イケメン転校生はなぜか俺を離さない


  午後の競技も順調に進み、残りは借り物競争だけになった。体育祭のプログラムの中でいちばん盛り上がる種目ということもあり、始まる前から、グラウンドは賑やかな空気に包まれている。中には鼻息を荒くして、落ち着きのなく目を光らせる生徒もいた。
  俺は応援席で水を飲みながら、ふと去年の借り物競争を思い出していた。ルールは簡単。カードの置かれている場所まで走者が一斉に走り、並べられているカードを一枚引き、そこに書かれたお題を手に入れてゴールをするという、シンプルなルールだ。
  去年は「眼鏡」「麦わら帽子」「サングラス」などの物を要求するお題もあれば、「背の高い人」「あなたにとっての美少女」「ダンディな人」「校長先生」など、特定の人を連れてくるよう要求するお題もあった。
  この話だけ聞けば、いたって普通の借り物競争を連想するに違いない。この程度なら盛り上がることはあっても、生徒の大勢が鼻息を荒くして高鳴る感情を握りしめることはないだろう。そう、俺の高校で行われる借り物競争はひと味違う。体育祭で代々伝わる、とある噂があるからだ。
 「今年は出るかな? 『好きな人』のお題」
 「ワクワクしちゃうよね!」
 「え、借り物競争にそんなお題があるの?」
 「ちょっと知らないの? このお題は数年に一度しかお目にかかれない、超レアなカードなのよ」
 「そのコードを引いて、好きな人とゴールした二人は、絶対結ばれるって噂もあるわ」
  実際、去年はそんなお題が出てくることはなかった。が、この体育祭で『好きな人』を引いてゴールした二人は、幸せになるという噂は絶えず流れている。今年こそ出るに違いない、ハリのある声で呟く生徒たちからは、興奮と期待が滲み出ていた。
 「借り物競争に出場する生徒は、招集場所に集まってください」
  放送が流れると、俺の隣に座っていた聖が立ち上がる。賑々しいグラウンドの雰囲気とは裏腹に、その表情は真剣だった。
 「ねえ累」
 「どうした?」
 「これからやる借り物競争のことだけど」
  立ち上がっていた聖が、俺と目線を合わせるように、その場に屈んだ。互いの顔がよく見える。銀色の髪の奥で光る、澄んだ瞳が俺を離さない。「僕のこと、ちゃんと見ててね」
  聖は俺の手を取ると、そう言って優しく微笑んだ。その長い指先は少し冷たくて、ひんやりした感覚が心地いい。
 「ああ、ちゃんも見てるよ。頑張ってこい」
  俺が答えると、聖は安心したように頬を緩ませた。
 ※
  今年の借り物競争は、学年ごとに分けることなく行われるらしい。その証拠に、早速始まった一組目の走者は、一年生と二年生、それから三年生が居た。これでは不公平になるのでは、と考えるのも束の間。
 「髭の生えた人、いますか?」
 「今日の朝飯がパンだった人!」
 「誕生日の方いますか!」
  毎年のことながら、お題の難易度は引いたカードによって様々なため、足の速さは最早、まったく関係ないように思えた。
  クラスメイトに聞いた話だと、聖の出番はいちばん最後で、まだまだ先のことになるという。急な尿意に襲われた俺は、白熱する応援席からこっそり立ち上がり、トイレへ向かうことにした。
 ※
  グラウンドの盛り上がりは、校内に入っても聞こえるくらいだった。用を足して外に戻る間、相変わらず観客の多さに圧倒される。密集して歓声を上げるその姿は、やはりライブ会場のようだった。
  聖の出番が最後とはいえ、この体育祭の盛り上がりを見過ごすわけには行かないと思い立つ。それに、俺の記憶が正しければ、たしか賢人も、借り物競争に参加すると言っていたはずだ。それなら尚更、はやく応援席に戻らないと。集まる人々の横を通って、俺は席に戻ろうとする。そのときだった。
 「累……、累だよな?」
  聞き覚えのある声が聞こえてすぐに、どくりと心臓が鼓動するのが分かった。その声の主は密集する観客から一歩離れると、俺の動きを防ぐように、腕を強く掴んできた。
 「え」
  俺の名を呼ぶ声の正体が分かった途端に、さーっと血の気が引いていくような感覚を覚えた。信じられない。どうしてここに。驚きのあまり声が出なくなる俺とは違い、その男は眉を下げて笑った。
 「久しぶり。俺のこと、覚えてるか?」
  そう言って気まずそうに眉を下げて笑うのは、紛れもない中学時代の同級生、朝川恭介だった。
 ※