ツルギの剣




 グラウンドに出ると、一部の部員が守備に着く。

「やる気のある者から打席に立て! 私が投げる。ヒットを打ったら合格、夏のスタメン入りだ」

「そんなら、ウチからやらせてもらうわ」


 宣言したのは真希だった。

 最初からそのつもりだったらしく、手には既にバット。
 言うが早く、打席に入って構える。


 ――刹那。音が響く。

 グラウンド全体に何かの音が、断続的に。
 風の音だと、すぐに誰もが気づいた。

 風は真希に向かって吹く。正確には、真希の持つバットに。


「――行くぞッ!」


 愛子がボールを投げる。
 見事に噛み合ったダブルスピンから放たれる剛球。球速は百四十キロ近くあるだろう。

 それに、真希は対応した。テイクバックし、スイング。

 途端、急激に風が集まり、バットの周りに圧縮され、竜巻を形成する。圧縮された風は光を放ち、眩しい緑光の大渦となる。


 白球を捉える。
 インパクトの瞬間、緑の渦は解き放たれ、まるで木の葉でも飛ばすように白球を舞い上げ吹き飛ばす。

 遥か遠く、外野も超え、簡易フェンスのさらに先でようやく風の勢いは衰え、ボールは自由落下を始めた。


 少女が放ったとは思えない規模の特大アーチ。

 ヒットは論ずるまでもない。真希は試験に合格した。


「どうや――ウチの必殺『風神打法』のキレ味は!」


 これが、超野球少女。

 読んで字の如く、人を超えた力を発揮する野球少女のこと。
 人を超えるとは身体能力も然り。真希がやってみせたように、超能力地味た不気味な力さえ操る。


「次は誰だ! 早く立てッ!」

 愛子の怒声が飛ぶ。

 真希は試験を終えて、手早くキャッチャーの装備を身に付け始めていた。
 準備が整った頃には、誰が促したわけでもなく、自然と一人の部員が打席に立っていた。


 真希のバッティングは当然、人外のものであった。
 しかし、愛子の投球も異常。軽々と百四十キロ近い球速を弾き出す女子など居ない。

 加えてキレも申し分なく、タイミングを合わせるだけでも至難の業。

 これを、平凡な野球少女が打たねばならない。プレッシャーで、打席の少女は身を強ばらせる。


 無慈悲に、愛子は再び投球。

 少女は無理やりにミートしたものの、タイミングが合わせられず。
 打球は一塁側に大きくファール。

 強い打球が――まさかの、グラウンド脇ベンチへと飛んで行く。


 そこには、偶然練習を見学していた少女二人。
 日佳留と、本の少女が座っていた。


「危ない、逃げろ!」


 真希は慌てて、ベンチ側へ大声を叩きつける。

「はわわぁっ!」


 日佳留は慌ててベンチから飛び退き、ボールから逃げる。

 しかし、本の少女は動かない。

 逃げ遅れたのか、ただぼうっと飛んでくる白球を見つめている。
 一直線に、顔面へと飛び込んでくる白球を。


 誰もが当たると思った。少女の怪我は免れない、と。

 だが本の少女は寸でのところで首を傾け、ぎりぎりのタイミングで白球を避ける。


 ベンチ裏側のフェンスにぶつかり、ボールは止まる。

 怪我人は出なかった。
 安堵し、真希が手を上げて声を張り上げる。

「おーい、そこの人! ボール取ってくれんか~!」


 この声に反応し、本の少女は立ち上がる。

 抱えた本をベンチに置き、ボールを拾って。


「投げてくれてええで!」

 という真希の言葉を聞かず。
 真希の方へと駆けていく。

「えっ、ちょっと待って、何なの!?」

 日佳留は本の少女の行動に驚き、慌てる。
 だが追いかけたり、制止したりはなかった。


 本の少女がバッターボックスの近くまで来ると、真希も寄ってくる。
 そして、ボールは直接受け渡される。


「ありがとうな。わざわざ持って来てもらって。投げてくれて良かったんやけど」

 苦笑する真希。

 が、この表情を変える一言が本の少女から発せられる。


「だって、投げると危ないじゃないですか」


「――なんやて?」

 むっ、として思わず眉を吊り上げる真希。

「そんなわけあるか。ウチは野球歴長いんやで?

 アンタみたいなひょろっひょろが投げたボールぐらいで怪我するわけあるかっちゅうねん」


「でも、やっぱり危ないと思います。だって、取れなくて当たると怪我しますから」

「それぐらいで怪我なんかするかアホ……」

 呆れた様子の真希。

 ボールも受け取ったので、言うだけ言い捨て引き返す。
 だが、そこを本の少女が呼び止める。

「待ってください」

 声を荒げる。
 分かりづらくはあるが、明らかに怒っていた。

「今の言葉、訂正して下さい」


「はぁ?」

「怪我なんかするか、って言いましたよね。それです」

「訂正も何も、せえへんもんはせえへんねん! 何が訂正じゃボケ!」


 真希は怒鳴り散らし、本の少女へ掴み掛かる。

 普通なら――ここで身を引くなり、威圧に潰されて怯えるなりの反応をするだろう。

 だが、本の少女は違った。
 ただ、真希をじっと見る。

 睨む、と言った方が良いかもしれない。

 やはりはっきりと読み取れないが、確かに真希を睨んでいた。


「いいですよ。訂正してもらえるなら、喧嘩だってやります」


 言って、本の少女は真希の腕を掴む。

 一つの意思表示。真希の売った喧嘩を買う、という意味。

「……そうか、そらええわ」

 真希は怒ったまま、ぎらつく笑みを浮かべる。


「そんなら、野球で勝負や。危ないっちゅうアホな妄言二度と吐けんよう、ボコボコにしたるわ」

 そして、真希は本の少女を突き飛ばす。

 本の少女は何を考えているのか。
 頷きも、拒否もしない。

 野球で勝負、という真希の提案を、ただじっと受け止めている。