――兄の開は小中高と絵画コンクールでよく賞を取っていた。本当になんでもできてしまうのだ。

 対照的に僕は絵心なんてまったくない。小学校の図工の粘土彫刻では、素材の代わりに自分の手を抉った。現在の高校では美術は選択教科だったので、迷わず外したほどにセンスが皆無なのに。

 模型製作をするのだとわかっていれば、歴史部にだって絶対入らなかった。

 そんな僕がいくら手伝ってもらうとはいえ、神社などという難易度の高い模型を完成させられるのだろうか。

 暗い気持ちで最寄りのバス停から銀太郎工務店に向かう。

 それでも、鬱々と先輩のことばかり考えて、落ち込むよりはずっとマシだ――そう言い聞かせて足を進めた。

 情けないことだけど、僕はまだ先輩が忘れられずにいた。何かの拍子にふと思い出してしまう。というよりは、いつも脳裏に浮かんでいるけれども、気付かない振りをしている。

 ふと、一生このままなのかと怖くなる。

「……」

 僕は首を横に振ってその予感を振り払った。

 ――銀太郎工務店は街の郊外の道路沿いにあった。

 敷地内で事務所と工房が分かれていたので、とりあえず事務所のドアを開ける。ところが、誰もいない。シーンとしている。

 物騒な世の中なのに鍵も閉めないとか、この工務店大丈夫なのか……と思いつつ、今度はこちらもまたシャッターが開け放たれた工房を訪ねた。

 こちらからは音が聞こえた。シャーッ、シャーッ、シャーッと、他のどんな音にも似ていない不思議な音だ。

 でも、うるさいとは感じない。むしろリズミカルで心地がいいくらいだ。

 聞いたことがあるような、ないような……一体なんの音だろう。

 そっと入り口を潜って中を見回す。

 思っていたよりも大きな工房だった。天井が随分と高いところにある。粉っぽい木の匂いが漂っていて、右側の壁には木材が、左側には見たこともない機械が置かれていた。

 音は奥の方から響いてくるみたいだ。そちらに目を向けると、男が一人で作業をしていた。僕より少し年上くらいだろうか。

 随分と背が高い。もしかして、兄の開より高いんじゃないか。ということは、最低一八二センチはあるということになる。

 なお、僕の身長は一六四センチだ。どれだけカルシウムを摂取してももう伸びず、これもまたコンプレックスの一因になっていた。

 無難に制服姿の僕に対し、男は白いバンダナを頭に巻いていた。黒いTシャツとグレーのパンツを着ているのを見て、結構カジュアルなんだなと少しほっとする。

 次からは僕も私服でいいかな。

「すみません――」

 足音を立てないよう男に近付き、失礼しますと声を掛けようとして、はっとしてその場に立ち尽くしてしまった。

 男の手からはさっき聞いた音が聞こえてくる。

 シャーッ、シャーッ、シャーッ……。

 道具で木を削っているみたいだった。

 確かあれは鉋だったか。テレビで見たことがある。

 その鮮やかかつ繊細な技手つきに見惚れてしまった。

 男が手を動かすたびに、紙のように薄くなった木材が、スルスル浮いてハラリと床に落ちる。

 ――すごい。

 鉋でやる作業がどんなものか、知識としては知っていて、これなら僕でもできそうだと思っていた。

 でも、いざこうして目の当たりにすると、そう簡単ではないとすぐにわかるし、男の待つ技術力の高さに圧倒される。

 僕が惹き付けられたのは男の匠の技だけじゃない。その真剣な横顔の表情にもだった。

 意思の強そうな切れ長の目が真っ直ぐに木材に向けられている。

 心臓がドキリと跳ねた次の瞬間、男が手を止めて「ん?」と首を傾げた。僕に気付いたみたいだった。

「誰だあんた」

「あっ……その……僕は……今日アポイントを取った明誠高校の……」

 なぜかしどろもどろになってしまう。

「ああ!」

 男は笑いながらバンダナを外した。陽に焼けて赤茶色くなった髪が露わになる。髪だけではなく肌も日焼けで浅黒い。

「聞いてる、聞いてる。レキシブだっけ? のコーコーセーだろ」

 男はニッと笑って白い歯を見せた。

「悪い。社長は急用で外行ってるんだ。代わりに俺が話聞くからさ」