イケメン転校生はなぜか俺を離さない


 「累、お昼食べよう」
  弁当袋を抱えた聖が、例のごとく俺の席にやってくる。ひとつの小さな机に、椅子をくっつけて座るのは窮屈だが、嫌ではなかった。「唐揚げいっぱいあるから、いっぱい食べてね」
 「ああ。……なあ聖」
  俺が名前を呼ぶと、隣に座っていた男に、明らかな動揺が滲むのが分かった。
 「ど、どうしたの」
  不意打ちを食らったと言わんばかりに、緊張した様子で俺を見てくる。その視線を感じていながら、俺は目を合わせずに言った。
 「いろいろ、その、ありがとな。聖が居なかったら、俺は変われてなかったと思う。から」
  耳が赤くなるのが分かる。感謝を伝え慣れていないせいか、ぶっきらぼうな粗さが残っていたと思う。その証拠に、聖からの返事はなかった。まさか怒らせたのかと不安に思い、視線を向ける。それからすぐに、俺はたちまち呼吸を止めた。
 「え、おまえなんで泣いて……」
  そこには、俺を見つめて涙を浮かべる聖の姿があったからだ。「だ、大丈夫かよ」
  泣いている友達がいたらどうするのか。人との関わりを絶ってきたツケが回ってきたのだろう。咄嗟の出来事に反応できず、俺はあたふたしてしまう。
 「な、泣くなよ……」
  慌てた結果、俺はとりあえず、聖から零れる涙を拭ってやることにした。ぎこちなさ満載の手つきだった思う。銀色の髪を掻き分けて触れる白い肌は、柔らかかった。「おまえなあ。泣いてたら飯食えねえだろ」
 「僕も」
 「え」
 「僕も累が居たから変われた。あのときからずっと、累に会いたいと思って生きてきた。なのに、まさか累にそう言ってもらえる日が来るなんて、思わなくて。どうしよう、今までが全部報われた気がして、頭が追いつかない」
  支離滅裂な言葉が飛んでくる。いつも冷静な聖が取り乱しているのが愉快で、俺は思わず笑ってしまう。
 「大袈裟だっての」
 ※
  聖の手作り唐揚げは最高だった。肉の旨味をたっぷり含んだ、食べ応え抜群の唐揚げに、食べる箸が止まらない。
 「美味しい?」
 「美味い」
 「良かった」
  相変わらずの笑顔を浮かべて、聖は嬉しそうに笑う。さっきまで泣いていた人間とは思えないほど、楽しそうな表情だった。
  ごくん、と口に含んでいた唐揚げを咀嚼して、唇を舐める。「あのさ」俺は聖を見あげると、これまでずっと避けていた話題を、自分から振ることにした。
 「俺、昔おまえと会ったことあるのか?」
  聖が転校してきた初日。俺を見るなり、親しげに声を掛けてきたあの日の記憶は、今でもはっきり覚えている。だが俺には、聖と話した記憶がなかった。そのせいだろう。なぜか俺のこと知っている聖が不気味に思えて、警戒せずにはいられなかったのだ。だけどもう、見ないふりをするのは終わりにしよう。「教えてくれねえか、俺とどこで出会ったのか。忘れてるなら、ちゃんと思い出したい」
 「……いいの?」
 「いいよ」
 「でも、あのときの僕はちょっと荒れてて、態度が悪かっただろうから……」
 「そんなこと気にしねえよ。今のおまえを見て、ちゃんと分かったから、聞いてんだよ」
  俺が頷くと、聖は途端に嬉しいような、悩ましいような、複雑な表情を浮かべた。そのときのことを思い出して、どこから話すべきか考えているようだった。
 「分かった。じゃあ……」
  やがて聖は首を縦に振り、それからゆっくりと、俺たちの出会いを話してくれた。「前に、うちの母さんが病気で早くに亡くなったって話、したよね。実は累と初めて会ったのは、僕の母さんが入院していた、その病院だったんだ」
 ※
  幼少時代。大好きだったじいちゃんが病気で入院することになったとき。俺は毎日のように病院へ見舞いに来ていた。昔の俺は、病気の意味なんて分かっていなかった。俺が毎日会いに行って、たくさん励ませば、じいちゃんが元気になると信じきっていた。
  実際に、俺が病院に行くと、じいちゃんがベッドから笑顔で迎え入れてくれたから、元気になっていると思っていた。
 「母さん、じいちゃん。俺ちょっとトイレ行ってくる!」
  その日もいつものように見舞いに来ていて、尿意を覚えた俺は、「ついて行こうか」と心配する母に断って、一人病室をあとにした。じいちゃんの見舞いで、この病院には何度も足を運んでいたし、道を覚えるのは得意だったからだ。
  用を足して病室に戻る途中。ふと気まぐれに視線を向けた階段で、俺と同い年くらいの、小さな男の子がいると気づいたのは、そのときだった。病院の中で同い年くらいの人と会うのは初めてだったので、なぜか親近感が湧いたのを覚えている。
  その子供は無表情で、楽しくなさそうな顔をしていた。よく見れば髪が銀色に輝いていて、つい見惚れてしまったのを覚えている。その子供は薄暗な雰囲気をまとって、ひとり階段を登ろうとしていた。
  おかしいな。俺は咄嗟に考える。その階段を登った先にあるのは屋上だけで、病室なんて無いのに。
  そのまま気にせず病室に戻ることも出来た。だが俺はなぜか、その銀髪の子供が気になって仕方がなかった。屋上で一体、何をするつもりなのだろう。もし一人で遊ぼうとしているのなら、遊び相手に立候補したかった。
  階段を上がる。屋上へ通ずる扉の前に立つと、銀髪の子供は迷わず中へ入っていった。あとに続くように、俺も遅れて扉を開ける。太陽の日差しと、冷たいそよ風が心地良い。広々とした屋上は静かで、まるで空を飛んでいるような気分になった。
  しかし、屋上の眺めに夢中になっていたのもそこまで。端のフェンスに両手をかけて、下を眺める虚ろな目を見て思わず、俺は声をかけてしまった。
 「一緒に遊ぼ」
  いま思い返してみれば、少なくとも銀髪の少年が、遊ぶために屋上へ来たわけではないのは確かだった。だけどそのときの俺は、何の迷いもなく銀髪の子供に近づいて、身長の何倍もあるフェンスを握る、細い腕を掴んだ。「暇なら一緒に遊ぼうぜ」
 「あっちに行ってくれ」
  銀髪の子供から帰ってきた言葉は冷たかった。俺の方を見ているのに、その瞳には、誰も映っていないようだった。
 「遊ばないなら、そこで何してるんだよ?」
 「君には関係ないよ」
 「俺さ、早く立派な大人になって、じいちゃんに『立派な大人になったぜ』って言うのが目標なんだ」
 「聞いてないよ」
 「それでさ、立派な大人になりたいんだけど、どうしたらいいと思う?」
 「僕に聞かないでよ」
 「俺は大人になるために、最近はコーヒー飲む練習してる。あとわさびも」
 「そう」
 「じゃあさ、おまえはこれから、どんな大人になりたい?」
  無邪気な子供の質問だった。この先、どんな人間になってたらいいか、少し先の未来の話をしただけだった。けどその銀髪の子供は、俺の質問が気に食わないみたいだった。
 「これからなんて、どうでもいいよ」
 「え」
 「もうすぐ母さんと会えなくなる。だからもう、これからのことなんてどうでもいい」
  冷たく発された言葉の裏に、縋るような弱さが見えた気がして、俺は混乱した。悲しそうな顔が、声が、フェンスを強く握る手が、どうしても気になって仕方がなかった。難しいことはよく分からないが、励ましたいと、素直にそう思ったのが始まりだった。
 「じゃあさ、俺と一緒に考えようぜ! 俺も頑張って考えるから」
  それから俺は、じいちゃんの見舞いに行く度に、その屋上にも足を運んだ。居ないだろうと期待せずに扉を開けると、銀髪の子供は、詰まらなそうな顔でそこに居た。
  互いに名前は知らなかった。どこの学校に通っているのかも、知らなかった。それでも、俺と話すうちに、銀髪の子供が笑うようになったのは確かだった。
 「じゃあ、またな」
 「うん。また」
  別れ際には手を振って、「またね」と挨拶をする関係になった。銀色の髪は母親譲りだと教えてもらったのもその頃だった。日に日に互いを知っていくのが嬉しくて、俺はじいちゃんや母さんにも、子供の話を永遠聞かせたくらいだった。
  けれど、別れは突然に訪れた。屋上に行っても、銀髪の子供が現れなくなったのだ。初めのうちはタイミングが悪かったのだろう、と自分に言い聞かせていたけど、いつまで経っても姿が見えなくなって初めて、もう会えないのだろうと悟った。
  こんなことなら、名前を聞いておけばよかった。何度もそんなことを思った。そして、どこかに居るであろう銀髪の子供も、俺と同じ気持ちだったらいいなと思った。
 ※
  過去の記憶を思い出して、驚きが隠せなくなる俺をよそに、聖はそのあとの出来事を語った。
 「母さんが亡くなって、生活環境が一変した影響で、それから病院に行けなかった。名前を聞けばよかったって、すごく後悔した。でも、僕も累みたいに立派な大人になって、いつか天国にいる母さんに会った時、色々話してあげたいと思えるようになった。前向きになれたのも、頑張ろうって思えたのも全部、累のおかげだったんだよ」
  なんでずっと忘れて居たんだろう。瞬きも忘れて視線を向けると、優しい笑顔を俺に向ける、銀髪の男と目が合った。あのときと何ら変わっていない、綺麗で、冷静で、思わず見惚れてしまうような表情だった。
  ──そういえば、あのときも自己紹介はしてなかったね。僕は神内聖。君の名前は?
  出会って早々に、どうして聖が俺の名前を聞きたがったのか、ようやく分かった。俺もずっと、おまえの名前を知りたいと思っていたから。
 「聖」
 「うん」
  温かい笑顔が、眩しい。「どうしたの。累」
 「俺も、俺もずっと後悔してた。忘れててごめん。また会えて良かった。もう忘れない」
  言いたいことがありすぎて、下手くそな日本語が次から次へと飛び出していく。しかし聖はそれを馬鹿にするどころか、幸せそうに目を細めて、俺の手に触れた。
 「累、これからも一緒にいてね」
  細長い指先が、手のひらを覆う。それだけで俺は心臓がぎゅっと痛くなって、落ち着かない気持ちになる。激しく脈打つ心臓の音が、聖にも聞こえているのではと思うくらい、動揺していた。そのときだった。
 「よう伊丹、神内。また二人で飯食ってるな」
 「俺たちも入れてくれ!」
 「私たちもいい? 一緒に食べようよ」
  どっと現れたクラスメイトたちを前に、俺はびくりと肩を震わせる。慌てて手を振り払うと、聖は不服そうなオーラを浮かべて、クラスメイトたちに目を向けた。
 「なあなあ、いいだろ伊丹!」
 「あ、ああ」
  俺がぎこちなく頷いたのを合図に、クラスメイトはどんどん集まってきた。高校に入って以来、大勢で昼飯を食べるのは初めてで、俺は柄にもなく緊張してしまう。あんなに怖いと思っていた周りの視線が、今では全く気にならないから不思議だった。
 「おい伊丹、今度一緒にバスケしようぜ」
 「ねえ伊丹くん、陸上とか興味ある?」
 「暇なときでいいからサッカーしてくれよ」
  その場が一気に賑やかになる。次から次へと飛んでくる質問に答えているうちに、気づけば自然と笑っていた。それから、恭介と関係が悪くなる前の日常を思い出して、少し寂しい気分にもなった。
  話していると、誰にも見えない机の下で、何かに袖を引っ張られた。何かが引っかかったのだろうかと視線を向けると、不満気な目をする銀髪の男と目が合った。
 「……僕だけの累だったのに」
  俺にしか聞こえない声で、聖が不服そうに言った。顔が熱い。心臓が痛くて、熱くて、今にでも破裂しそうだ。俺は口元を手で隠すと、つり上がりそうになる口角を、何とか必死に、落ち着かせることにした。
 ※