【運命鑑定】で拾った訳あり美少女たち、SSS級に覚醒させたら俺への好感度がカンスト!? ~戦闘力ゼロの追放軍師、最強パーティ(全員嫁候補)と送る甘々ライフ~

 シエルも、目の前の肉塊をしばらく見つめていた。

 湯気が立ち昇る、黄金色に焼き上げられた肉。

 表面はカリカリで、中はジューシー。切り分けると、肉汁がじゅわっと溢れ出す。

 こんな上等な肉を、最後に食べたのはいつだったろう。

 恐る恐る、一口かみしめる。

 その瞬間、シエルの体が固まった。

 俯いたまま、動かなくなる。

 銀色の睫毛の下で、碧眼が揺れていた。

 ――美味しい。

 こんなに美味しいものを、久しぶりに食べた。

 いつ次の食事にありつけるか分からない逃亡生活では、決して口にできなかった味。

 肉の旨味が、口の中いっぱいに広がる。

 噛みしめるたびに、幸福感が全身を駆け巡る。

 そして、同時に。

 涙が、にじんできた。

 ずっと追われ続けてきた。

 六十歳の好色な大貴族との政略結婚が決まり、「お前はアステリア家の商品だ」と、父に言われた。

 「家のために尽くすのが、貴族の娘の務めだ」と。

 シエルは、それに抗った。

 自ら髪を切り、男装して、家を出た。

 「商品価値」をなくすために。自分の人生を、自分で決めるために。

 それから数か月、実家の追手から逃げ続けた。

 路地裏で眠り、残飯で飢えを凌ぎ、時には盗みを働いたこともある。

 何とかこのクーベルノーツの街まで辿り着いたものの、まともな仕事は見つからなかった。

 エリナたちとパーティーを組んでからも食費を削り、宿代を削り、ギリギリの生活。

 そんな日々の中で、こんな上等な肉を食べることなど、夢のまた夢だった。

 シエルは、静かに涙を拭う。

 そんな限界の暮らしも今日、ようやく終わりを迎えようとしている。

 未来に明るい光が差し込んだのだ。

 その事実が、シエルの胸を熱くさせた。


      ◇


 エリナがシチューを一口含んだ瞬間、その体が凍りついた。

 スプーンを持つ手が、微かに震えている。

 漆黒の瞳が、大きく見開かれた。

 ――この味は。

 じゃがいもの優しい甘み。人参の素朴な味わい。ローリエの上品な香り。そして、最後に加えられた生クリームのまろやかさ。

 それは、死んだ母が作ってくれたシチューと、恐ろしいほど似ていた。

 記憶が、堰を切ったように溢れ出す。

 五年前。運命の日の、前夜。

 あの日、家族で夕食を囲んでいた。

 小さな村の、小さな家。

 でも、そこには確かな温もりがあった。

 母が作ってくれた、特製のシチュー。

『エリナ、おかわりは?』

 母の優しい声が、耳の奥で蘇る。

 柔らかな栗色の髪。優しい茶色の瞳。エプロン姿で、お玉を持って微笑んでいた。

『もうお腹いっぱい!』

『あら、せっかく作ったのに』

 母は、少しだけ残念そうに笑った。

『じゃあ、明日の朝、温め直して食べましょうね』

 明日。

 その「明日」は、二度と来なかった。

 翌朝、盗賊団が村を襲った。

 朝霧の中から、突然現れた黒い影たち。

 松明の炎。悲鳴。剣戟の音。

 父は、家族を守るために剣を取った。

 農夫だった父が、錆びた剣を握って、盗賊たちの前に立ちはだかった。

『エリナ、母さんと弟を連れて逃げろ!』

 それが、父の最後の言葉だった。

 背中を斬られて倒れる父の姿を、エリナは見た。

 母は、エリナを逃がすために盾となった。

『エリナ、マイクを連れて走りなさい! 振り返っちゃダメ!』

 母の背中に、盗賊の刃が突き刺さった。

 それでも母は、最後まで立っていた。エリナたちが逃げる時間を稼ぐために。

 弟のマイクは、逃げる途中で矢に射抜かれた。

 まだ八歳だった。小さな体が、エリナの腕の中で崩れ落ちた。

『お姉……ちゃん……』

 弱々しい声で、弟はエリナの手を握った。

 その手が、力を失うまで、そう長くはかからなかった。

 全てが、血と炎に呑まれた。

 あの温かな食卓は、永遠に失われた。

 エリナの漆黒の瞳に、透明な雫が浮かんだ。

 慌てて俯き、長い黒髪で顔を隠す。

 ――私だけが、生き残った。

 家族は皆死んだのに、私だけが生きている。

 そして今、こんな美味しいものを食べている。

 こんな温かい場所で、笑っている。

 罪悪感が、エリナの胸を締め付けた。

 父さん。母さん。マイク。

 ごめんなさい。私だけ、こんな……。

 レオンは、そんなエリナの様子に気づいていた。

 震える肩。俯いた顔。黒髪で隠された表情。

 何があったかは分からない。

 でも、彼女が深い傷を抱えていることは、見れば分かった。

 訳ありの少女たちだ、トラウマを引き起こす地雷はそこら中にあるのだろう。

 ふとした味、匂い、音、言葉が、過去の記憶を呼び覚ます。

 それは、傷を負った者なら誰でも経験すること。

 しかし、かける言葉が思いつかなかった。