「こ、これは……」
声が震えている。
「ゴードン・ブラックじゃないか!」
その名前を聞いた瞬間、周囲の衛兵たちにも動揺が走った。
「ゴードン・ブラック? あの詐欺師の?」
「三年も逃げ続けていた賞金首だぞ!」
「金貨二百枚の!?」
別の衛兵が慌てて懐から手配書を取り出し、男の顔と照合する。
「間違いありません! 左頬の刀傷、体格、年齢、全て一致します!」
「ば、馬鹿な……」
隊長が信じられないという顔で、男の顔を覗き込む。
「こいつは変装の達人だぞ。三年間、俺たちの目をかいくぐり続けた男だ。それを……」
衛兵たちの視線が、レオンと四人の少女たちに向けられた。
傷だらけで、埃まみれで、明らかにまともな装備も持っていない若者たち。
どう見ても、駆け出しの冒険者。いや、冒険者ですらないかもしれない。
「まさか……君たちが捕まえたのか?」
隊長の声には、疑念と驚嘆が入り混じっていた。
レオンはにっこりと笑い、静かに頷く。
「ええ。僕たちが」
隊長は、しばらくの間、言葉を失っていた。
やがて、大きく息を吐き、首を横に振る。
「信じられん……新人冒険者たちが、Cランク相当の賞金首を……」
それは、賞賛なのか、困惑なのか。おそらく、両方だったのだろう。
隊長は懐から書類を取り出し、レオンに差し出した。
「これを持って、冒険者ギルドの賞金首受付窓口へ行け。金貨二百枚が支払われるはずだ」
「に、二百枚ぃぃぃ?!」「ひょぇぇ……」「ほわぁぁ……」「あらあら……」
その言葉に、四人の少女たちの目が大きく見開かれた。
金貨二百枚。
それは、Fランク冒険者が一年かかっても稼げないような大金だった。それがシエルが矢を射っただけで手に入ってしまう。
それは未来の見えない暗闇で苦闘していた四人にとって、衝撃となって突き刺さる――――。
◇
隊長は部下たちに指示を出す。
「ゴードン・ブラックを連行しろ。厳重に警備して、牢へ送れ」
「はっ!」
衛兵たちが男を引きずり起こす。
「離せ! 俺は無実だ! こいつらに嵌められたんだ!」
男は最後まで喚き続けていたが、もはや誰も耳を貸さなかった。
衛兵たちは恭しくレオンたちに頭を下げると、暴れる男を引きずって去っていく。
その姿が角を曲がって見えなくなるまで、女の子たちは誰も言葉を発さなかった。
やがて――路地裏に、静寂が戻った。
日が高さを増し、さっきまで薄暗かった路地裏にも柔らかな光が差し込み始めている。
その黄金の光の中で、四人の少女たちの表情が、徐々に変化していった。
「……本当に」
エリナが、呆然と呟いた。
「本当に、賞金首だった」
錆びた剣を、ゆっくりと鞘に収める。
カチン、と金属音が響いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。
エリナの美しい顔に、複雑な感情が広がった。
驚き。安堵。困惑。そして――。
生まれて初めて味わう、痛快な勝利の喜び。
五年間、ずっと孤独に戦ってきた。
他の子たちと連携はしつつもクエストは上手くいかず、ただ復讐だけを糧に生きてきた。
なのに今日、初めて会った男の言葉を信じて無理筋の賞金首を捕まえたのだ。
それは、エリナにとって、とてつもなく大きな一歩だった。
「すごい……」
ルナが、夢見るような声で呟いた。
「本当に、未来が見えてたんだ……」
緋色の瞳が、子供のような純粋な輝きを取り戻している。
さっきまで宿っていた恐怖と不安は、どこかへ消えていた。代わりに、頬が興奮で薔薇色に染まっている。
ルナは、自分の小さな手のひらを見つめた。
シエルが、愛弓を両手で抱きしめる。
「ボクの矢が……本当に、役に立った……」
男装の下から覗く細い指が、弓弦を愛おしそうに撫でる。
碧眼には、涙が浮かんでいた。
公爵家にいた頃、弓術は「令嬢の嗜み」程度にしか思われていなかった。
令嬢だから戦場で活躍することもない。せいぜい狩りの余興程度。
誰も、シエルの弓の腕を認めてくれなかった。
「女が弓を引いて何になる」と、父に言われたこともある。
でも、今日。
自分の矢が、仲間を勝利に導いた。
自分の腕が、役に立ったのだ。
それは、シエルにとって、何よりも大きな証明だった。
自分は、「商品」なんかじゃない。
自分には、価値がある。
誰かに必要とされる、価値が。
「うふふ」
ミーシャが、優雅に金髪をかき上げた。
「あなたって、本当に面白いわね」
聖女の微笑み。だが、その空色の瞳の奥で、本物の感情が踊っている。
今まで、誰もミーシャの本性を見抜けなかった。
聖女の仮面を被っていれば、みんな騙された。優しい聖女だと信じ込んだ。
本当の自分を、誰も見ようとしなかった。
なのに、この男は。
初対面で、「仮面の下の本当の君も含めて」と言ったのだ。
声が震えている。
「ゴードン・ブラックじゃないか!」
その名前を聞いた瞬間、周囲の衛兵たちにも動揺が走った。
「ゴードン・ブラック? あの詐欺師の?」
「三年も逃げ続けていた賞金首だぞ!」
「金貨二百枚の!?」
別の衛兵が慌てて懐から手配書を取り出し、男の顔と照合する。
「間違いありません! 左頬の刀傷、体格、年齢、全て一致します!」
「ば、馬鹿な……」
隊長が信じられないという顔で、男の顔を覗き込む。
「こいつは変装の達人だぞ。三年間、俺たちの目をかいくぐり続けた男だ。それを……」
衛兵たちの視線が、レオンと四人の少女たちに向けられた。
傷だらけで、埃まみれで、明らかにまともな装備も持っていない若者たち。
どう見ても、駆け出しの冒険者。いや、冒険者ですらないかもしれない。
「まさか……君たちが捕まえたのか?」
隊長の声には、疑念と驚嘆が入り混じっていた。
レオンはにっこりと笑い、静かに頷く。
「ええ。僕たちが」
隊長は、しばらくの間、言葉を失っていた。
やがて、大きく息を吐き、首を横に振る。
「信じられん……新人冒険者たちが、Cランク相当の賞金首を……」
それは、賞賛なのか、困惑なのか。おそらく、両方だったのだろう。
隊長は懐から書類を取り出し、レオンに差し出した。
「これを持って、冒険者ギルドの賞金首受付窓口へ行け。金貨二百枚が支払われるはずだ」
「に、二百枚ぃぃぃ?!」「ひょぇぇ……」「ほわぁぁ……」「あらあら……」
その言葉に、四人の少女たちの目が大きく見開かれた。
金貨二百枚。
それは、Fランク冒険者が一年かかっても稼げないような大金だった。それがシエルが矢を射っただけで手に入ってしまう。
それは未来の見えない暗闇で苦闘していた四人にとって、衝撃となって突き刺さる――――。
◇
隊長は部下たちに指示を出す。
「ゴードン・ブラックを連行しろ。厳重に警備して、牢へ送れ」
「はっ!」
衛兵たちが男を引きずり起こす。
「離せ! 俺は無実だ! こいつらに嵌められたんだ!」
男は最後まで喚き続けていたが、もはや誰も耳を貸さなかった。
衛兵たちは恭しくレオンたちに頭を下げると、暴れる男を引きずって去っていく。
その姿が角を曲がって見えなくなるまで、女の子たちは誰も言葉を発さなかった。
やがて――路地裏に、静寂が戻った。
日が高さを増し、さっきまで薄暗かった路地裏にも柔らかな光が差し込み始めている。
その黄金の光の中で、四人の少女たちの表情が、徐々に変化していった。
「……本当に」
エリナが、呆然と呟いた。
「本当に、賞金首だった」
錆びた剣を、ゆっくりと鞘に収める。
カチン、と金属音が響いた瞬間、張り詰めていた緊張の糸が切れたのだろう。
エリナの美しい顔に、複雑な感情が広がった。
驚き。安堵。困惑。そして――。
生まれて初めて味わう、痛快な勝利の喜び。
五年間、ずっと孤独に戦ってきた。
他の子たちと連携はしつつもクエストは上手くいかず、ただ復讐だけを糧に生きてきた。
なのに今日、初めて会った男の言葉を信じて無理筋の賞金首を捕まえたのだ。
それは、エリナにとって、とてつもなく大きな一歩だった。
「すごい……」
ルナが、夢見るような声で呟いた。
「本当に、未来が見えてたんだ……」
緋色の瞳が、子供のような純粋な輝きを取り戻している。
さっきまで宿っていた恐怖と不安は、どこかへ消えていた。代わりに、頬が興奮で薔薇色に染まっている。
ルナは、自分の小さな手のひらを見つめた。
シエルが、愛弓を両手で抱きしめる。
「ボクの矢が……本当に、役に立った……」
男装の下から覗く細い指が、弓弦を愛おしそうに撫でる。
碧眼には、涙が浮かんでいた。
公爵家にいた頃、弓術は「令嬢の嗜み」程度にしか思われていなかった。
令嬢だから戦場で活躍することもない。せいぜい狩りの余興程度。
誰も、シエルの弓の腕を認めてくれなかった。
「女が弓を引いて何になる」と、父に言われたこともある。
でも、今日。
自分の矢が、仲間を勝利に導いた。
自分の腕が、役に立ったのだ。
それは、シエルにとって、何よりも大きな証明だった。
自分は、「商品」なんかじゃない。
自分には、価値がある。
誰かに必要とされる、価値が。
「うふふ」
ミーシャが、優雅に金髪をかき上げた。
「あなたって、本当に面白いわね」
聖女の微笑み。だが、その空色の瞳の奥で、本物の感情が踊っている。
今まで、誰もミーシャの本性を見抜けなかった。
聖女の仮面を被っていれば、みんな騙された。優しい聖女だと信じ込んだ。
本当の自分を、誰も見ようとしなかった。
なのに、この男は。
初対面で、「仮面の下の本当の君も含めて」と言ったのだ。



