四番、元部長がレフトフライに倒れ、アウトカウント一つで元野球部の攻撃は続く。
ナイルの超野球少女としての覚醒が手伝い、勝負の流れは超野球少女軍の側にあった。
随分と楽な状況にはなった。
だが、かといって手は抜けない。
ラブ将軍は全力で投球し、身体が砕けようとも、この回を抑えてみせるという覚悟だった。
――だが、不意に異変に気づく。
誰か、のそり、のそりとグラウンドへ向かって歩く姿が視界の隅に。
方向は、己が軍、超野球少女チーム側のベンチ。
全員が気付いた。
超野球少女軍も。
元野球部軍も。
一斉に視線を向ける。
そこに立っていたのは――深水剣。
髪も土に汚れ、乱れ、額から血を流し。
宛ら赤い涙を零しているかのような様相で、剣は立っていた。
グラブを付け、グラウンドに向かって闘志を瞳に宿し、マウンドを一直線に見つめていた。
「――剣君!」
ラブ将軍は言葉に迷った。
もう大丈夫なのか。
マウンドに立つ気なのか。
まだ、休んでいた方がいい。
様々な言葉を思案したが、先に剣が言ってしまう。
「代わってください、ラブ将軍。
私が抑えます」
有無を言わさぬ物言いに、ラブ将軍も黙って頷く。
静まり返るグラウンド。
マウンドで、青い闘気をちらつかせる剣。
ラブ将軍は三塁側へ移動し、剣を見守る。
同軍の誰もがそうだった。
日佳留も、ナイルも、真希も。
剣が何をしようというのか。
分かっていながらも、不安で、見守らずにはいられなかった。
「……真希、受けてくれるよね?」
剣は問う。
だが、真希は首を横に振る。
「なんでや。
なんでそこまでしてマウンドに拘るんや。
そんなボロボロになって、何の理由があってまだ自分を虐めるんや」
これは、一同全員が思うことだった。
怪我を考えれば、超野球少女と言えども投球可能な状態ではない。
それでも、現にマウンドに立っている。
その理由は何なのか。
「私は、負けるわけにはいかないんだよ」
剣はぽつり、と呟くように。
瞼を閉じて言う。
「本当なら、私は野球をやってはいけない人間なんだ。
そういう業を背負ってる。
だから、ここに立っていることは悪いこと。
――でも、私は野球をやりたい。
戦いたい。
そして勝ちたいって思ってる。
だから、私は生命を燃やす。
業に逆らって生きるには、どこまでも熱くならなきゃ駄目だ。
こんな怪我ぐらいでマウンドから降りるような、生温い生き方は許されない。
例え死んでもここに立つ。
それぐらいの覚悟でなきゃ、私の業は振り払えないんだよ」
「その業っちゅうもんが、何なのか教えてくれへんのか」
真希が、重ねて問う。
だが剣は首を横に振る。
仕方ない。
それが、剣の選んだ道。
その肩に背負ったものに見合う生き方をする。
だったら――受け止めよう。
真希は覚悟を決め、ミットを構える。
「来いや、剣!
お前が業に殉死するっちゅうんやったら、付き合ったるわ!
両腕千切れようが、何百何千球やろうが、無理にでも投げさすからな!
覚悟しとけ!」
真希が叫ぶ。
剣は真希の言葉に安心した。
ようやく。
今までの自分を清算することが出来る。
己の魂が命ずるものに逆らい続けた日々。
野球を否定し、遠ざけていた日々。
それらとここで。ようやく向き合える。
全て、同じチームで戦う四人のお陰だった。
真希が野球をやるよう願っていなければ、この場には立って居なかっただろう。
ラブ将軍が暴行に屈することなく野球を続けなければ。
その情熱に触れていなければ、己の情熱は燻り続けていたままだっただろう。
日佳留、そしてナイルの超野球少女としての覚醒。
解き放たれた闘気が、意識を失った剣を呼び起こした。
真っ暗で何も無い中、二つの力が剣を立ち上がらせた。
戦うという強い意思を持った輝きが剣の力となった。
全て、マウンドに立っているのは、仲間がいたからだった。
助け合い、などと腑抜けたものではなく。
それぞれが独立した情念に身を焦がし、生きるからこそ、剣もまたそれに並び、超えるような情念を抱くことが出来る。
己が為の強烈な意思が、五人それぞれにあったからこそ、このマウンドに立っていられるのだ。
剣は白球を強く握る。
これから、戦いが始まる。
己の白球に魂を乗せて。
肩に掛かる業を振り払う戦いが。
