人見先輩だけは占いたくない!

 きっと人見先輩に嫌われてしまったのだと思う。
 いや、そうに違いない。あの夏祭りを境に僕と人見先輩は連絡を取っていない。
 人見先輩に嫌われるくらいなら自分の感情なんて無視して、占っておけばよかったとすら思い、日々後悔をしている。しかし過去の悔んでもしょうがない。それならどうするべきかを考えるんだ。
 人見先輩は心を乱される行為をひどく嫌う。
 きっと僕に遭遇してしまっただけで、心が乱されてしまうのかもしれない。
 そうとなれば、僕は人見先輩の視界に入らないように気を付けながら生活をしよう。僕はそう心に誓った。

 夏休みが終わり、新学期が始まった。
 同好会であっても鮫島高等学校内の活動であることには変わりはないため、夏休み期間中も何度か学校には来ていたため、そこまで懐かしい感じはしない。
 一応占い同好会以外にも、アルバイトでもお世話になっている澤村先生にも何度か会いに行っていたためアルバイトはしていたものの、実際は四日に一回のペースで学校には来ていたと思う。
 その間も僕は人見先輩に合わないようにと警戒をしながら学校に通っていた。
 人見先輩は受験であるため、夏休み期間も何度か登校するとは言っていたので、警戒を怠るわけにはいかない。
 その甲斐あってか、夏休み期間中は人見先輩に遭遇することはなかった。

 しかし新学期が始まった今、僕の精神はかなり削られてきている。
 まずは平日の五日間は常に気を張っていなければならないということだ。正直これが一番きつい。普段なら何も意識することなく生活を送っているのだが、特定の人物に見つからないように過ごすというのは思っている以上に大変なコトで、出会わないのが一番なのだが、もし出会ってしまった場合、人見先輩より先に僕がそのことを知っておく必要がある。そうしなければ隠れることができないからだ。
 常に気を張っていると本当に疲れるため、僕は新学期が始まってからの二週間で体重が三キロも落ちた。

 そして精神が削られてきたことによる弊害が起きている。
 占いがほとんど当たらなくなってきているということだ。
 そもそも占いは、『当たるも八卦当たらぬも八卦』の精神で行っており、事前に依頼者にもそれを伝え了承を得たうえで占いを行っているため、占いが当たらないことで文句を言ってくる生徒は今のところいないのだが、占いをやっている者として一番貼られたくない”当たらない占い師”というレッテルが貼られるのではないかと少し不安な気持ちにさせてくる。
 別にそんなレッテルを貼られたことでどうということはないのだが、一番は人見先輩にどう思われるのかだ。悪い噂というのは思ってる十倍は早く広まるもので既に人見先輩の耳にも「新島の占いは当たらなくなった」というのは入っているはずだ。そうなれば人見先輩は僕に対して、「俺を占わなかったのは、そもそも占いが出来ないから」なんていうもっとマイナスなイメージを植え付けるかもしれない。
 それだけは避けたいのだが、今の僕のメンタル面ではどうすることも出来ない。
 ずっと心のどこかで人見先輩がちらついて、集中出来ない。
 僕はきっとこのままずっと囚われたまま生き続けるのかもしれない。

 僕はそんなことを考えながら今日の占いを終え、帰る準備をしていると一人の男子生徒に声を掛けられた。

 「新島先輩は今から帰りですか?」
 「えっと……松本くんだっけ?どうしたの?」

 声を掛けてきたのは、夏休み前に占いを行ったことのある後輩くんであった。
 たしか今後の恋愛について占ってほしいと依頼をくれた後輩で、人見先輩と行った隠れ家的なカフェを紹介してくれた人物でもある。
 僕は占ったことのある全ての人を覚えているわけではないが、彼にはカフェの場所を教えてもらったことがあったので多少なりとも記憶に残っていた。

 「新島先輩に占ってもらったんですけど、占いのお礼をまだしてなかったなと思いまして。」
 「え、そんな。お礼ならカフェの場所を教えてもらったので十分だよ。」
 「そういうわけにはいきません!あ、そう言えばカフェはどうでしたか?行ってみましたか?」
 「うん。行ったよ。教えてくれてありがとうね。クロックムッシュも美味しかったし、パフェも美味しかったよ。」
 「良かったです!それで……なんですけど……。」

 大体予想はついている。
 占いが終わったら基本的には僕に話しかける用事などない。
 それでも話しかけてくるということは、占いに対する文句だろう。まさかボディガードをしてくれている澤村先生が不在や、他の生徒がいなくなったタイミングで声を掛けてくる生徒がいるなんて思ってもいなかった。
 相手が女性なら兎も角、今回は男性だ。
 百六十八センチの僕よりも大きいくらいの松本くんはおそらく百七十五センチほどだろう。筋肉質な体格ではないものの、それでも僕よりは筋肉量もあるであろう肉体だ。一般的な男子高校よりも細い部類に入る僕は後輩くんのパンチ一発で沈んでしまうこと間違いなしだ。
 しかし僕の予想に反して、松本くんの口から出た言葉は予想外のものであった。

 「今から俺とどこか行きませんか?」
 「………………え?」
 「あ、やっぱり迷惑でしたかね……すみません。」
 「いや、そうじゃなくて。え?僕を殴りに来たんじゃないの?」
 「え?なんでそうなるんですか?」
 「いやだって、占い以外に僕に話しかける理由なんて、占いが当たらなかったことへの復讐というか、そういうものしかないかな……と。」

 それを聞いた松本くんはひどく驚いた表情を浮かべた。

 「……ま、まさかいつも人見先輩に殴られたりしてるんですか!」
 「え、いや、なんで?」
 「だっていっつも一緒にいましたよね?人見先輩が誰かと一緒にいるところとか見たことないって他の先輩方も驚いてたの知ってますよ!でも夏休みが終わってから一緒にいるところを見てないので……ちょっと心配になったと言いますか……。だ、大丈夫ですか?」

 思い返してみれば、自分でも言いたくはないが、僕と人見先輩は鮫島高等学校で一二を争うほどの有名人だ。そんな二人が夏休み前はほぼ常に一緒にいたのにもかかわらず、夏休み明けになると一切かかわりをもたないとなると、そりゃ気になる生徒も出てきて当然だと思う。
 きっと松本くんはそれを気にかけてくれているのだろう。
 少しでも僕に恨みをもって、腹いせを行うために声を掛けてきたと疑ってしまった自分を叱りたい気分だ。

 「うん、大丈夫だよ。人見先輩も受験生だからね。お互いの時間が合わないだけだよ。」
 「本当ですか?なら良いんですけど……。それで俺からのお誘いはどうですか?」
 「お誘い……。あぁ今からどこか行こうってやつ?」
 「そうです!最近新島先輩疲れてますよね?俺と気分転換しませんか?」

 占いが当たらなくなった原因のコトを言っているのだろう。
 それほど周りに気付かれてしまうほど、僕は目に見えて疲れているらしい。
 しかし後輩に心配されるのは悪い気はしない。きっと人見先輩も最初はこういう気持ちだったのかもしれないな。
 僕はそんなことを思いながら、松本くんのお誘いを受けることにした。


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 僕は今、松本くんとスタバに来ている。
 このスタバは人見先輩と初めてきたスタバで思い入れが多少なりともある。
 ちなみにスタバを選んだ理由は、松浦先生から貰ったスタバのギフトカードをまだ使っていなかったので、これを機会に使おうと考えたからである。

 「松本くんは何飲む?」
 「俺は……新島先輩は何飲むんですか?」
 「んー。バニラフラペチーノかな。」
 「いいですね。俺も同じのにしようと思います。」
 「サイズはどうする?」
 「まだまだ暑いんで俺はベンティにします!先輩は何にしますか?」
 「……僕はトールサイズにするよ。先に席取っておいて。」
 「分かりました!」

 こんな会話でも人見先輩のことを思い出してしまう。
 サイズを聞かれて咄嗟にLサイズといった自分をあんなにも楽しそうに笑ってくれた人見先輩はもうここにはいない。もう僕とスタバに来ることもなければ、一緒に帰ることも、昼食を共にとることもないだろう。
 途端に悲しくなってくる。
 悪いのは全部自分だ。
 人見先輩が占ってほしいと言ったのにもかかわらず、占うモノが恋愛関連のものだと考えたくなったがために、嘘までついて占いを行わなかった自分への罰だ。
 僕は支払いを済ませ、バニラフラペチーノを二つ受け取ると、松本くんが確保してくれていた席に向かう。

 「どうぞ。」
 「ありがとうございます。これお金です。」
 「え、いいよ。」
 「いやいや誘ったの俺ですから。受け取ってくれなきゃ困りますよ。」
 「後輩に驕ってもらうほど、僕も落ちぶれてないから。」
 「……そういうことなら。ありがとうございます。」
 「いや、お礼は僕が言わないとね。ありがとう。僕を誘ってくれて。」

 これは本心だ。
 そもそも占い以外で関わりをもった人物が人見先輩しかいない僕にとって、放課後に同級は兎も角、後輩と遊ぶ経験があるというのは本当に嬉しいものだ。
 しかし僕には一つ気になることがあった。
 それはなぜ松本くんが僕を今日遊びに誘ったのかということだ。
 松本くんは心配になったから声を掛けたようなことを言っていたが、ぶっちゃけそんな理由で声を掛けてくる者は少ないだろう。もし仮にそう思ってくれている人がいたとして、それならもっと僕に声を掛けてくる人はいたはずだ。
 つまり松本くんは僕に別の話があって声を掛けたに違いない。
 きっとそれは、先日僕に依頼をした占いの理由である”恋愛”に関連するものだろう。そうとなれば今日のお礼も兼ねてアドバイス出来るコトはしてあげたい。

 「……松本くんは僕に何か聞きたいことがあったんじゃないの?」

 それを聞いた途端、まだ凍ったフラペチーノを必死に吸っていた松本くんは咳き込み始めた。
 僕は知っている。この反応は動揺だ。

 「えっと……そうですね。」
 「それは先日の占いで視た恋愛関連のもの?僕でアドバイス出来ることがあればするよ?」
 「……前に視てもらったときに、過去は探求心とかで現在が夢中になっている何かがあるって話だったじゃないですか。それで俺、いったん距離を置いてみることにしたんです。これで本当に好きなのかが分かるかなって。盲目になってないかって。」
 「なるほど。それでどうだったの?」
 「距離を置いたのがダメだったのかもしれません。」

 僕はその言葉の意味がすぐには理解できなかった。
 占いの結果的にはずっと見守っていた相手のことが好きでその相手に夢中になっている。しかし、ありがたいと思っていたことへの感謝を忘れ当然のようになってしまうなどの忠告が出ていたはずだ。
 そうなると、その忠告を聞き入れ陰ながらずっと見守って来たということだろうか?
 タロット占いはカードの意味が必ずしも反映するとは限らない。
 と、なると今現在悩んでいるのは、別のことなのだろうか?

 「距離を置いたっていうのは、もともと仲が良かったけど、最近は話さなくなったってこと?」
 「いえ、話したことはあるんですが、いつもは陰から見守る程度でした。」
 「……そうなんだ。それは占いの結果を視てってこと?」
 「はい、そうです。占いのおかげでお話することも出来ました。」
 「え、そうなの?良かったじゃん。」
 「……はい、良かったんです。でもそれだけで終わってしまったと言いますか……。」
 「どういうこと?占いがきっかけでお話することは出来たけど、その後の進展はない……みたいな?」

 松本くんは静かに頷いた。
 つまり今回僕がアドバイスをするべきなのは、松本くんの想い人にどのようにしてアプローチしていくかどうかということだろうか。
 しかしこればっかりは占いなど関係なく、単純にデートに誘うだけで解決するのではないだろうか。しかしそんな単純な回答で松本くんは納得してくれるだろうか。
 でも、今はそう伝えるしかない。

 「そっか。なら今は一旦、その相手をデートに誘ってみるのはどうかな?一度でも話したことがあるのならご飯とかなら乗ってくれるんじゃないかな?はじめっから二人がハードル高いなら複数人で最初は行ってもいいと思うし……。」
 「はい。だから今日デートに誘いました。」
 「え、あ、そうなの?どうだった?」
 「はい、新島先輩。今どうですか?」
 「……え?」
 「俺、どうですか?俺じゃダメですか?」

 思考が止まる。
 松本くんが何を言っているのか、理解ができない。
 いや、理解はしている。そういうことだと。
 しかし、どう答えればいいのかが分からないのだ。
 それを松本くんも察したのだろう。僕の返事を聞かずに話しを続けた。

 「新島先輩、人見先輩と付き合ってて、別れたんじゃないですか?夏休み前はよく二人で学食でお菓子食べてたり、一緒に帰ったりしてましたよね。それなのに夏休み明けてから二人が一緒にいるところ見たことないんですけど、これって別れたからですよね?」
 「ち、違う!僕と人見先輩は付き合ってなくて……。」
 「そうなんですか?でも俺が紹介したカフェに二人で行ってましたよね?」
 「な、なんで知ってるの?」
 「やっぱりそうなんですね。別に知ってたわけじゃないですよ。そうだろうなって思ってただけです。」
 「……僕のこと、好き……なの?」
 「はい。好きです。俺の紹介したカフェで二人がデートしてるんだって思って今カフェを教えたことを後悔してます。でも今お二人の間で何かあったんですよね?正直チャンスだと思いました。人見先輩から新島先輩を取るチャンスだと。」
 「え、その……。」
 「新島先輩、俺にしませんか?」

 それから先のことはよく覚えていない。
 松本くんは「返事は急ぎません。でも俺は本気です。真剣に検討して下さい。フラペチーノごちそうさまでした。」といってスタバを後にした。僕はそれを追いかけることはできず、一人スタバのテーブル席で今起こったことを整理していた。
 松本くんが僕を好き。
 正直考えていなかったことだ。
 なぜ松本くんが僕のことを好きになったかは分からない。でもその理由がどうあれ、僕が好きなのは人見先輩だ。しかし人見先輩はもう僕のことなんて嫌いに等しいだろう。このままこんなつらい思いをするくらいであれば、いっそのこと松本くんと付き合うのも良いのかもしれない。人見先輩のコトを忘れることが出来るチャンスかもしれない。
 でもそんな不純な動機で松本くんと付き合って、それは松本くんに対して失礼なのではないだろうか。
 明日が土日で本当に良かった。

 僕は一人、フラペチーノが完全に溶けきるまでその場を動くことはできなかった。