他方で新たな憎悪の対象になっているとはつゆ知らず。
剣は、マウンド上で戦っていた。
孤独。
仲間が居ると言えど、この戦いは孤独だ。
ここまで至れば、誰の助けも得られない。
理解も得られない。
血塗れになったところで、そのまま無理にでも貫くしかない。
恐ろしく冷たい戦い。
自らに課した呪縛は、未だ破れそうにない。
苦しい。
剣は自身の身体に限界を感じる。
もしかすると、勝てないかもしれない。
自分の脳裏を掠める闇を、追い払うことが出来ないかもしれない。
恐ろしかった。
恐怖が身体を駆け抜ける。
だが、頼れる者は居ない。
己の腕一本で、この恐怖と、脳裏の闇と戦わなければならない。
打席に打者が入る。
だが、剣の足は震えていた。
痛みと恐怖。
二つの力が膝を砕こうとする。
耐える剣。
投球に入ることも出来ず、立ち尽くす。
グラウンドが沈黙する。
「――剣君ッ!」
不意に、ラブ将軍が声を上げる。
また、止めろと言われるのだろう。
剣は既に断るつもりでいた。
どんな言葉で説得されようとも。
自分自身が戦いを恐れていても。
どんな理由があれ、どんな気持ちであれ。
関わらず、マウンド上に立ち続けると決意していた。
だが、ラブ将軍は剣も思わぬ言葉を投げかける。
「例え君が倒れても、骨は我々が拾ってやる。
だから戦え!
中途半端なところで逃げるなよ。
あと一人を抑えれば、君が居なくとも次の攻撃で勝利をもぎ取って見せる!」
剣は驚いた。
何故、と。
まるで剣の心中を理解しているかのような物言い。
どうしてそんなことが言えるのか。
言葉だけをとれば慈悲も無い。
残酷なことを剣に要求している。
まともな神経で言える科白ではない。
だからこそ有り難い。
狂った人間の背を押すには、やはり狂った言葉でなければ駄目なのだ。
剣は確かに、心強さを感じていた。
「――将軍の言うとおりやで、剣!」
続いて、真希が剣に発破をかける。
「おどれの生涯最後の投球になろうが、ウチは受けるぞ。
投げさすからな。
魂の搾りかすも残らんぐらい白球に全てを懸けろ!」
ああ、これだ。
こういう世界に生きていたいんだ。
剣はそう思った。
どこまでも苦しく、恐ろしく。
仲間など居ない。
あるのはただ自分と、進む道と、先の見えない方へと追い立てる人々。
戦いを知らぬ人には残酷に見えるだろう。
気違いに見えるだろう。
これが、剣の生き方。
己の望む戦いに生きる。
そして、同じく戦いに生きる者は理解している。
共感する。
だから、ボロボロの背中を後ろから追い立てるのだ。
「ありがとう……」
剣は呟く。
「ラブ将軍。真希。
私はこの戦いに決着を付ける。
それでもって二人がくれた優しさに応えるよ」
言うと剣は構える。
投球の動作。
青い闘気が舞い上がる。
今までの、どんな時よりも力強く、激しく。
傷から滴る血で汚れた腕で白球を抱え込み、その刹那に放球。
乱暴に弾ける青い炎。
剣の身体は力の負荷に耐え切れず、皮膚に生傷を次々と刻んでいく。
白球は飛翔する。
剣の血で真っ赤に染まった白球。
血飛沫を吹き上げ、砂煙を舞い上げ。
蒼の奔流と共にキャッチャーミットへと吸い込まれる。
轟々と音を立てる。
バッターは必死にスイングするが、やはり変化に対応できず。
ボールの急激な上昇がバットを避け、嘲笑いながら着弾。
真希の手の中。
ストライク。
「――まだや!
まだこんなもんやないで!
剣、おどれ手ぇ抜いとるんちゃうか!
こないなへなちょこ球ウチに受けさすつもりかい!」
真希は煽りながらも、汚れたボールをしっかりと拭き、剣へと返球する。
ああ、ありがとう。
剣は心の底から感謝した。
真希の本当の気持ちぐらい、痛みで朦朧とする意識でも理解できていた。
本当は止めさせたいのだろう。
助けになれないことが悔しいだろう。
だからせめて敵役を演じてやろう、というのだ。
形だけでも、怒りをぶつけるというのはやりやすい。
勢いに乗って、限界を超えて力を出し切れる。
感謝の思いを込めて。
あと二球で生命さえ落とす覚悟で、第二球。
青い闘気はより一層高く舞い上がり、グラウンドから遠く離れてもはっきりと確認できるほどに達した。
放球。
荒れ狂う蒼の嵐が剣を傷付ける。
擦過傷は全身に及び、血がユニフォームを赤く染める。
血染めの腕から放たれたボールは、やはり赤い。
これまで以上の轟音を伴い、軌跡に血印を認めながら、真希のミットへと吸い込まれる。
あまりにもの迫力に、バッターは全くタイミングが合わず、ミットでボールが大人しくなってからようやくスイング。
「あかんあかん!
こんなんハエが止まるわボケ!
次で最後の一球や。
今みたいな鼻クソ投げよったら許さへんぞ!
全部乗せきれよ。
お前が本当に勝ちたいもんを打ち破るんや。
身体がもたんっちゅうんやったら死ね!
ここで死んで投げ通せ、剣ィッ!」
真希は罵声を剣に浴びせる。
それも、泣きながら。
しまいには首を横に振りながら、己の言葉を否定するような仕草さえ見せた。
