「――ああ! 聞いてる、聞いてる。レキシブだっけ? のコーコーセーだろ」
夏の日差しが窓から差し込む工房の中で、その男は鉋を手に白い歯を見せながら笑った。Tシャツから伸びた肌は筋肉質で陽に焼けている。
「悪い。社長は急用で外行ってるんだ。代わりに俺が話聞くからさ」
全然好みのタイプじゃないはずなのに目が離せない。
「俺はここで宮大工見習いをやっているナツキ。青山夏輝っていうんだ。よろしくな」
僕はどこでもいつも二番手になる。
家では二歳年上の兄・開に、逆立ちしたって敵わない。
長男として両親の期待を一身に受けた兄はいわゆる天才だ。努力している雰囲気はないし、むしろしっかり遊んでいるのに、教科書を一度読めば全部理解し、いつもテストで満点を取っていた。日本の最高学府にも浪人することもなくあっさり合格。その上スポーツ万能で背も高いし顔もいい。
こんな天才的な兄がいれば、平凡な弟の僕はどんな扱いになるか、火を見るよりも明らかだ。
両親に虐待されていたわけではない。ただ父も母も出来が悪いわけでもないが、特別いいわけでもない、そんな僕にはあまり関心がなかった。二人の目はいつも兄に向けられていた。
なんとかして自分にも期待してほしくて、必死になって勉強を頑張った。けれども、第一志望の男子校には合格できなかった。
今通っている第二志望だった高校も、それなりの進学校には違いない。けれども、どうしたって第一志望には劣る。
僕が第一志望に落ちたと知った時の、母のあの一言を僕はいまだに忘れられない。
『どうしてあなたはこうなのかしらね。開はいつも一番になるのに。育て方が悪かったのかしら』
失敗作と言われたようでショックだった。それでもなんとか認めてほしくて、高校では一番になろうと勉強に励んだ。
ところが、第二志望の高校にも頭のいい生徒はいて、どれだけ頑張ってもいつもあと一歩及ばず二番になってしまう。
自分はずっとこのままなのだろうか。そんな焦燥感に駆られていた高校一年の冬、僕は工藤先輩と出会った。
進学校であり男子校T高校の、OBと現役高校生との交流会でだった。スピーチのために登壇し、マイクを握った先輩を見た僕は、理想を体言したようなその容姿に、一瞬で恋に落ちてしまった。
要領が悪く、勉強ばかりしていた僕の、初めての恋だった。この時自分が同性しか好きになれないのだとも思い知った。
そして、モテ男の先輩はすぐに僕の好意を見抜いた。
ウブな男子高生をその気にさせるなど、先輩にとっては赤子の手を捻るように簡単だったのだろう。
その日のうちに「俺、男もイケるよ。君、可愛いね」と言われて、交際がスタートした時には有頂天になったものだ。先輩も僕を好きになってくれたのだと思った。
ところが三ヶ月後に先輩に彼女がいると聞いて、僕はどういうことだと詰め寄る羽目になった。
しかも、先輩の彼女は美人なお嬢様で、大学を卒業したら結婚を考えているのだとも。どちらが本命なのかは明白だった。
先輩は面倒臭そうに「男もイケるとは言ったけど、彼女がいないとは言っていない」と言い放った。「お前もそれくらいわかっていただろう」とも。最後に僕の肩を抱き寄せて、駄々っ子に言い聞かせるみたいにこう囁いた。
『おとなしくしていたらまた会ってあげるからさ。男の中では君がタイプなんだよね』
僕は絶望しながらああ、またかと感じていた。
また二番手にされた。せめて大好きな先輩だけには、僕を一番だと思ってほしかったのに。それだけで他の辛いこと、苦しいこと、悲しいことを全部我慢できたのに。
なのに、僕はすぐに先輩から離れられなかった。もしかしたら僕を選んでくれるかもしれない……と、儚い希望を抱いてしまったのだ。そのままずるずると付き合い続けた。
二股がバレて以降の先輩は、もう僕は完全に自分に惚れ切っていて、何をしても許すと思ったのだろう。僕の前でも堂々と彼女と電話をするようになった。
約束のドタキャンもしょっちゅうだった。別れる間際にった頃には、先輩はもう『悪い』と謝りもしなくなっていた。それどころか、『俺と別れたくないならギャアギャア騒ぐんじゃない』と叱られた。
そんな都合のいい男扱いに耐えられるほど、僕の心は強くはなかった。成績が下がり出して、両親にますます冷たい目で見られて……。もう何もかもが限界だったから、先輩との連絡を絶つしかなかった。
高校二年生の六月のことだった。
夏の日差しが窓から差し込む工房の中で、その男は鉋を手に白い歯を見せながら笑った。Tシャツから伸びた肌は筋肉質で陽に焼けている。
「悪い。社長は急用で外行ってるんだ。代わりに俺が話聞くからさ」
全然好みのタイプじゃないはずなのに目が離せない。
「俺はここで宮大工見習いをやっているナツキ。青山夏輝っていうんだ。よろしくな」
僕はどこでもいつも二番手になる。
家では二歳年上の兄・開に、逆立ちしたって敵わない。
長男として両親の期待を一身に受けた兄はいわゆる天才だ。努力している雰囲気はないし、むしろしっかり遊んでいるのに、教科書を一度読めば全部理解し、いつもテストで満点を取っていた。日本の最高学府にも浪人することもなくあっさり合格。その上スポーツ万能で背も高いし顔もいい。
こんな天才的な兄がいれば、平凡な弟の僕はどんな扱いになるか、火を見るよりも明らかだ。
両親に虐待されていたわけではない。ただ父も母も出来が悪いわけでもないが、特別いいわけでもない、そんな僕にはあまり関心がなかった。二人の目はいつも兄に向けられていた。
なんとかして自分にも期待してほしくて、必死になって勉強を頑張った。けれども、第一志望の男子校には合格できなかった。
今通っている第二志望だった高校も、それなりの進学校には違いない。けれども、どうしたって第一志望には劣る。
僕が第一志望に落ちたと知った時の、母のあの一言を僕はいまだに忘れられない。
『どうしてあなたはこうなのかしらね。開はいつも一番になるのに。育て方が悪かったのかしら』
失敗作と言われたようでショックだった。それでもなんとか認めてほしくて、高校では一番になろうと勉強に励んだ。
ところが、第二志望の高校にも頭のいい生徒はいて、どれだけ頑張ってもいつもあと一歩及ばず二番になってしまう。
自分はずっとこのままなのだろうか。そんな焦燥感に駆られていた高校一年の冬、僕は工藤先輩と出会った。
進学校であり男子校T高校の、OBと現役高校生との交流会でだった。スピーチのために登壇し、マイクを握った先輩を見た僕は、理想を体言したようなその容姿に、一瞬で恋に落ちてしまった。
要領が悪く、勉強ばかりしていた僕の、初めての恋だった。この時自分が同性しか好きになれないのだとも思い知った。
そして、モテ男の先輩はすぐに僕の好意を見抜いた。
ウブな男子高生をその気にさせるなど、先輩にとっては赤子の手を捻るように簡単だったのだろう。
その日のうちに「俺、男もイケるよ。君、可愛いね」と言われて、交際がスタートした時には有頂天になったものだ。先輩も僕を好きになってくれたのだと思った。
ところが三ヶ月後に先輩に彼女がいると聞いて、僕はどういうことだと詰め寄る羽目になった。
しかも、先輩の彼女は美人なお嬢様で、大学を卒業したら結婚を考えているのだとも。どちらが本命なのかは明白だった。
先輩は面倒臭そうに「男もイケるとは言ったけど、彼女がいないとは言っていない」と言い放った。「お前もそれくらいわかっていただろう」とも。最後に僕の肩を抱き寄せて、駄々っ子に言い聞かせるみたいにこう囁いた。
『おとなしくしていたらまた会ってあげるからさ。男の中では君がタイプなんだよね』
僕は絶望しながらああ、またかと感じていた。
また二番手にされた。せめて大好きな先輩だけには、僕を一番だと思ってほしかったのに。それだけで他の辛いこと、苦しいこと、悲しいことを全部我慢できたのに。
なのに、僕はすぐに先輩から離れられなかった。もしかしたら僕を選んでくれるかもしれない……と、儚い希望を抱いてしまったのだ。そのままずるずると付き合い続けた。
二股がバレて以降の先輩は、もう僕は完全に自分に惚れ切っていて、何をしても許すと思ったのだろう。僕の前でも堂々と彼女と電話をするようになった。
約束のドタキャンもしょっちゅうだった。別れる間際にった頃には、先輩はもう『悪い』と謝りもしなくなっていた。それどころか、『俺と別れたくないならギャアギャア騒ぐんじゃない』と叱られた。
そんな都合のいい男扱いに耐えられるほど、僕の心は強くはなかった。成績が下がり出して、両親にますます冷たい目で見られて……。もう何もかもが限界だったから、先輩との連絡を絶つしかなかった。
高校二年生の六月のことだった。
