ナイルは三球三振。
甲子園出場クラスの投手相手では敵うわけもなく。
アウトカウント一つで、最後のバッター日佳留に交代。
「……すまない。
僕も何かやりたかったんだが。
力及ばずだったよ。
せめてバットに当てさえすれば何か変わるんじゃないか、と思ったんだけどね」
かすりもしない。
冗談っぽく笑って言うが、気落ちしていることは隠せないナイル。
「――ん、日佳留サン?」
ようやくナイルは気づく。
日佳留の様子がおかしいことに。
と言っても、悪い意味ではない。
瞳に闘志を燃やし、マウンド上の投手を、そして元部長を睨みつけている。
「アタシ、剣の言ったことが分かる」
不意に、ナイルへ告げる。
日佳留はそのまま、バッターボックスへと向かう。
打席に立ち、考えた。
剣の言葉が突き刺さった。
日佳留も、剣にとっての野球と同じものがあった。
それは深水剣。
日佳留は剣が好きだ。
何よりも。
一番だった。
出来ることなら、剣の力となるために、例え暴行を受けようとも野球をやるべきだった。
しかし、日佳留はそれを禁じた。
愚かだと思ったからだ。
情熱に身を滅ぼすような真似は、先を考えればやるべきではないと考えていた。
だが――剣は否定した。
我慢なんて出来ない。
一番だから。
例え殴られてでも『最高だよ』と言えるぐらいの情熱に燃えているから。
燃え尽きるまで止まるはずがないのだ。
自らの魂に宿った炎を滾らせて生きる。
それが自分だと。
ダイアモンド上で無残な攻撃に遭いながらも宣言した。
日佳留は、正に心を切り裂かれるような思いだった。
そうだ。
何が先を考えれば、だ。
選択肢は無い。
胸にある衝動は一つ。
剣の為に生きる。
剣が野球に死ぬと言うのなら。
自分も野球に死んでやる。
躊躇い出遅れるぐらいなら、自ら地獄に身を投じようではないか。
「――アタシは剣が大好きだッ!
剣が野球をやるって言うなら、アタシだって野球に全てを懸けてやる!」
叫び、宣言する。
バットで遠く天を指し、ホームラン予告。
「力が欲しい……悪魔でも何でもいいから、アタシに野球をする力をちょうだい!
人生を棒に振ってでも、今は剣の助けにならなきゃいけないんだ!」
気でも狂ったか。
元野球部員全員が思った。
だが、真希は気付いた。
日佳留の変調に。
雰囲気の豹変に。
それは人としてという意味ではなく、野球人としての雰囲気。
バッターボックス上に立つ少女から、同じ臭いが漂ってくる。
自分と同じ、野球に魂を売った人間の臭みが。
ピッチャー、第一球を投げる。
これと同時に――眩しい輝きが日佳留を包む。
超野球少女の力が発現したのだ。
黄金色の強烈な覇気が弾け、荒れ、凝縮するように日佳留の内太ももへと集まった。
ユニフォーム越しからでも分かる、強い輝きで『縮』の字。
この瞬間、日佳留は超野球少女へと生まれ変わった。
「当たれエエェェェエエッ!」
絶叫とスイング。
まだ慣れない力が自在なコントロールを許さず、バットがボールを叩きつけるようなヒット。
ショート方向への速いゴロ。
超野球少女と言えども、所詮努力が無ければこの程度。
と、元部長は余裕を持って捕球し、一塁へ送球しようと顔を向ける。
が――これが下策だった。
日佳留はこのタイミングで、既に一塁を走り抜けようとしていた。
「――なっ!?」
驚愕の余り、声を上げる元部長。
あまりにも速過ぎる。
打撃から捕球し、顔を向けるまで二秒弱。
ベンチ側で見ていたナイルも、あまりの出来事に驚きを隠せなかった。
日佳留が超野球少女として覚醒したことは無論。
ずっとベースランを凝視していたにも関わらず、距離を詰める瞬間が全く見えなかったのだ。
走り始めた瞬間に姿が消え、次の瞬間には一塁目前に姿を現した。
「い、今――日佳留サンの姿が、消えた?」
「なるほどな」
不意に、ナイルの背後で声。
先程まで部室に一度戻り、怪我の応急処置と休憩をとっていたラブ将軍だった。
「ラブ将軍!
今の日佳留サンのベースランは何だったんですか!?」
「おそらく『縮地法』だろう」
ラブ将軍が語る。
「古来、仙術の一つとして伝えられていた技術だ。
素早く走るのではなく、距離を縮めることで一瞬のうちに千里を移動する。
――恐らく、それに近い能力が日佳留君には備わっている。
実際は千里とまでは言わないが、十数メートル程度の距離を存在しないものとして移動することが可能なのだろう。
現に、彼女は一塁までの距離を縮め、二秒弱という恐るべき速さで一塁へ到達した」
「なるほど……それが超野球少女だけがもつ特殊な力、というやつですか」
「ああ。
剣君はディープショットという物理法則を捻じ曲げる魔球。
真希君は風を操る風神打法。
そして日佳留君は縮地法ということだ」
語り終えると、ラブ将軍はバットを手にする。
「さて、次は私の打順だな」
