「射ればいいんでしょ?」
碧眼が、鋭く光る。
獲物を狙う鷹のような、射手の目。
「でも」
シエルは、矢をつがえながら付け加えた。
「何も起こらなかったら、次はあんたを射抜くからね?」
その脅しすら、どこか優雅に聞こえる。
レオンは、微塵も怯まなかった。
「いいよ? その時は好きにして」
揺るぎない声だった。
その自信は、どこから来るのだろう。
シエルは不思議に思いながら、弓を構えた。
ふぅぅぅぅ……。
シエルが、呼吸を整える。
その瞬間。
世界が、静止したように見えた。
そこに現れたのは、真の弓手の姿だった。
背筋がピンと伸びる。呼吸が深く整う。全神経が、弓と矢と標的という三点に集中していく。
月光のような銀髪が、路地裏に吹き込む微かな風に揺れる。
汚れた男装も、埃まみれの顔も、今この瞬間だけは消え去っていた。
そこにいるのは、弓を引くためだけに生まれてきた、一人の射手。
――美しい。
レオンは、息を呑んだ。
弓を引き絞るその姿は、まるで狩猟の女神アルテミスのよう。
神話から抜け出してきたかのような、圧倒的な存在感。
これが、神弓の継承者の真の姿。
彼女の潜在能力は、やはり本物だった。
シエルの唇が、小さく動いた。
何かを呟いている。祈りか、それとも自分自身へのルーティーンか。
そして。
ヒュッ!
朝の空気を切り裂いて、矢が放たれた。
一直線に、楡の木へと飛んでいく。
正確無比。寸分の狂いもない軌道。
腐敗した枝の根元に、矢は突き刺さった。
タン、という軽快な衝撃音。
そして――。
メキメキ、メキメキ……。
不吉な音を立てて、巨大な枝がゆっくりと傾き始める。
百年の歳月を経た太い枝が、自らの重みに耐えきれず、ゆっくりと、しかし確実に落下していく。
ベキベキ、バキバキという破壊音。
次の瞬間、その下を一台の馬車が通りかかった。
豪華な装飾が施された、明らかに裕福な者が乗る馬車。
ニ頭立ての立派な馬が、優雅に蹄を鳴らして石畳を進んできた。
タイミングは、完璧。
ドガァァァァン!という轟音と共に、巨大な枝が馬車の天蓋に直撃した。
馬が恐怖の嘶きを上げ、前足を高く振り上げる。御者が「うわあああ!」と悲鳴を発し、手綱を手放した。
バランスを崩した馬車は、そのまま無様に横転する。
車輪が空を向いて、滑稽なほど勢いよく回転していた。
ガラガラと荷物が散乱し、馬たちが暴れ、大通りは一瞬にして大混乱に陥った。
「きゃあっ!」
ルナが可愛らしい悲鳴を上げる。両手で口を押さえ、緋色の瞳を大きく見開いている。
「な、なにさせるのよ!!」
エリナが怒鳴った。剣を構えたまま、信じられないという顔でレオンを睨む。
「どうすんのよ! 大事件だわ! 下手したら殺人未遂よ!?」
シエルが慌てふためく。自分が放った矢が引き起こした結果に、顔面蒼白になっている。
「あらあら」
だが、ミーシャだけは違った。
聖女の微笑みを浮かべたまま、その空色の瞳が興味深そうに輝いている。
「大変なことになりましたわね。ふふっ」
その笑いには、明らかに面白がっている響きがあった。仮面の下の本性が、わずかに顔を覗かせている。
レオンは、そんな混乱を意に介さない。
むしろ、満面の笑みを浮かべていた。
全て、計画通り。
「あの馬車に乗っているのは、賞金首の男だ」
レオンは、四人に向かって宣言した。
「捕縛して、金にしよう」
ニヤリと余裕を見せる。
「……は?」
「賞金……首?」
「何言ってんの?」
「おやおや……?」
四人の美少女たちが、呆然と立ち尽くす。
レオンは路地裏から飛び出し、横転した馬車へと駆け寄る。
横転した馬車から、一人の男が這い出してきた。
左頬に古い刀傷。小太りの体躯に不釣り合いな高級商人服。
一見すると、ただの裕福な商人に見える。
だが、その目つきは獣のように鋭い。腰には巧妙に隠された短剣の膨らみが見える。服の下には、おそらく複数の暗器を仕込んでいるだろう。
レオンの脳裏に、【運命鑑定】の情報が流れ込む。
【賞金首:ゴードン・ブラック】
罪状:詐欺、横領、殺人九件
懸賞金:金貨二百枚
戦闘能力:Cランク相当
特徴:左頬の刀傷、変装の達人
弱点:左膝に古傷あり(二年前の逃走時に負傷)
警告:極めて狡猾。逃走の達人。油断禁物。
金貨二百枚。
それだけあれば、当面の資金は十分だ。宿も取れるし、装備も整えられる。
何より――この場で捕まえれば、彼女たちに【運命鑑定】の力を証明できる。
「動くな!」
レオンは叫んだ。
「賞金首ゴードン・ブラック! お前を捕縛する!」
男の体が、ビクリと硬直した。
碧眼が、鋭く光る。
獲物を狙う鷹のような、射手の目。
「でも」
シエルは、矢をつがえながら付け加えた。
「何も起こらなかったら、次はあんたを射抜くからね?」
その脅しすら、どこか優雅に聞こえる。
レオンは、微塵も怯まなかった。
「いいよ? その時は好きにして」
揺るぎない声だった。
その自信は、どこから来るのだろう。
シエルは不思議に思いながら、弓を構えた。
ふぅぅぅぅ……。
シエルが、呼吸を整える。
その瞬間。
世界が、静止したように見えた。
そこに現れたのは、真の弓手の姿だった。
背筋がピンと伸びる。呼吸が深く整う。全神経が、弓と矢と標的という三点に集中していく。
月光のような銀髪が、路地裏に吹き込む微かな風に揺れる。
汚れた男装も、埃まみれの顔も、今この瞬間だけは消え去っていた。
そこにいるのは、弓を引くためだけに生まれてきた、一人の射手。
――美しい。
レオンは、息を呑んだ。
弓を引き絞るその姿は、まるで狩猟の女神アルテミスのよう。
神話から抜け出してきたかのような、圧倒的な存在感。
これが、神弓の継承者の真の姿。
彼女の潜在能力は、やはり本物だった。
シエルの唇が、小さく動いた。
何かを呟いている。祈りか、それとも自分自身へのルーティーンか。
そして。
ヒュッ!
朝の空気を切り裂いて、矢が放たれた。
一直線に、楡の木へと飛んでいく。
正確無比。寸分の狂いもない軌道。
腐敗した枝の根元に、矢は突き刺さった。
タン、という軽快な衝撃音。
そして――。
メキメキ、メキメキ……。
不吉な音を立てて、巨大な枝がゆっくりと傾き始める。
百年の歳月を経た太い枝が、自らの重みに耐えきれず、ゆっくりと、しかし確実に落下していく。
ベキベキ、バキバキという破壊音。
次の瞬間、その下を一台の馬車が通りかかった。
豪華な装飾が施された、明らかに裕福な者が乗る馬車。
ニ頭立ての立派な馬が、優雅に蹄を鳴らして石畳を進んできた。
タイミングは、完璧。
ドガァァァァン!という轟音と共に、巨大な枝が馬車の天蓋に直撃した。
馬が恐怖の嘶きを上げ、前足を高く振り上げる。御者が「うわあああ!」と悲鳴を発し、手綱を手放した。
バランスを崩した馬車は、そのまま無様に横転する。
車輪が空を向いて、滑稽なほど勢いよく回転していた。
ガラガラと荷物が散乱し、馬たちが暴れ、大通りは一瞬にして大混乱に陥った。
「きゃあっ!」
ルナが可愛らしい悲鳴を上げる。両手で口を押さえ、緋色の瞳を大きく見開いている。
「な、なにさせるのよ!!」
エリナが怒鳴った。剣を構えたまま、信じられないという顔でレオンを睨む。
「どうすんのよ! 大事件だわ! 下手したら殺人未遂よ!?」
シエルが慌てふためく。自分が放った矢が引き起こした結果に、顔面蒼白になっている。
「あらあら」
だが、ミーシャだけは違った。
聖女の微笑みを浮かべたまま、その空色の瞳が興味深そうに輝いている。
「大変なことになりましたわね。ふふっ」
その笑いには、明らかに面白がっている響きがあった。仮面の下の本性が、わずかに顔を覗かせている。
レオンは、そんな混乱を意に介さない。
むしろ、満面の笑みを浮かべていた。
全て、計画通り。
「あの馬車に乗っているのは、賞金首の男だ」
レオンは、四人に向かって宣言した。
「捕縛して、金にしよう」
ニヤリと余裕を見せる。
「……は?」
「賞金……首?」
「何言ってんの?」
「おやおや……?」
四人の美少女たちが、呆然と立ち尽くす。
レオンは路地裏から飛び出し、横転した馬車へと駆け寄る。
横転した馬車から、一人の男が這い出してきた。
左頬に古い刀傷。小太りの体躯に不釣り合いな高級商人服。
一見すると、ただの裕福な商人に見える。
だが、その目つきは獣のように鋭い。腰には巧妙に隠された短剣の膨らみが見える。服の下には、おそらく複数の暗器を仕込んでいるだろう。
レオンの脳裏に、【運命鑑定】の情報が流れ込む。
【賞金首:ゴードン・ブラック】
罪状:詐欺、横領、殺人九件
懸賞金:金貨二百枚
戦闘能力:Cランク相当
特徴:左頬の刀傷、変装の達人
弱点:左膝に古傷あり(二年前の逃走時に負傷)
警告:極めて狡猾。逃走の達人。油断禁物。
金貨二百枚。
それだけあれば、当面の資金は十分だ。宿も取れるし、装備も整えられる。
何より――この場で捕まえれば、彼女たちに【運命鑑定】の力を証明できる。
「動くな!」
レオンは叫んだ。
「賞金首ゴードン・ブラック! お前を捕縛する!」
男の体が、ビクリと硬直した。



