その後、続く打順は剣。
気を失っている為、無条件でアウトカウント一つ増やして、ツーアウト。
四番打者のナイルも三振に倒れ、攻守が交代。
「やっぱり、ここは一番元気なアタシがやるべきだと思う」
日佳留は言って、自分の足を触る。
内太もも。
自身の字、縮の字が刻印された部分。
「さっき超野球少女に目覚めたばっかりで、自信は無いよ。
でも、他の誰も投げられるような状況じゃないよ。
だったら私が剣の代わりになる」
だが、ラブ将軍が首を横に振る。
「こう言っては悪いが、内野守備を君に任せたいという気持ちの方が私は強い。
打たれる分はどちらにせよ仕方ないだろう。
だったら、私一人で内野を守るよりは日佳留君が守ったほうがいいはずだ」
「せやけど、将軍かて元気ちゃうやろ。
マウンドに立てへんのやったら消去法で日佳留ちゃんやと思うわ」
「あの……僕がピッチャーをやるという可能性は?」
ナイルの一言。
無論、全員が首を横に振って否定。
「申し訳ないがナイル君、危険な目に遭うリスクが高いマウンド上に君を立たせるわけにはいかない。
それに、さすがにこの怪我でも超野球少女だ。
素人よりはマシな球を投げるさ。
日佳留君は言うまでもないだろう。
君はピッチャーという選択の内に居ないんだ」
ラブ将軍が言って諭す。ナイルは、この言葉に逆らえなかった。
そして、いよいよ試合再開。
ピッチャーマウンドには結局、内野守備を重視した結果、ラブ将軍が立つ。
さすがの超野球少女でも、ここまでボロボロになれば剛球を投げることなど不可能。
ラブ将軍の第一球は、ストライクゾーンを大きく外れた遅い棒球。
元野球部員の面子でも、ストライクゾーンを通れば打てるレベルの球だった。
打者は四番。
元部長。
憎しみで壊れたか、引きつった笑みを浮かべ、ラブ将軍を睨んでいた。
続く第二球。
ラブ将軍の球は真ん中高めへ。
無論打ち頃の球、元部長は逃さない。
白球は引っ張り気味、レフト方向へ上がる。
たとえナイルが走ったところで間に合うはずもない。
確実な長打コース。
(――クソッ、僕だけがお荷物か)
ナイルは悔しかった。
自分だけ役に立たないことが。
剣の助けとなってやれないことが。
日佳留が超野球少女に目覚め、剣の為に野球をやる一方。
ナイルはただの数合わせ程度に過ぎない。
走る。
たとえ届かないとしても。
少しでも、剣の為に。
いや――自分の為に。
ナイルは日佳留と自分の違う部分を一つ理解していた。
日佳留は、愛を剣の為のものだと考えていた。
だが、ナイルは違う。
愛とは自分のもの。
愛に生きるとは己の為に生きるということ。
剣を愛するということはまた、同時に己を愛することだと考えていた。
剣の為、というのは結局のところ方便。
ナイルが真に抱くのは、自信が強く生きるということ。
剣を愛しいと思ったのなら、己の力の全てでもって愛する。
そうして強く美しく生きることこそが、己の為の行いだと思っていた。
そして今、剣の為、生命を削り野球道をひた走る友人達の為、己の全ての力でもって答えなければいけない。
それが自分の為に生きるということ。
美しく、強く生きていたいという願いを抱く、己の為の野球道。
――だが、ここで追いつけもしない自分の何が美しいというのか。
何が強いというのか。
例え泥に塗れようが、肌に傷を受けようが。
結果も残せず、努力だけで己を美しいと、強いと言えるのか。
否、とナイルは否定する。
自らの人生,わずか二十年分にさえ届かない薄い辞書を引いて、ノーという答えを出した。
戦いに全てを懸け、満身創痍になっても結果を出し続ける。
そんな化け物、超野球少女を知ってしまった。
理解せざるを得なかった。
今までの自分では足りない。
ここで白球を取れなければ、弱い人間だ。
美しくもない。
ここで追いつけなくとも、以前なら満足していただろう。
だが、今のナイルは違う。
人生の辞書の最後には、豪快に書き綴られた、超野球少女の――野球人生の一ページ目が刻まれている。
まだ足りない。
この先を、自分自身の力で埋めていかなければならないと感じていた。
「僕は――今、追いつかなければいけないッ!」
引き返せない。
これほどまでに情熱的で、熱く滾る人間を見て。
今までと同じような、薄弱な意思で生きていくことなど出来るものか。
ナイルの魂が燃え上がる。
刹那、眩い銀色の光が弾ける。
超野球少女のオーラだった。
そして、ナイルの両手の平に集まり『銃』の字を形作る。
「届くッ!
いや、届く以外の結果など、存在させてはいけないんだッ!」
そして、ナイルは、前方へと飛び込むようにジャンプ。
掌を地面に付け――強く跳ね上がる。
体操競技のような動き。
腕で地を弾き、身体を捻りながら、超野球少女の闘気を放出。
その勢いで、ナイルはまるで弾丸のように加速し、まだ落下する前の白球へ追いついた。
難なく捕球し、ノーバウンドでのキャッチに成功。
ワンアウト。
「僕は――僕自身の信念の為に目覚めた。
超野球少女として、強く美しく生きることを覚悟したんだ。
これからは僕が居る限り、外野のどこにも白球が転がることはないッ!」
ナイルは、堂々と宣言した。
自身の超野球少女として生きる為の覚悟を。
その後、返球。
真希、日佳留、ラブ将軍が、手を振って、ナイルの覚醒を歓迎した。
仲間だと。
目的こそ違えど、負けず劣らず魂を緋色に燃やす、情熱の輩であると。
