最初に向かったのは肉屋だった。
(エリナは赤身の肉が大好きだったな……多めに買っておこう)
店先には様々な肉が吊るされている。豚、牛、鶏、そして猪。
「お、兄ちゃん! 今日はまた一段といい肉が入ってるぜ!」
屈強な体格の店主が包丁を研ぎながら声をかけてきた。その顔には人懐っこい笑みが浮かんでいる。
「じゃあ、こいつをひと塊……」
レオンが指差すと、店主が豪快に笑った。
「おう、いいねぇ! 食べ盛りの家族がいるのか?」
「ええ。とても大切な家族です」
その言葉は自然と口をついて出た。血の繋がりはない。出会ってからまだ日も浅い。けれど確かに、彼女たちは自分の家族なのだ。
「いいねぇ! よーし、オマケしといてやろう!」
レオンの言葉に店主は満足げに頷き、気前よく肉を包んでくれた。
次に向かったのは八百屋だった。
(ルナは……ジャガイモが好きだったな。シチューに入れるジャガイモは、煮崩れしないねっとりとしたやつを多めに入れてやろう)
泥のついたジャガイモを一つずつ慈しむように選んでいく。手に取り、重さを確かめ、形を見る。ルナの喜ぶ顔を想像しながら、最高のものだけを選び抜いた。あの子は素直じゃないから「別に、普通」とか言うんだろうな。でも、きっと目が輝くはずだ。そんなことを考えながら。
香辛料の屋台では、店主の老婆と相談しながら最適なハーブを選び抜いた。
(ミーシャは……常に冷静沈着だが、その実、誰よりも繊細だ。心を落ち着かせる香りの良いローリエとタイムを入れよう)
老婆が「いい選択だね」と褒めてくれた。ミーシャは聖女の仮面の下で、誰よりも傷つきやすい心を持っている。だからこそ、彼女の心を癒すような料理を作りたかった。
果物屋では、大きく蜜がたっぷり入っていそうな真っ赤なリンゴを四つ買った。
(シエルは……この間リンゴを見て子供のころを思い出していたな)
公爵家を追われ、故郷に帰れなくなった彼女。それでも幼少期の思い出には心温まるものもあっただろう。リンゴを見て微笑む彼女の顔が見たかった。
買い出した中身はただの食材ではなかった。それはレオンにとっての『アルカナ』そのもの。彼の仲間への想いが詰まった絆の結晶だった。
「さーて、急いで帰らなきゃ! みんないつ頃帰ってくるかな? もう帰ってるかもしれないな!」
レオンはバッグを抱え小走りで急ぐ。夕日がその背中を優しく照らしていた。
◇
屋敷に戻るとそこは静まり返っていた。ただ時計の音だけがカチ、カチと規則正しく響いている。
その静寂がレオンの心に重くのしかかる。
(……みんな、無事だろうか)
不安が胸をよぎる。けれどその不安を振り払うようにレオンはキッチンへと向かった。今は料理に集中しよう。みんなが帰ってきた時に、温かい食事で迎えてあげよう。
エプロンを身につけ野菜を切っていく。トン、トン、トンとまな板の上で包丁が規則正しく音を立てる。その単純な作業が不思議と心を落ち着かせてくれた。ジャガイモの皮を剥き、ニンジンを切り、タマネギをみじん切りにする。一つ一つの動作に、仲間への想いを込めて。
鍋に油を引き火をつけると、ニンニクを刻んで鍋に入れる。ジュウという音と共に香ばしい香りが立ち上り、キッチン全体に広がっていく。肉を入れるとジュウジュウという響きが加わり、野菜を入れるとさらに音が賑やかになる。炒めて混ぜて、香りがどんどん複雑になっていく。
「いいぞ、美味そうだ……」
水を入れ、調味料とローリエとタイムを入れて煮込んでいく。コトコト、コトコトと鍋が煮える優しい音。その淡々とした音が心にしみていく。
レオンは椅子に座り鍋を見つめた。窓の外では既に日が沈み始めている。
(みんな……まだかな……?)
レオンはただ待つことしかできない。仲間たちが無事に帰ってくるのを、ただ祈りながら。料理の香りが屋敷全体に広がっていく。
◇
暗くなり灯りをともす頃、シチューが完成した。
鍋の蓋を開けると湯気が立ち上り、肉と野菜の旨味が溶け合ってハーブの香りが鼻腔をくすぐる。完璧だ。これなら疲れたみんなの体を温め、心を癒してくれるはずだ。
レオンは鍋を火から下ろしテーブルの準備を始めた。皿を五枚並べ、スプーンを置き、パンを切り、バターを用意する。全てが整った。後はみんなが帰ってくるのを待つだけ――。
窓の外を見ると既に空は藍色に染まっていた。美しい夕暮れ。けれどレオンの心には不安の影が落ちていく。
(もう、そろそろ帰ってきてもおかしくないのに……)
レオンは椅子に座り窓の外を見つめた。カチ、カチと時計の音だけが響く。通りの家々の窓に灯りがともり、星が一つまた一つと輝き始める。けれどみんなの声は聞こえてこない。
ルナの快活な笑い声、シエルの落ち着いた声、ミーシャの柔らかな声、エリナの少しぶっきらぼうな声。耳をどんなにそばだてても聞こえてこない。
準備が整った食卓は冷たく静まり返っているだけだった。五つの皿が空しく並んでいる。せっかく作ったシチューが、少しずつ冷めていく。
(エリナは赤身の肉が大好きだったな……多めに買っておこう)
店先には様々な肉が吊るされている。豚、牛、鶏、そして猪。
「お、兄ちゃん! 今日はまた一段といい肉が入ってるぜ!」
屈強な体格の店主が包丁を研ぎながら声をかけてきた。その顔には人懐っこい笑みが浮かんでいる。
「じゃあ、こいつをひと塊……」
レオンが指差すと、店主が豪快に笑った。
「おう、いいねぇ! 食べ盛りの家族がいるのか?」
「ええ。とても大切な家族です」
その言葉は自然と口をついて出た。血の繋がりはない。出会ってからまだ日も浅い。けれど確かに、彼女たちは自分の家族なのだ。
「いいねぇ! よーし、オマケしといてやろう!」
レオンの言葉に店主は満足げに頷き、気前よく肉を包んでくれた。
次に向かったのは八百屋だった。
(ルナは……ジャガイモが好きだったな。シチューに入れるジャガイモは、煮崩れしないねっとりとしたやつを多めに入れてやろう)
泥のついたジャガイモを一つずつ慈しむように選んでいく。手に取り、重さを確かめ、形を見る。ルナの喜ぶ顔を想像しながら、最高のものだけを選び抜いた。あの子は素直じゃないから「別に、普通」とか言うんだろうな。でも、きっと目が輝くはずだ。そんなことを考えながら。
香辛料の屋台では、店主の老婆と相談しながら最適なハーブを選び抜いた。
(ミーシャは……常に冷静沈着だが、その実、誰よりも繊細だ。心を落ち着かせる香りの良いローリエとタイムを入れよう)
老婆が「いい選択だね」と褒めてくれた。ミーシャは聖女の仮面の下で、誰よりも傷つきやすい心を持っている。だからこそ、彼女の心を癒すような料理を作りたかった。
果物屋では、大きく蜜がたっぷり入っていそうな真っ赤なリンゴを四つ買った。
(シエルは……この間リンゴを見て子供のころを思い出していたな)
公爵家を追われ、故郷に帰れなくなった彼女。それでも幼少期の思い出には心温まるものもあっただろう。リンゴを見て微笑む彼女の顔が見たかった。
買い出した中身はただの食材ではなかった。それはレオンにとっての『アルカナ』そのもの。彼の仲間への想いが詰まった絆の結晶だった。
「さーて、急いで帰らなきゃ! みんないつ頃帰ってくるかな? もう帰ってるかもしれないな!」
レオンはバッグを抱え小走りで急ぐ。夕日がその背中を優しく照らしていた。
◇
屋敷に戻るとそこは静まり返っていた。ただ時計の音だけがカチ、カチと規則正しく響いている。
その静寂がレオンの心に重くのしかかる。
(……みんな、無事だろうか)
不安が胸をよぎる。けれどその不安を振り払うようにレオンはキッチンへと向かった。今は料理に集中しよう。みんなが帰ってきた時に、温かい食事で迎えてあげよう。
エプロンを身につけ野菜を切っていく。トン、トン、トンとまな板の上で包丁が規則正しく音を立てる。その単純な作業が不思議と心を落ち着かせてくれた。ジャガイモの皮を剥き、ニンジンを切り、タマネギをみじん切りにする。一つ一つの動作に、仲間への想いを込めて。
鍋に油を引き火をつけると、ニンニクを刻んで鍋に入れる。ジュウという音と共に香ばしい香りが立ち上り、キッチン全体に広がっていく。肉を入れるとジュウジュウという響きが加わり、野菜を入れるとさらに音が賑やかになる。炒めて混ぜて、香りがどんどん複雑になっていく。
「いいぞ、美味そうだ……」
水を入れ、調味料とローリエとタイムを入れて煮込んでいく。コトコト、コトコトと鍋が煮える優しい音。その淡々とした音が心にしみていく。
レオンは椅子に座り鍋を見つめた。窓の外では既に日が沈み始めている。
(みんな……まだかな……?)
レオンはただ待つことしかできない。仲間たちが無事に帰ってくるのを、ただ祈りながら。料理の香りが屋敷全体に広がっていく。
◇
暗くなり灯りをともす頃、シチューが完成した。
鍋の蓋を開けると湯気が立ち上り、肉と野菜の旨味が溶け合ってハーブの香りが鼻腔をくすぐる。完璧だ。これなら疲れたみんなの体を温め、心を癒してくれるはずだ。
レオンは鍋を火から下ろしテーブルの準備を始めた。皿を五枚並べ、スプーンを置き、パンを切り、バターを用意する。全てが整った。後はみんなが帰ってくるのを待つだけ――。
窓の外を見ると既に空は藍色に染まっていた。美しい夕暮れ。けれどレオンの心には不安の影が落ちていく。
(もう、そろそろ帰ってきてもおかしくないのに……)
レオンは椅子に座り窓の外を見つめた。カチ、カチと時計の音だけが響く。通りの家々の窓に灯りがともり、星が一つまた一つと輝き始める。けれどみんなの声は聞こえてこない。
ルナの快活な笑い声、シエルの落ち着いた声、ミーシャの柔らかな声、エリナの少しぶっきらぼうな声。耳をどんなにそばだてても聞こえてこない。
準備が整った食卓は冷たく静まり返っているだけだった。五つの皿が空しく並んでいる。せっかく作ったシチューが、少しずつ冷めていく。



