だが――。
「いたぞーーッ! あの木の上だ!」
叫び声が、静寂を切り裂いた。
レオンはギリッと奥歯を噛みしめた。見つかった。ついに、見つかってしまった。
次々と集まってくる騎士たちの視線が、一斉に木の上へと向けられる。殺気立った眼差し。数十の視線が、まるで無数の刃のように二人を貫いた。
「降りてきてください! シエル様! お迎えに参りました!」
騎士の低く威圧的な声が響き渡る。その声には、有無を言わせぬ力があった。
シエルの体が、びくりと震えた。
レオンはシエルの肩をさらに強く抱きしめた。細い体が、小刻みに震えているのが分かる。
まだだ。まだ諦めない。絶対に、シエルを渡すものか。
◇
シエルは大きく息を吸い込むと、震える手で弓を構えた。
矢筒から矢を取り出す。矢じりには、昏倒効果のある小さな魔道具を装着していく。これなら殺さずに無力化できる。殺したくない。たとえ自分を捕らえに来た者であっても。
「私は……家へは帰りません!」
シエルの凛とした声が響いた。
「近づくなら……撃ちます!」
弓を引き絞る。
「もう逃げられませんよ? 大人しく降伏してください」
騎士が叫ぶ。その声には、嘲りが混じっていた。子供に何ができる、と。
「降伏なんて……しないわ!」
シエルは木に登ろうとした騎士に向けて、矢を放った。
ヒュンッ――!
青白い光が夜闘を切り裂く。矢は寸分の狂いもなく、騎士の首筋に吸い込まれた。
「グハァッ!」
騎士の全身が痺れ、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「撃ってきた! 散開しろ!」
騎士たちが慌てて距離を取る。けれどシエルの目は冷静だった。
「狙いは、外さないわ……」
ヒュンッ!
次の矢は青い光の軌跡を描き、逃げようとした騎士の首筋に正確に命中した。
「ぐあっ……!?」
騎士の体が痙攣し、全身から力が抜けて地面に倒れ込む。
「くそっ! 盾を構えろ!」
別の騎士が盾を掲げる。金属製の大盾。これなら矢を防げるはずだった。
けれどシエルの矢は、盾の隙間を縫うように飛んだ。まるで生き物のように軌道を変え、騎士の肩口に突き刺さる。
「がはっ……!」
また一人、倒れる。
ヒュン、ヒュン、ヒュン。
次々と放たれる矢。それはまさに百発百中。まるで銀色の死神のように神がかった精度だった。
騎士たちは次々とその場に崩れ落ちていく。
けれどシエルの表情は険しかった。
矢が、足りない。
矢筒の中身がどんどん減っていく。指先が空を掻くたびに、残りの矢が一本、また一本と消えていく。この調子では、すぐに尽きてしまう。
そして騎士たちも学習した。
距離を取り、盾を重ね、完璧な防御陣形を組む。もう簡単には当たらない。
樹上のシエルと地上の騎士たち――。
睨み合いが続く。重く、張り詰めた沈黙。
その時だった。
騎士たちの列が、まるで海が割れるように左右に分かれた。
一人の男が前に出てくる。
蒼き獅子の紋章が刻まれた荘厳な外套。手には重厚な大剣――。
その存在感は、圧倒的だった。
レオンは息を呑む。
あれが……団長……。
シエルの体が、硬直した。
弓を構えていた手が、力を失ったように下がっていく。顔から血の気が引き、唇が震えている。碧眼が大きく見開かれた――。
それは深い悲しみだった。
男は木の上を見上げ、静かに口を開いた。
「シエルお嬢様」
その声は鋼のように硬質だった。感情を押し殺した平坦な響き。けれどその奥に、確かに何かが滲んでいた。悲しみ。苦悩。そして――断ち切れない想い。
「お遊びは、そこまでにしていただきたい」
その言葉を聞いた瞬間、シエルの目から涙が溢れた。
「……ギルバート……先生……」
その呟きは、あまりにも小さかった。風に溶けて消えてしまいそうなほど、儚い声。
幼い頃から慕ってきた騎士。初めて木剣を握った日、手取り足取り教えてくれた師。転んで泣いた時、そっと頭を撫でてくれた人。「強くなれ」と、いつも優しく見守ってくれた人。
その人が今、自分を捕らえるために立っている。
あの頃と同じ顔。あの頃と同じ声。けれど今、その手には剣が握られている。自分に向けられた、冷たい刃。
なぜ。どうして。先生が。
シエルの心が、軋む音を立てて崩れていく。
ギルバートは表情を変えずに続けた。
「さあ、お屋敷へお戻りください。公爵様がお待ちです」
その言葉が、シエルの心を深く抉る。
公爵様。父様。自分を「商品」として扱い、好色で高齢な王族に売り渡そうとした人。自分の人生を、自分の幸せを、何とも思わない人。
あの家に戻れば、もう二度と自由はない。もう二度と、仲間たちに会えない。もう二度と――自分らしく生きることはできない。
「いたぞーーッ! あの木の上だ!」
叫び声が、静寂を切り裂いた。
レオンはギリッと奥歯を噛みしめた。見つかった。ついに、見つかってしまった。
次々と集まってくる騎士たちの視線が、一斉に木の上へと向けられる。殺気立った眼差し。数十の視線が、まるで無数の刃のように二人を貫いた。
「降りてきてください! シエル様! お迎えに参りました!」
騎士の低く威圧的な声が響き渡る。その声には、有無を言わせぬ力があった。
シエルの体が、びくりと震えた。
レオンはシエルの肩をさらに強く抱きしめた。細い体が、小刻みに震えているのが分かる。
まだだ。まだ諦めない。絶対に、シエルを渡すものか。
◇
シエルは大きく息を吸い込むと、震える手で弓を構えた。
矢筒から矢を取り出す。矢じりには、昏倒効果のある小さな魔道具を装着していく。これなら殺さずに無力化できる。殺したくない。たとえ自分を捕らえに来た者であっても。
「私は……家へは帰りません!」
シエルの凛とした声が響いた。
「近づくなら……撃ちます!」
弓を引き絞る。
「もう逃げられませんよ? 大人しく降伏してください」
騎士が叫ぶ。その声には、嘲りが混じっていた。子供に何ができる、と。
「降伏なんて……しないわ!」
シエルは木に登ろうとした騎士に向けて、矢を放った。
ヒュンッ――!
青白い光が夜闘を切り裂く。矢は寸分の狂いもなく、騎士の首筋に吸い込まれた。
「グハァッ!」
騎士の全身が痺れ、糸の切れた人形のように崩れ落ちる。
「撃ってきた! 散開しろ!」
騎士たちが慌てて距離を取る。けれどシエルの目は冷静だった。
「狙いは、外さないわ……」
ヒュンッ!
次の矢は青い光の軌跡を描き、逃げようとした騎士の首筋に正確に命中した。
「ぐあっ……!?」
騎士の体が痙攣し、全身から力が抜けて地面に倒れ込む。
「くそっ! 盾を構えろ!」
別の騎士が盾を掲げる。金属製の大盾。これなら矢を防げるはずだった。
けれどシエルの矢は、盾の隙間を縫うように飛んだ。まるで生き物のように軌道を変え、騎士の肩口に突き刺さる。
「がはっ……!」
また一人、倒れる。
ヒュン、ヒュン、ヒュン。
次々と放たれる矢。それはまさに百発百中。まるで銀色の死神のように神がかった精度だった。
騎士たちは次々とその場に崩れ落ちていく。
けれどシエルの表情は険しかった。
矢が、足りない。
矢筒の中身がどんどん減っていく。指先が空を掻くたびに、残りの矢が一本、また一本と消えていく。この調子では、すぐに尽きてしまう。
そして騎士たちも学習した。
距離を取り、盾を重ね、完璧な防御陣形を組む。もう簡単には当たらない。
樹上のシエルと地上の騎士たち――。
睨み合いが続く。重く、張り詰めた沈黙。
その時だった。
騎士たちの列が、まるで海が割れるように左右に分かれた。
一人の男が前に出てくる。
蒼き獅子の紋章が刻まれた荘厳な外套。手には重厚な大剣――。
その存在感は、圧倒的だった。
レオンは息を呑む。
あれが……団長……。
シエルの体が、硬直した。
弓を構えていた手が、力を失ったように下がっていく。顔から血の気が引き、唇が震えている。碧眼が大きく見開かれた――。
それは深い悲しみだった。
男は木の上を見上げ、静かに口を開いた。
「シエルお嬢様」
その声は鋼のように硬質だった。感情を押し殺した平坦な響き。けれどその奥に、確かに何かが滲んでいた。悲しみ。苦悩。そして――断ち切れない想い。
「お遊びは、そこまでにしていただきたい」
その言葉を聞いた瞬間、シエルの目から涙が溢れた。
「……ギルバート……先生……」
その呟きは、あまりにも小さかった。風に溶けて消えてしまいそうなほど、儚い声。
幼い頃から慕ってきた騎士。初めて木剣を握った日、手取り足取り教えてくれた師。転んで泣いた時、そっと頭を撫でてくれた人。「強くなれ」と、いつも優しく見守ってくれた人。
その人が今、自分を捕らえるために立っている。
あの頃と同じ顔。あの頃と同じ声。けれど今、その手には剣が握られている。自分に向けられた、冷たい刃。
なぜ。どうして。先生が。
シエルの心が、軋む音を立てて崩れていく。
ギルバートは表情を変えずに続けた。
「さあ、お屋敷へお戻りください。公爵様がお待ちです」
その言葉が、シエルの心を深く抉る。
公爵様。父様。自分を「商品」として扱い、好色で高齢な王族に売り渡そうとした人。自分の人生を、自分の幸せを、何とも思わない人。
あの家に戻れば、もう二度と自由はない。もう二度と、仲間たちに会えない。もう二度と――自分らしく生きることはできない。



