「嫌だ!」
シエルが叫んだ。
涙を流しながら。声を振り絞って。魂の底から、悲痛な叫びを上げた。
「私はもう、父様の人形じゃない!」
声が震える。けれど止まらない。止められない。
「家の道具でもない! 私には……私の居場所があるの! 私を必要としてくれる仲間がいるの!」
その叫びが公園に響き渡った。木々の葉が震える。
「お願い……お願いだから……私から、それを奪わないで……!」
最後は、懇願だった。幼い子供が親に縋るような、切ない声。
レオンの胸が、締め付けられた。シエルの震える体を、レオンはぎゅっと抱きしめる。
けれどギルバートは、動じなかった。
いや――動じないように見せていたのだ。
その瞳の奥で、何かが揺らいでいる。けれど彼は騎士だった。命令に従うことが、彼の全てなのだ。
ギルバートは静かに右手を上げた。
その瞬間、残りの騎士団が一斉に動いた。
木を包囲し、退路を完全に断つ。盾を重ね、槍を構え、完璧な陣形を組み上げる。それは一糸の乱れもない、芸術的なまでの統率。
もう弓矢は通じない。もう逃げ場はない。
Aランクパーティすら単独で壊滅させる、王国最強の包囲網。
膠着状態。
重い沈黙が公園を支配する――。
「大丈夫、仲間を信じよう――」
レオンは青ざめるシエルを優しく温めた。
ペンダントの魔道具が発信する魔力で場所も分かっているはずだ。
きっと――来る。
◇
その時だった。
空気が、震えた。
「邪魔よ、アンタたちィィィ!」
青空を切り裂く、元気な声。
そして――天から降ってきたのは、巨大な炎の龍だった。
グオオオオオォォォォ!
咆哮が公園を揺るがした。灼熱の波動が夜気を焼き、騎士たちの顔を赤く照らす。うねる炎の体躯。燃え盛るたてがみ。紅蓮の瞳。それは神話から抜け出してきたかのような、圧倒的な存在だった。
炎龍が、騎士団めがけて突進する。
「なっ……!?」
「回避だ! 散れェ!」
「うわぁぁぁぁ!」
完璧だったはずの陣形が、一瞬で崩壊した。騎士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
次の瞬間、炎龍が地面に激突した。
ドォォォンッ!
大爆発が起こり、衝撃波が木々を薙ぎ倒す。土煙が舞い上がり、視界を覆い尽くす。熱風がレオンとシエルの頬を撫で、夜空に火の粉が舞い上がった。
けれど、それで終わりではなかった。
逃げ惑う騎士たちの足元に、突然――光る沼が現れた。
ドロドロと粘ついた泥の沼。黄金色に輝くその沼は、まるで生き物のように蠢きながら、じわじわと広がっていく。
「うわっ! 何だこれは!」
「足が……足が抜けない!」
騎士たちの足が沼に捕らえられ、ゆっくりと沈んでいく。もがけばもがくほど、深く沈む。抜け出そうとすればするほど、泥が絡みつく。
「うちの家族にちょっかい出すのは、どこの殿方ですの?」
煙の中から、一人の少女が姿を現した。
陽光のように輝く金髪。慈愛に満ちた空色の瞳。清純な白の僧衣を纏った聖女と見紛う美少女。
けれど今、その顔に浮かんでいるのは聖女の微笑みではなかった。冷たく、禍々しい、本性の笑み。ロッドを高く掲げながら、彼女はニヤリと唇を歪めた。
「アルカナに剣を向けた罪……思い知っていただきますわ」
その声は甘く、けれど底冷えするほど冷酷だった。
泥の沼がどんどん広がっていく。騎士たちが次々と沈み、腰まで、胸まで――身動きが取れなくなっていく。
そしてもう一人。
赤い閃光が空を切り裂いた。
それはギルバートただ一人を目掛けて、一直線に突き進んでいく。
「仲間に手を出すなぁぁぁ!」
愛剣を構えた黒髪の剣士の瞳が、真っ直ぐにギルバートを射抜いている。
おぉぉぉぉ!
刹那、エリナの剣が、ギルバートの大剣と激突した。
ガキィィィィンッ!
甲高い金属音が、青空に響き渡った。
火花が散り、衝撃波が周囲の空気を震わせる。二つの刃が激しくせめぎ合い、互いの力を測り合う。
エリナの黒曜石の瞳と、ギルバートの鋼のような瞳が、真正面からぶつかり合った。
互いの息遣いが聞こえる距離。互いの殺気が肌を刺す距離。一瞬の油断が死に直結する、命懸けの鍔迫り合い。
「ほう……?」
ギルバートが、初めて表情を変えた。
その顔に浮かんだのは、驚き。そして――興味。
「なかなかやるな、小娘」
その言葉には、純粋な賞賛が込められていた。この若さで、自分と対峙できるとは。
「当然よ!」
エリナが歯を食いしばり、渾身の力で剣を押し返す。筋肉が軋み、腕が震える。けれど瞳の光は消えない。
「私たちの……家族は……渡さないわ!」
その叫びと共に、エリナは剣を振るった。
ガキィィィン! と再度重厚な金属音が響き渡る。
けれどギルバートの大剣は、微動だにしない。まるで岩壁に剣を打ち付けているかのような、絶対的な硬さ。
エリナは内心で驚愕した。
これが……王国最強の騎士……!
力の差は歴然だった。経験も足りないが、何より――純粋な膂力が違いすぎる。このまま押し合いを続ければ、間違いなく負ける。
エリナはとっさに後方へ跳躍し、距離を取った。
着地と同時に剣を構え直す。息が荒い。腕が痺れている。けれど目だけは、獲物を狙う狼のように鋭く光っていた。
シエルが叫んだ。
涙を流しながら。声を振り絞って。魂の底から、悲痛な叫びを上げた。
「私はもう、父様の人形じゃない!」
声が震える。けれど止まらない。止められない。
「家の道具でもない! 私には……私の居場所があるの! 私を必要としてくれる仲間がいるの!」
その叫びが公園に響き渡った。木々の葉が震える。
「お願い……お願いだから……私から、それを奪わないで……!」
最後は、懇願だった。幼い子供が親に縋るような、切ない声。
レオンの胸が、締め付けられた。シエルの震える体を、レオンはぎゅっと抱きしめる。
けれどギルバートは、動じなかった。
いや――動じないように見せていたのだ。
その瞳の奥で、何かが揺らいでいる。けれど彼は騎士だった。命令に従うことが、彼の全てなのだ。
ギルバートは静かに右手を上げた。
その瞬間、残りの騎士団が一斉に動いた。
木を包囲し、退路を完全に断つ。盾を重ね、槍を構え、完璧な陣形を組み上げる。それは一糸の乱れもない、芸術的なまでの統率。
もう弓矢は通じない。もう逃げ場はない。
Aランクパーティすら単独で壊滅させる、王国最強の包囲網。
膠着状態。
重い沈黙が公園を支配する――。
「大丈夫、仲間を信じよう――」
レオンは青ざめるシエルを優しく温めた。
ペンダントの魔道具が発信する魔力で場所も分かっているはずだ。
きっと――来る。
◇
その時だった。
空気が、震えた。
「邪魔よ、アンタたちィィィ!」
青空を切り裂く、元気な声。
そして――天から降ってきたのは、巨大な炎の龍だった。
グオオオオオォォォォ!
咆哮が公園を揺るがした。灼熱の波動が夜気を焼き、騎士たちの顔を赤く照らす。うねる炎の体躯。燃え盛るたてがみ。紅蓮の瞳。それは神話から抜け出してきたかのような、圧倒的な存在だった。
炎龍が、騎士団めがけて突進する。
「なっ……!?」
「回避だ! 散れェ!」
「うわぁぁぁぁ!」
完璧だったはずの陣形が、一瞬で崩壊した。騎士たちが蜘蛛の子を散らすように逃げ惑う。
次の瞬間、炎龍が地面に激突した。
ドォォォンッ!
大爆発が起こり、衝撃波が木々を薙ぎ倒す。土煙が舞い上がり、視界を覆い尽くす。熱風がレオンとシエルの頬を撫で、夜空に火の粉が舞い上がった。
けれど、それで終わりではなかった。
逃げ惑う騎士たちの足元に、突然――光る沼が現れた。
ドロドロと粘ついた泥の沼。黄金色に輝くその沼は、まるで生き物のように蠢きながら、じわじわと広がっていく。
「うわっ! 何だこれは!」
「足が……足が抜けない!」
騎士たちの足が沼に捕らえられ、ゆっくりと沈んでいく。もがけばもがくほど、深く沈む。抜け出そうとすればするほど、泥が絡みつく。
「うちの家族にちょっかい出すのは、どこの殿方ですの?」
煙の中から、一人の少女が姿を現した。
陽光のように輝く金髪。慈愛に満ちた空色の瞳。清純な白の僧衣を纏った聖女と見紛う美少女。
けれど今、その顔に浮かんでいるのは聖女の微笑みではなかった。冷たく、禍々しい、本性の笑み。ロッドを高く掲げながら、彼女はニヤリと唇を歪めた。
「アルカナに剣を向けた罪……思い知っていただきますわ」
その声は甘く、けれど底冷えするほど冷酷だった。
泥の沼がどんどん広がっていく。騎士たちが次々と沈み、腰まで、胸まで――身動きが取れなくなっていく。
そしてもう一人。
赤い閃光が空を切り裂いた。
それはギルバートただ一人を目掛けて、一直線に突き進んでいく。
「仲間に手を出すなぁぁぁ!」
愛剣を構えた黒髪の剣士の瞳が、真っ直ぐにギルバートを射抜いている。
おぉぉぉぉ!
刹那、エリナの剣が、ギルバートの大剣と激突した。
ガキィィィィンッ!
甲高い金属音が、青空に響き渡った。
火花が散り、衝撃波が周囲の空気を震わせる。二つの刃が激しくせめぎ合い、互いの力を測り合う。
エリナの黒曜石の瞳と、ギルバートの鋼のような瞳が、真正面からぶつかり合った。
互いの息遣いが聞こえる距離。互いの殺気が肌を刺す距離。一瞬の油断が死に直結する、命懸けの鍔迫り合い。
「ほう……?」
ギルバートが、初めて表情を変えた。
その顔に浮かんだのは、驚き。そして――興味。
「なかなかやるな、小娘」
その言葉には、純粋な賞賛が込められていた。この若さで、自分と対峙できるとは。
「当然よ!」
エリナが歯を食いしばり、渾身の力で剣を押し返す。筋肉が軋み、腕が震える。けれど瞳の光は消えない。
「私たちの……家族は……渡さないわ!」
その叫びと共に、エリナは剣を振るった。
ガキィィィン! と再度重厚な金属音が響き渡る。
けれどギルバートの大剣は、微動だにしない。まるで岩壁に剣を打ち付けているかのような、絶対的な硬さ。
エリナは内心で驚愕した。
これが……王国最強の騎士……!
力の差は歴然だった。経験も足りないが、何より――純粋な膂力が違いすぎる。このまま押し合いを続ければ、間違いなく負ける。
エリナはとっさに後方へ跳躍し、距離を取った。
着地と同時に剣を構え直す。息が荒い。腕が痺れている。けれど目だけは、獲物を狙う狼のように鋭く光っていた。



