣はばつの悪そうな表情で、ジュンは笑顔。
しかし、どこか不気味なものが裏にあるように見える。
この笑顔に日佳留と真希はぞっとする。
「そこのお二人にも、自己紹介をさせて頂きますわ。
わたくし、一週間後に深水女子高等学校野球部との練習試合を控えております、聖凰高校野球部二軍主将、ホムラジュンと申します。
ホムラは火に群がると書いて火群。
ジュンは盾と書いてジュンと読みますわ。
以後、お見知り置きを」
優雅にジュンは――火群盾は礼をした。
釣られて首だけのお辞儀を返す真希と日佳留。
「あの、剣とはどういう関係なんですか……?」
「世間的には幼なじみ、と言えば宜しいのかしら。
幼少の頃より、共に野球を続けてきた仲間でもありました。
……そう、中学一年のあの日までは」
あの日、というものに言及した瞬間。
盾の眼光が鋭くなる。
標的は無論、剣。
「ねえ剣。
貴女はあの日から野球をやらない、と言っていましたわよね?」
「――うん。そうだね」
「何故、今日野球をしていたのですか?」
「やりたかったから。
やっぱり、私は野球を辞められない人間だったよ」
「ふざけないでッ!」
盾は怒りを露わにし、怒鳴りつけた。
威圧的な態度に肩を竦め怯える日佳留。
だが、剣は微動だにしない。
「貴女は自分の犯した罪を忘れたとでも言うのかしら。
貴女は野球をやっていい人間ではない。
あの日、貴女は邪悪となったのです。
汚れた腕で白球を投げることは、わたくしと、わたくしの姉が許しませんわ」
「うん、分かってる。
でも、許されなくてもやるよ。
私は野球が好きだから」
「関係あるものですか。
例えどれだけ野球を愛していようとも、貴女は汚れているのです。
貴女が野球に関わることだけは、私は何があっても許しません」
二人の会話は押し問答となる。
互いに譲らない。
様子を見かねた真希が口を挟む。
「許さへんっちゅうても、あんた。
剣は野球やめへんで。
そんなしょうもないこと言いに来たんかいな」
「……そうですわね。
わたくしとしたことが、本題に入るのが遅れました。
今日は皆様に申し込みに来たのです」
「何をや」
「決闘ですわ」
盾は言うと、ぱちん、と指を鳴らす。
これを合図に、新たに二人が部室へと入ってくる。
「吾輩の名はアバドン。
聖凰野球部二軍でセンターを守っているのである」
一人が名乗る。
黒髪、褐色の肌のアジア系外国人。
続いて、金髪碧眼のヨーロッパ系外国人が名乗る。
「ミーはステラ。
聖凰のショートだよ~」
「そしてわたくし、火群盾はピッチャー。
以上三人が、聖凰高校野球部二軍に所属する超野球少女全員の顔ぶれです」
「なんや、メンツ揃えて。
どういうつもりやねん」
「ですから、決闘と言ったでしょう?
正式に、顔を合わせて申し込みに来たのですよ」
盾は言って、人差し指を立て、剣の方をぴんと指す。
「わたくしたちと貴女たちで、来週の練習試合で決着を付けましょう。
わたくしたちが勝てば、剣はもう二度と野球をやらない。
負ければ、剣はこれからも野球をして良い」
「はぁ!? そんなアホな要求飲めるか!」
「そうよそうよ! アタシら、っていうか剣に良いことが何にもないじゃん!」
真希と日佳留が猛反対。
しかし剣は――。
「いいよ。その勝負、受ける」
要求を飲んだ。
「おいおい、剣!
どうしたんや。
こんな勝負受ける必要あらへんやろ!」
「そうだよ剣。
こんなの、剣が損するだけだよ!」
日佳留と真希に捲し立てられても、剣は考えを変えない。
「ううん。
この勝負は、受けなきゃいけないんだ。
私は、それだけ酷いことをしたから」
言って剣はなだめる。
日佳留と真希はまるで納得していなかったが、剣自身が言うなら、と仕方なしに折れる。
「せやけど……なんで、ここまでせなあかんねん。
お前の言う、業ってもんは何なんや。
昔どんなことやらかしたっちゅうんや」
真希は尋ねる。
だが、剣は答えない。
これを見た盾が、小さく鼻で笑ってから言う。
「それならわたくしが教えて差し上げますわ」
すると、盾は不意に剣へ近づく。
そして剣の胸ぐらを掴み、威圧する格好で告げる。
「剣は――こいつは、人殺しなのです。
わたくしの双子の姉は、あの日、こいつの手で殺されたのです」
人殺し、という言葉。
想像もしない表現に驚愕する日佳留と真希。
「……嘘、だよね?」
日佳留は思わず剣の顔を見て訊き直す。
だが、剣は視線を外して言う。
「ごめんね、日佳留。本当だよ」
信じられない。
日佳留の心のどこかに、まだ疑う気持ちがあった。
だが、それでも剣自身が肯定したのは重い。
ショックから無意識のうちに手を離す。
剣に貸していた肩も外して、よろよろと後退りする。
真希も気まずそうに顔を顰め、剣のことを直視出来ないでいる。
「――では、ごきげんよう皆さん。
来週の決闘、楽しみにしておりますわ」
盾は剣を突き飛ばす。
支えも失い、負傷でふらつく剣は体勢を保てない。
ずたり、と重い音を立てて床に倒れる。
そのまま起き上がることは無い。
既に気を失っていた。
