「では占うのは今後の恋愛ということでよろしいですか?」
「は、はい。よろしくお願いします。」
僕は向かい合わせに座る男子生徒に声を掛け、了承を得るといつも通りタロットカードを三枚引いて『過去』『現在』『未来』を視ていく。今回男子生徒を占うのだがこれは別に珍しいことではない。確かに占いの割合で言えば女子生徒が過半数を占めてはいるのだが、全体の二割くらいは男子生徒からの依頼である。ちなみに七割が女子生徒で残りの一割は教師や生徒の保護者などの大人を相手にすることが多い。
大人からの占い依頼はいわゆるお試しでという感覚が強いのか金運などの依頼が多いのだが、男子生徒からは女子生徒同様恋愛運の依頼がほとんどだ。例に漏れず今日目の前に座っている男子生徒が占ってほしいと頼んできたものも恋愛に通づるもので、今後どうするべきかを視てほしいとのことであった。
「まず『過去』のカードですが隠者の正位置ですね。自己分析とか探究心とかを表すカードですね。自分はどういう性格なのかであったり、それを理解した上でどういう生き方をすればいいのかを深く考えていたという感じですかね。そして『現在』のカードですが、力の逆位置ですね……。えっと、ざっくり言うと今夢中になっているものがあるというような状態でしょうか。ただそれは自分が思っている以上に熱中していたり、熱心になっているかんじですね。ただ燃え尽き症候群ってあるじゃないですか。一気に冷めてしまったりするかもしれないので、注意してくださいってところでしょうか……。」
「……なるほど。み、未来はどんな感じですか?」
「……『未来』のカードは女帝の逆位置ですね。んー、そうですね。」
「良くない感じですか?」
目の前の男子高生は不安そうな表情を浮かべながら僕にそう質問をする。それに対し少し考えた後、僕は言葉を選びながらゆっくりと伝える。
「良くないと言えばそうかも知れませんが、これは忠告のようなものです。」
「……忠告?」
「はい。このカードは身勝手な自分を表しています。当たり前のような存在に気付けないといったところでしょうか。以前はありがたいと思っていたことを当然だと思うようになったり、感謝を伝えなくなる。そんな感じですね。このカードが出たということは将来そんな謙虚さが失われたことにより、せっかくの出会いの場で機会を逃したり、付き合えたとしても、段々と相手への感謝の気持ちが薄れていき、相手の方から別れを切り出される可能性がある感じですね。ですので、謙虚さを忘れてはいけないというのが忠告だと思います。」
男子高校生は何度も頷いていた。
「ありがとうございます!肝に銘じておきます。」
「いえ、とんでもないです。」
「あ、占いのお礼ですよね?すみません。お菓子とかジュースって噂は聞いてたんですけど、用意するのが間に合わなくて……。来週学食を奢るのとかでも大丈夫ですか?」
それを聞いた僕は少し考えた。今日最後の占い相手、確か名前を松本と言っていたと思う。そんな松本だがおそらく一年生だ。ここ鮫島高等学校は制服や履いているスリッパなどで学年を判別することはできない。他校であればスリッパや上履きのカラーが異なっていたり、制服の胸元につけるであろうピンバッチがデザインが違っていたり。そんな小さな違いで学年を判断すると思うが、鮫島高等学校はそれができないのだ。
ではどうして松本が一年生であると仮定したのか。それは彼が僕に対してずっと敬語だったからである。三年生や二年生は基本的にタメ口で話しかけてくることが多い。敬語で話しかけてくる者もいるが、その場合はなりに口調が柔らかかったりする。しかし松本の場合はそうではなかった。僕の占いのことを知って声をかけ、かつずっと敬語ということは僕は彼より先輩であるからだろう。
ここまでは何ら問題ではない。問題なのは彼が後輩にも関わらず学食を奢るといってきたことだ。いくら占いのお礼といっても後輩に奢られるのはあまりうれしいものではない。それも学食で後輩に奢らせては後輩に奢らせた悪質な占い師などといった変な異名や噂を流されては正直困る。それが問題だ。
そもそもお礼の品など無しでも占いはする。しかしここでお礼は不要である旨を伝えてしまうとこれまでお礼をくれた人たちへ申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになるだろう。そうなれば松本にはお金を掛けずにすぐにできそうなお礼を貰うのが一番だ。
現時点ではそれは一つしかない。
「それなら——」
✂ ——— ✂ ——— ✂ ——— ✂ ——— ✂
日曜日の駅は平日より空いている気がする。それは社会人や学生の利用者数が著しく低くなるからだろう。人がごった返していないわけではないのだが、平日の通勤ラッシュや運動部であろうデカデカとしたスポーツバッグに、これから旅行にでも行くのかと思うほど大きなキャリーバッグを引きずる者が少ないだけでこうも駅構内は歩きやすのかと感動する。
休日であれば本来部屋でゴロゴロしたり、課題を終わらせたり、あとは資格の勉強をしたりしている。これはあまり知られていないことなのだが実は占いにも資格というものが存在する。国家資格ではないためその資格を持っていたところで今のところ進学に有利になるような効果は得られないが、将来活かしたい知識であるため今のうちに勉強をしている。
これは僕が鮫島高等学校に入学後、占い研究部を訪れる要因の一つでもある。僕は将来心理カウンセラーになりたいと考えている。スクールカウンセラーとなり、悩める学生の手助けになるような仕事をしたい。そんなことをざっくり考えていたころ、相手の悩みを聞き、その悩みを解決に導いたり、アドバイスをしたりする占い師という存在に興味を持ち始めていた。
そんなときこの鮫島高等学校にも占いをする部活があると聞き足を運んだのが、僕がタロット占いをやり始めたきっかけだ。ちなみにタロットカードを選んだ理由は占い研究部の先輩方がやっていた占いの一つだからである。占いの方法を教えてもらうために先輩方が教えられる占いを選んだ結果だ。タロットの他には占星術や手相占いがあった。占星術はなんとなくかっこいいなんて思っていたが、タロットカードよりも覚えることが多すぎて断念し、タロットカードと手相占いを天秤に掛けたとき、タロットカードの方がなんとなく良い気がしたので僕はタロットカードを使って占いをすることにしたのだ。
そんな過去のことを思い返していると僕が休日にも関わらず、外出をすることとなった存在が声を掛けてきた。
「待たせたか?」
声の主は人見先輩である。僕はそこで初めて制服姿以外の人見先輩を見ることとなった。身長が百八十を超えている人見先輩の私服はシンプルなモノで、白のTシャツに細身のジーンズ、靴はコンバースという組み合わせだ。正直この組み合わせは自分の身体に自信のある者しか着こなすことのできない組み合わせだと思いながらも、そのかっこよさに見惚れてしまった。
「いえ!全然です。人見先輩こそ休日に申し訳ないです。」
「大丈夫。カフェに連れてってくれるんだろ?」
「はい、後輩くんにお勧めのカフェを聞いてきたので、そこに行こうと思います。あ、もちろん僕の驕りなので、気にしないでください。」
「……いや。俺も出すけど。」
「いやいやこれは先日のお詫びも兼ねてるので僕が出しますよ。」
「……あれは新島のせいじゃないだろ。まぁいいけど。それでどこに行くんだ?」
「えっと……あっちみたいです!」
そう、今日は人見先輩と約束していたカフェに行くために普段は外出することの無い休日に外に出ている。そして今日行くカフェを教えてくれたのは先日占いをした後輩の松本だ。普段であればお菓子やジュースも占いのお礼としていただくことが多いのだが、その日は松本が何も用意していないというので、僕の提案でお勧めのカフェを教えてもらうことがお礼と言うこととなった。
松本が教えてくれたカフェは所謂隠れ家的な場所にあるカフェで、僕も松本から場所の詳細を教えてもらわなければ気づくことができないような場所にあった。雑居ビルと雑居ビルの間にある細い路地を入ったところにぽつんと佇む一軒家のようなカフェで、雨風にさらされ色落ちしてしまったオレンジ色の屋根に、白色の塗装が所々剥げてしまっているテラス席。見方を変えれば古びたカフェと見えなくもないが、僕個人としてはヴィンテージというのか、そういう趣を感じる素敵なカフェだと感じた。
それは人見先輩も同じだったようで、隠れ家カフェを見てからいつもより若干表情が柔らかく思えた。
店内に入ると、しっとりとした感じのBGMが流れており、エプロン姿の女性店員が優しい声で「お好きな席へどうぞ」と声を掛けてくれた。今が夏でなければテラス席を選んでいたことだが、この暑さではとてもじゃないがテラス席を選ぶのは自殺行為だろう。僕と人見先輩は一番クーラーが当たりそうな店内一番奥の席を選び、座る。
席は大きな木製のテーブルにこれまた木製のベンチのような椅子で構成されており、お店の外観だけではなく、店内の様子もおしゃれに思えた。
「ここは何がおいしいんだ?」
「聞いたところによると、パフェがおいしいらしいです。チョコとイチゴとマンゴーがあるみたいです。」
「そうなんだ。新島はもう何にするか決まってるの?」
「僕はパフェにいいなとは思うんですけど、シンプルにお腹も空いているのでホットサンドでも頼もうかと思ってます。」
「俺もホットサンド食べたい。シェアするか?」
「いいですね!それならパフェも頼んじゃおうかな。先輩はどの味にします?」
僕はそういってメニュー表を人見先輩の方に向ける。人見先輩は顎に手を置き数秒考えたのち「チョコ」にすると一言。僕は「わかりました」と言って右手を上げ店員さんを呼び注文をした。
注文から数十分後、小皿に分けられたホットサンドと二つの大きなパフェがテーブルに運ばれてきた。ホットサンドはクロックムッシュで既に溶けだしているチーズが食欲をそそる。パフェは思っていた三倍は大きく、その大きさに人見先輩は若干引くと思ったが、意外にも目を輝かせていた。それを見て人見先輩は本当に甘いものが好きなんだと感じた。
「食べましょうか。」
「ん。」
人見先輩はいつも通りのぶっきらぼうな返信をし、まずはクロックムッシュを大きな口を開けて頬張る。その一口は大きく、食パンの四分の一が一瞬にしてなくなってしまうほどだ。その豪快さに僕は見惚れていた。僕はおいしそうにご飯を食べる人が好きなんだと思う。ただこれは人見先輩だから見惚れている可能性も否定できないが、おいしそうにご飯を頬張る姿はみてて気持ちがいいものだ。
「……また見てる。」
「あ、ご、ごめんなさい。」
「いいけど。新島よく俺の食べるところ見てるよな?もしかして食べ方汚い?」
「そんなことないです!いつも豪快に食べる感じが好きで……ついつい見ちゃうんです。」
「……そ、不快に感じてないならいいや。」
そう言うと人見先輩は残りのクロックムッシュもその大きな口で食べ進めていく。僕はそんな人見先輩を見ながら、同じくクロックムッシュを食べ進める。出来立ての温かいクロックムッシュはチーズがよく伸びて食べるのが一苦労だったが、それよりも噛み切れなかったハムがクロックムッシュから口を離したときに、一気に零れ落ちた。そんな様子を人見先輩も見ていたのか、こちらを微笑みながら見ていた。
見られていたことへの恥ずかしさから咄嗟に両手で持っていたクロックムッシュで顔を覆うが、「もう遅いって」と人見先輩は無慈悲にも笑いながらそう告げる。
「今日の先輩はよく笑いますね。」
「笑わない方がいいか?」
「いえ!そんなことはないです。ただいつも学校だと仏頂面といいますか……いつも何かに怒ってるような表情なので、いまそのギャップに当てられてます。」
「なんだそれ。でもまあ、最初はそうだったかもな。」
僕はその言葉がどういう意味なのか理解できなかった。
「……どういう意味ですか?」
「新島はさ、俺が弓道辞めた理由知ってる?」
それは僕の知らない人見先輩の話だった。
「は、はい。よろしくお願いします。」
僕は向かい合わせに座る男子生徒に声を掛け、了承を得るといつも通りタロットカードを三枚引いて『過去』『現在』『未来』を視ていく。今回男子生徒を占うのだがこれは別に珍しいことではない。確かに占いの割合で言えば女子生徒が過半数を占めてはいるのだが、全体の二割くらいは男子生徒からの依頼である。ちなみに七割が女子生徒で残りの一割は教師や生徒の保護者などの大人を相手にすることが多い。
大人からの占い依頼はいわゆるお試しでという感覚が強いのか金運などの依頼が多いのだが、男子生徒からは女子生徒同様恋愛運の依頼がほとんどだ。例に漏れず今日目の前に座っている男子生徒が占ってほしいと頼んできたものも恋愛に通づるもので、今後どうするべきかを視てほしいとのことであった。
「まず『過去』のカードですが隠者の正位置ですね。自己分析とか探究心とかを表すカードですね。自分はどういう性格なのかであったり、それを理解した上でどういう生き方をすればいいのかを深く考えていたという感じですかね。そして『現在』のカードですが、力の逆位置ですね……。えっと、ざっくり言うと今夢中になっているものがあるというような状態でしょうか。ただそれは自分が思っている以上に熱中していたり、熱心になっているかんじですね。ただ燃え尽き症候群ってあるじゃないですか。一気に冷めてしまったりするかもしれないので、注意してくださいってところでしょうか……。」
「……なるほど。み、未来はどんな感じですか?」
「……『未来』のカードは女帝の逆位置ですね。んー、そうですね。」
「良くない感じですか?」
目の前の男子高生は不安そうな表情を浮かべながら僕にそう質問をする。それに対し少し考えた後、僕は言葉を選びながらゆっくりと伝える。
「良くないと言えばそうかも知れませんが、これは忠告のようなものです。」
「……忠告?」
「はい。このカードは身勝手な自分を表しています。当たり前のような存在に気付けないといったところでしょうか。以前はありがたいと思っていたことを当然だと思うようになったり、感謝を伝えなくなる。そんな感じですね。このカードが出たということは将来そんな謙虚さが失われたことにより、せっかくの出会いの場で機会を逃したり、付き合えたとしても、段々と相手への感謝の気持ちが薄れていき、相手の方から別れを切り出される可能性がある感じですね。ですので、謙虚さを忘れてはいけないというのが忠告だと思います。」
男子高校生は何度も頷いていた。
「ありがとうございます!肝に銘じておきます。」
「いえ、とんでもないです。」
「あ、占いのお礼ですよね?すみません。お菓子とかジュースって噂は聞いてたんですけど、用意するのが間に合わなくて……。来週学食を奢るのとかでも大丈夫ですか?」
それを聞いた僕は少し考えた。今日最後の占い相手、確か名前を松本と言っていたと思う。そんな松本だがおそらく一年生だ。ここ鮫島高等学校は制服や履いているスリッパなどで学年を判別することはできない。他校であればスリッパや上履きのカラーが異なっていたり、制服の胸元につけるであろうピンバッチがデザインが違っていたり。そんな小さな違いで学年を判断すると思うが、鮫島高等学校はそれができないのだ。
ではどうして松本が一年生であると仮定したのか。それは彼が僕に対してずっと敬語だったからである。三年生や二年生は基本的にタメ口で話しかけてくることが多い。敬語で話しかけてくる者もいるが、その場合はなりに口調が柔らかかったりする。しかし松本の場合はそうではなかった。僕の占いのことを知って声をかけ、かつずっと敬語ということは僕は彼より先輩であるからだろう。
ここまでは何ら問題ではない。問題なのは彼が後輩にも関わらず学食を奢るといってきたことだ。いくら占いのお礼といっても後輩に奢られるのはあまりうれしいものではない。それも学食で後輩に奢らせては後輩に奢らせた悪質な占い師などといった変な異名や噂を流されては正直困る。それが問題だ。
そもそもお礼の品など無しでも占いはする。しかしここでお礼は不要である旨を伝えてしまうとこれまでお礼をくれた人たちへ申し訳ない気持ちで押しつぶされそうになるだろう。そうなれば松本にはお金を掛けずにすぐにできそうなお礼を貰うのが一番だ。
現時点ではそれは一つしかない。
「それなら——」
✂ ——— ✂ ——— ✂ ——— ✂ ——— ✂
日曜日の駅は平日より空いている気がする。それは社会人や学生の利用者数が著しく低くなるからだろう。人がごった返していないわけではないのだが、平日の通勤ラッシュや運動部であろうデカデカとしたスポーツバッグに、これから旅行にでも行くのかと思うほど大きなキャリーバッグを引きずる者が少ないだけでこうも駅構内は歩きやすのかと感動する。
休日であれば本来部屋でゴロゴロしたり、課題を終わらせたり、あとは資格の勉強をしたりしている。これはあまり知られていないことなのだが実は占いにも資格というものが存在する。国家資格ではないためその資格を持っていたところで今のところ進学に有利になるような効果は得られないが、将来活かしたい知識であるため今のうちに勉強をしている。
これは僕が鮫島高等学校に入学後、占い研究部を訪れる要因の一つでもある。僕は将来心理カウンセラーになりたいと考えている。スクールカウンセラーとなり、悩める学生の手助けになるような仕事をしたい。そんなことをざっくり考えていたころ、相手の悩みを聞き、その悩みを解決に導いたり、アドバイスをしたりする占い師という存在に興味を持ち始めていた。
そんなときこの鮫島高等学校にも占いをする部活があると聞き足を運んだのが、僕がタロット占いをやり始めたきっかけだ。ちなみにタロットカードを選んだ理由は占い研究部の先輩方がやっていた占いの一つだからである。占いの方法を教えてもらうために先輩方が教えられる占いを選んだ結果だ。タロットの他には占星術や手相占いがあった。占星術はなんとなくかっこいいなんて思っていたが、タロットカードよりも覚えることが多すぎて断念し、タロットカードと手相占いを天秤に掛けたとき、タロットカードの方がなんとなく良い気がしたので僕はタロットカードを使って占いをすることにしたのだ。
そんな過去のことを思い返していると僕が休日にも関わらず、外出をすることとなった存在が声を掛けてきた。
「待たせたか?」
声の主は人見先輩である。僕はそこで初めて制服姿以外の人見先輩を見ることとなった。身長が百八十を超えている人見先輩の私服はシンプルなモノで、白のTシャツに細身のジーンズ、靴はコンバースという組み合わせだ。正直この組み合わせは自分の身体に自信のある者しか着こなすことのできない組み合わせだと思いながらも、そのかっこよさに見惚れてしまった。
「いえ!全然です。人見先輩こそ休日に申し訳ないです。」
「大丈夫。カフェに連れてってくれるんだろ?」
「はい、後輩くんにお勧めのカフェを聞いてきたので、そこに行こうと思います。あ、もちろん僕の驕りなので、気にしないでください。」
「……いや。俺も出すけど。」
「いやいやこれは先日のお詫びも兼ねてるので僕が出しますよ。」
「……あれは新島のせいじゃないだろ。まぁいいけど。それでどこに行くんだ?」
「えっと……あっちみたいです!」
そう、今日は人見先輩と約束していたカフェに行くために普段は外出することの無い休日に外に出ている。そして今日行くカフェを教えてくれたのは先日占いをした後輩の松本だ。普段であればお菓子やジュースも占いのお礼としていただくことが多いのだが、その日は松本が何も用意していないというので、僕の提案でお勧めのカフェを教えてもらうことがお礼と言うこととなった。
松本が教えてくれたカフェは所謂隠れ家的な場所にあるカフェで、僕も松本から場所の詳細を教えてもらわなければ気づくことができないような場所にあった。雑居ビルと雑居ビルの間にある細い路地を入ったところにぽつんと佇む一軒家のようなカフェで、雨風にさらされ色落ちしてしまったオレンジ色の屋根に、白色の塗装が所々剥げてしまっているテラス席。見方を変えれば古びたカフェと見えなくもないが、僕個人としてはヴィンテージというのか、そういう趣を感じる素敵なカフェだと感じた。
それは人見先輩も同じだったようで、隠れ家カフェを見てからいつもより若干表情が柔らかく思えた。
店内に入ると、しっとりとした感じのBGMが流れており、エプロン姿の女性店員が優しい声で「お好きな席へどうぞ」と声を掛けてくれた。今が夏でなければテラス席を選んでいたことだが、この暑さではとてもじゃないがテラス席を選ぶのは自殺行為だろう。僕と人見先輩は一番クーラーが当たりそうな店内一番奥の席を選び、座る。
席は大きな木製のテーブルにこれまた木製のベンチのような椅子で構成されており、お店の外観だけではなく、店内の様子もおしゃれに思えた。
「ここは何がおいしいんだ?」
「聞いたところによると、パフェがおいしいらしいです。チョコとイチゴとマンゴーがあるみたいです。」
「そうなんだ。新島はもう何にするか決まってるの?」
「僕はパフェにいいなとは思うんですけど、シンプルにお腹も空いているのでホットサンドでも頼もうかと思ってます。」
「俺もホットサンド食べたい。シェアするか?」
「いいですね!それならパフェも頼んじゃおうかな。先輩はどの味にします?」
僕はそういってメニュー表を人見先輩の方に向ける。人見先輩は顎に手を置き数秒考えたのち「チョコ」にすると一言。僕は「わかりました」と言って右手を上げ店員さんを呼び注文をした。
注文から数十分後、小皿に分けられたホットサンドと二つの大きなパフェがテーブルに運ばれてきた。ホットサンドはクロックムッシュで既に溶けだしているチーズが食欲をそそる。パフェは思っていた三倍は大きく、その大きさに人見先輩は若干引くと思ったが、意外にも目を輝かせていた。それを見て人見先輩は本当に甘いものが好きなんだと感じた。
「食べましょうか。」
「ん。」
人見先輩はいつも通りのぶっきらぼうな返信をし、まずはクロックムッシュを大きな口を開けて頬張る。その一口は大きく、食パンの四分の一が一瞬にしてなくなってしまうほどだ。その豪快さに僕は見惚れていた。僕はおいしそうにご飯を食べる人が好きなんだと思う。ただこれは人見先輩だから見惚れている可能性も否定できないが、おいしそうにご飯を頬張る姿はみてて気持ちがいいものだ。
「……また見てる。」
「あ、ご、ごめんなさい。」
「いいけど。新島よく俺の食べるところ見てるよな?もしかして食べ方汚い?」
「そんなことないです!いつも豪快に食べる感じが好きで……ついつい見ちゃうんです。」
「……そ、不快に感じてないならいいや。」
そう言うと人見先輩は残りのクロックムッシュもその大きな口で食べ進めていく。僕はそんな人見先輩を見ながら、同じくクロックムッシュを食べ進める。出来立ての温かいクロックムッシュはチーズがよく伸びて食べるのが一苦労だったが、それよりも噛み切れなかったハムがクロックムッシュから口を離したときに、一気に零れ落ちた。そんな様子を人見先輩も見ていたのか、こちらを微笑みながら見ていた。
見られていたことへの恥ずかしさから咄嗟に両手で持っていたクロックムッシュで顔を覆うが、「もう遅いって」と人見先輩は無慈悲にも笑いながらそう告げる。
「今日の先輩はよく笑いますね。」
「笑わない方がいいか?」
「いえ!そんなことはないです。ただいつも学校だと仏頂面といいますか……いつも何かに怒ってるような表情なので、いまそのギャップに当てられてます。」
「なんだそれ。でもまあ、最初はそうだったかもな。」
僕はその言葉がどういう意味なのか理解できなかった。
「……どういう意味ですか?」
「新島はさ、俺が弓道辞めた理由知ってる?」
それは僕の知らない人見先輩の話だった。


