どんな言葉も、彼女の心を救えるとは思えない。
安易な慰めは、むしろ傷口を抉るだけだ。
だから、レオンは何も言わなかった。
代わりに、静かに肉の塊に手を伸ばし、ナイフで最も柔らかく、最も美味しそうな部位を切り分ける。
赤身と脂身のバランスが完璧な、一番いい場所。
そして、無言で、エリナの皿に置いた。
それが、今の自分にできる、精一杯のことだろう。
エリナが、ハッとして顔を上げた。
涙で濡れた漆黒の瞳が、レオンを見つめる。
レオンは、何事もなかったように、自分のシチューをすすっていた。
視線を合わせない。何も言わない。
ただ、「食べろ」と。それだけを、行動で示していた。
エリナは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
何も聞かず、何も言わず、ただ肉をくれる。
踏み込んでこない。詮索しない。
でも、確かにそこにいてくれる。
そういう優しさが、今の自分には一番ありがたかった。
「……ありがと」
エリナが、かすれた声で呟いた。
そして、震える手で、肉を口に運ぶ。
塩辛い涙の味がする。
でも、不思議と、胸には温かさが広がっていった。
美味しい。
本当に、美味しい。
涙と一緒に食べる肉は、ぐっと心に染みた。
◇
ミーシャは、相変わらず優雅にスプーンを口元に運んでいた。
背筋を伸ばし、肘をつかず、音を立てずに食べる。
教会で叩き込まれた、完璧なテーブルマナー。
聖女として振る舞うことが、呼吸をするように自然になっていた。
だが、その空色の瞳は、さりげなく周囲を観察していた。
レオンがエリナの様子に気づいて、無言で肉を取り分けてあげている。
何も言わず、何も聞かず、ただ優しさだけを示したのだ。
――面白いわね。
ミーシャは、心の中で呟いた。
普通の男なら、泣いている女の子を見たら、慌てて声をかけるだろう。
「どうしたの?」「大丈夫?」「何があったの?」と。
でも、この男は違う。
聞かない。踏み込まない。
ただ、そっと寄り添うだけ。
それが、今のエリナには一番必要なことだと、分かっているかのように。
――ちょっと……気になるわね。
ミーシャは、スプーンを口に運びながら、興味深そうな空色の瞳でレオンを見つめた。
◇
一方、ルナは肉を夢中で頬張りながら、ふと我に返った。
自分の両手を見る。
油まみれ。肉汁まみれ。
口の周りも、きっと酷いことになっているだろう。
――また、やってしまった。
まるで飢えた野犬のような食べ方。
かつて、名門魔法学院で、最低限の作法は叩き込まれたはずなのに。
こんな、みっともない姿を晒している。
恥ずかしさで、頬が熱くなった。
ルナは、小さく咳払いをした。
「ご、ごめん……みっともない食べ方して……」
慌てて、ナプキンで口元を拭う。
だが、エリナは屈託なく笑った。
さっきまで涙を浮かべていたとは思えない、明るい笑顔だった。
「ふふっ、大丈夫よ?」
漆黒の瞳が、優しく細められている。
「美味しいものは、周り気にせず、伸び伸びと食べていいのよ?」
そう言いながら、エリナ自身も、シチューを勢いよく食べた。
口の周りにクリームがついているのにも気づかず、幸せそうに頬を膨らませている。
「ね?」
その純粋な笑顔に、ルナの肩から力が抜けていった。
ああ、そうか。
ここには、自分を馬鹿にする人はいないんだ。
みんな、同じように傷ついて、同じように這い上がろうとしている仲間なんだ。
「……そう?」
ルナは、小さく微笑んだ。
そして、再び肉に手を伸ばす。
今度は、躊躇わなかった。
思い切りかぶりつく。肉汁が頬を伝う。
でも、気にしない。
美味しい。それでいい。
「あ、ルナ! 服にまでソースが飛んでるわよ?」
シエルが、慌てて指差した。
「え、どこ?」
「こっち。ほら」
シエルが、自分のナプキンでルナの服を拭いてあげる。
その手つきは、まるで姉が妹の世話をするかのように、自然だった。
「あちゃー。これが一番まともな服なのに……」
ルナは、口を尖らせた。
レオンは、そんな少女たちのやり取りを見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
さっきまで触れるもの皆斬りかからんばかりに殺気を放っていた四人が、今はこうして笑っている。
これが、本来の彼女たちのパーティなのだろう。
「大丈夫! これからは、服もどんどん新調できるようになるよ」
レオンはにこやかに笑いかける。
「えっ!?」
ルナの緋色の瞳が、大きく見開かれた。
安易な慰めは、むしろ傷口を抉るだけだ。
だから、レオンは何も言わなかった。
代わりに、静かに肉の塊に手を伸ばし、ナイフで最も柔らかく、最も美味しそうな部位を切り分ける。
赤身と脂身のバランスが完璧な、一番いい場所。
そして、無言で、エリナの皿に置いた。
それが、今の自分にできる、精一杯のことだろう。
エリナが、ハッとして顔を上げた。
涙で濡れた漆黒の瞳が、レオンを見つめる。
レオンは、何事もなかったように、自分のシチューをすすっていた。
視線を合わせない。何も言わない。
ただ、「食べろ」と。それだけを、行動で示していた。
エリナは、胸の奥が熱くなるのを感じた。
何も聞かず、何も言わず、ただ肉をくれる。
踏み込んでこない。詮索しない。
でも、確かにそこにいてくれる。
そういう優しさが、今の自分には一番ありがたかった。
「……ありがと」
エリナが、かすれた声で呟いた。
そして、震える手で、肉を口に運ぶ。
塩辛い涙の味がする。
でも、不思議と、胸には温かさが広がっていった。
美味しい。
本当に、美味しい。
涙と一緒に食べる肉は、ぐっと心に染みた。
◇
ミーシャは、相変わらず優雅にスプーンを口元に運んでいた。
背筋を伸ばし、肘をつかず、音を立てずに食べる。
教会で叩き込まれた、完璧なテーブルマナー。
聖女として振る舞うことが、呼吸をするように自然になっていた。
だが、その空色の瞳は、さりげなく周囲を観察していた。
レオンがエリナの様子に気づいて、無言で肉を取り分けてあげている。
何も言わず、何も聞かず、ただ優しさだけを示したのだ。
――面白いわね。
ミーシャは、心の中で呟いた。
普通の男なら、泣いている女の子を見たら、慌てて声をかけるだろう。
「どうしたの?」「大丈夫?」「何があったの?」と。
でも、この男は違う。
聞かない。踏み込まない。
ただ、そっと寄り添うだけ。
それが、今のエリナには一番必要なことだと、分かっているかのように。
――ちょっと……気になるわね。
ミーシャは、スプーンを口に運びながら、興味深そうな空色の瞳でレオンを見つめた。
◇
一方、ルナは肉を夢中で頬張りながら、ふと我に返った。
自分の両手を見る。
油まみれ。肉汁まみれ。
口の周りも、きっと酷いことになっているだろう。
――また、やってしまった。
まるで飢えた野犬のような食べ方。
かつて、名門魔法学院で、最低限の作法は叩き込まれたはずなのに。
こんな、みっともない姿を晒している。
恥ずかしさで、頬が熱くなった。
ルナは、小さく咳払いをした。
「ご、ごめん……みっともない食べ方して……」
慌てて、ナプキンで口元を拭う。
だが、エリナは屈託なく笑った。
さっきまで涙を浮かべていたとは思えない、明るい笑顔だった。
「ふふっ、大丈夫よ?」
漆黒の瞳が、優しく細められている。
「美味しいものは、周り気にせず、伸び伸びと食べていいのよ?」
そう言いながら、エリナ自身も、シチューを勢いよく食べた。
口の周りにクリームがついているのにも気づかず、幸せそうに頬を膨らませている。
「ね?」
その純粋な笑顔に、ルナの肩から力が抜けていった。
ああ、そうか。
ここには、自分を馬鹿にする人はいないんだ。
みんな、同じように傷ついて、同じように這い上がろうとしている仲間なんだ。
「……そう?」
ルナは、小さく微笑んだ。
そして、再び肉に手を伸ばす。
今度は、躊躇わなかった。
思い切りかぶりつく。肉汁が頬を伝う。
でも、気にしない。
美味しい。それでいい。
「あ、ルナ! 服にまでソースが飛んでるわよ?」
シエルが、慌てて指差した。
「え、どこ?」
「こっち。ほら」
シエルが、自分のナプキンでルナの服を拭いてあげる。
その手つきは、まるで姉が妹の世話をするかのように、自然だった。
「あちゃー。これが一番まともな服なのに……」
ルナは、口を尖らせた。
レオンは、そんな少女たちのやり取りを見ながら、胸の奥が温かくなるのを感じていた。
さっきまで触れるもの皆斬りかからんばかりに殺気を放っていた四人が、今はこうして笑っている。
これが、本来の彼女たちのパーティなのだろう。
「大丈夫! これからは、服もどんどん新調できるようになるよ」
レオンはにこやかに笑いかける。
「えっ!?」
ルナの緋色の瞳が、大きく見開かれた。



